07


 フリーになる前に勤めていた会社で、お世話になった先輩がいる。その先輩とは、色々とあった、いや、ありすぎたが、なんだかんだとてもいい先輩だった。先輩が、誰よりも、もしかしたら俺以上に、俺のことを信頼してくれていた、俺のことをかわいがってくれた先輩。年は2か3つくらい上の先輩。いや、正直、俺はずっと思っていることがある。実年齢は教えない、と言いわれたから明確な年齢は知らないが、俺を基準に考えたとしても、たぶん、5つくらい年上だと思う。でも、見た目年齢不詳。詐偽れるレベルで。



 ある日、久しぶりに先輩に宅飲みに誘われた。俺は、特に予定がなかったし、先輩とならいいか、ついでに媚でも売っておこう(笑)と、失礼ながら思い、誘いを受けた。俺は、基本的に残業をしないで帰る主義なのだが、今日は、本当に終わる気がしないほどの量を任された。この仕事を苦だと思ったら負けると思うほどの。だが、あいにく、俺はこの仕事が好きであると、この時、俺は確信した。まだまだ未熟なこんな俺に、こんなにたくさん仕事を任せてくれるなんて、嬉しくて仕方がない。俺は、試されているのか?まぁ、なんでもいい。やってやろうじゃねぇか。見てろよ先輩。と心の中で、俺は先輩に対抗心を燃やしていた。俺なんか足元にも及ばないし、先輩は俺のことなど眼中にないのだが、勝手に俺は先輩に憧れていた。先輩のように仕事ができる男になりたいと思っていた。

 

 ((よし!今日中に終わらせないといけない仕事だけは、定時までに何とか終わらせよう。急ぎじゃない仕事は、持ち帰って家でやるか...。とりあえず、急ぎでやらないといけないやつは…))


 先輩を待たせるのは、気が引ける。さすがの俺でもそれくらいの配慮はできる。ディスクでPCと資料とにらめっこして作業をしているそんな俺に、先輩が声をかけてきた。


 「おつかれさま。こっちから誘っておいてなんだが、今日、大丈夫か?任された仕事、かなり多いだろ。」


 「あ、おつかれさまです。まぁ、はい。今までの量と比べたら多いかもしれないです。でも、大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます。」


 「また今度でも構わないぞ。まぁ、この埋め合わせは必ずしてもらうけどな(笑)。にしても、この量は鬼だな...。」


 「いえ、せっかくのお誘いですし、それに、仕事のことで、ご相談したいことがあるので...。」


 「そうか?じゃ、まぁ、あんま無理するなよ。てか、俺に仕事の相談をしてくれるのは嬉しいけど、ほかの人からもアドバイス、ちゃんと聞けよ?」


 「これくらいできないと、俺みたいなの、いつリストラされるかわかりませんから。このご時世。それに、まだまだ先輩のもとで働きたいですし…。何とか、終わらせます。はい、わかりました。」


 「お前でも、そんな心配するんだな。なんか意外だわ。まぁ、万が一、お前がリストラされたら俺が何とかしてやるよ。困ったときはお互い様だ。あ、そうだ、これやる。休憩、ちゃんととれよ。じゃぁ、俺も仕事戻るわ。邪魔したな。」


  ((この人は、俺を何だと思っているんだ。そんなこと考えないように見えてるのか?俺が何とかするって、まぁ、この人なら何とかしてくれそうだけど、なんて思ってしまう自分がコワイ(笑)))「はい。え、あ、ごちそうさまです。」


 俺は、先輩からホットコーヒーの差し入れを有難く受け取り、仕事を再開させ、必死で終わらせた。なんとか、先輩が仕事を終わらせる前に終わらせることができた。先輩も今日は残業をしていた。たぶん、俺のことを気遣ってだと思うけど。でも、そのおかげもあり、今日の分を終わらせた後、持ち帰ってやる予定になっていた仕事の段取りまで終わらせることができた。


 ((あー、終わった...。やっと終わった。疲れたー...。これで持ち帰って仕事しなくてすんだ。あー、こんなにやり切った感、いつぶりだろう。にしても、そう考えると、やっぱり先輩はすごい人だって思い知らされるな。抱える仕事の量だけじゃなくて、責任者の立場だったり、企画のリーダーだったり色々やってるよな。昇進とかしてもおかしくないのに、なぜここに?何か理由でもあるのかな。まぁ、俺的には先輩がいてくれてラッキーだからいんだけど。))


 何とか終わって、ほっとして気がつくと、会社に残っているのは先輩と俺しかいなかった。俺が、帰る準備を始めると同時くらいに、先輩も仕事が片付いたようで、帰る準備を始めていた。お互い帰る支度が済み、最後に戸締りをし、会社を出た。


 時刻は20時を過ぎたところだった。外の気温は寒すぎず、心地よい風が肌を通り抜けていく。今日は金曜日の夜、ということもあるのだろうか、にぎわっている居酒屋やレストランが多い。なにより、子ずれやカップル、老夫婦、いつもより人が多い気がする。そんな中、俺の隣にいるのは、久しぶりに会うカワイイ彼女・・・ではなく、疲れ切った先輩がいる。普段、疲れた様子を他人に見せない先輩だが、今日は色々と疲れがたまっているようだった。仕事だけではなく、プライベートでも色々あったということはわかっている。なぜなら、今日誘われたのはそのプライベートで何かあったから誘われたのだ。そして、俺は覚悟していた。今日、これから先輩の餌食になることを…。


 「あー!今日も頑張ったー、一週間終わったー…。悪いな、待たせて。さすがに今日は疲れた。この後、とことん付き合ってもらうからな!」


 「おつかれさまです。俺に合わせてくれたのバレバレですよ。すみません。今日は、じゃなくて、今日も、付き合います。」


 「いや、今日は俺も残業。だから、お前が謝る必要ねぇーよ。あー、そうやって俺の事いじめるのか―。まったく、かわいげねぇーなー。ま、ダラシナイスイッチがオンになっているの時の俺を出せるのは、お前ぐらいしかいないし、こうやって気兼ねなく付き合ってくれる後輩も、お前しかいないからなー。感謝しないとな。(笑)」


 「一応、尊敬してますから。仕事人間として、ですけど。先輩に媚び売ってるだけですよ。ほんと、感謝してくださいよ。」


 「ったく、さらっと尊敬してます!とか言ってんじゃねぇーよ。普通に照れるじゃねぇーか。余計な一言がなければな。でも、お前のそういうとこ、嫌いじゃない。むしろ、羨ましいと思ってる!」


 「なんですか急に…。」


 「あのさ、前からちょっと気にはなっていたことがあるんだが、まさか、とは思うが...お前って、俺の事、その、あれか、好きなのか?」


 また、わけのわからない事を言い出す先輩。

 俺は立ち止まる。


 「先輩...。」


 先輩が振り返り、俺に問いかける。


 「ん?なんだ?」


 俺は、溜息をつき、そして先輩に向かって言い放つ。


 「この際だからはっきり言っておきます。仮に、俺が女だとしても先輩のことを好きになるなんて絶対にないです。これまでも、これから先も一生ないです。生まれ変わっても絶対にありえないです。なので安心してください。それと、先輩、本気で気持ち悪いです。BLを否定するわけではないですが、俺は男に興味ないんで。ましてや、先輩は論外です。他あたってください。きっと、先輩のような男性を求めている方たちは、老若男女問わず、この世にたくさんいらっしゃると思うので、そちらの声に応えてあげてください。あ、俺に遠慮なんて全くしなくていいですから。それと、さっき言ったことすべて前言撤回します。先輩のことを尊敬していた俺を返してください。(真顔)」


 「うそうそ、ジョーダンだって!なぁ、俺、一応、先輩だよ...な?いや、一応じゃなくて先輩だよ?てか、気持ち悪いは傷つくからやめて。タフな俺でも普通に傷つくよ。男に言われても傷つくよ。お前に言われたら余計に、いや、女に言われる以上に傷ついちゃったよ。前言撤回しなくていいし、返さん!!」


 「・・・」


 「いや、なんか反応してよ。てか、マジで怖いから、お前のそのオーラ?だから、やめよう?・・・あぁ、そ、そーだ!今日俺ん家だけど、おいしいもん作ってやるから、な?だから、もう怒るの…」


 「先輩。赤です。」


 「どわぁっ!あっぶねー!俺生きてる?生きてるよな!?!?あ、マジ死ぬところだったー。はぁ・・・」


 「よかったですね死ななくて。あ、青だ。行きますよ、先輩。」


 「え?あ、うん。って、ちょ、ちょっと!待てって!俺を置いていくなーーー!!!」


 こんな会話をすることができるのは、この先輩の人柄と、俺の人間性に欠ける何かが、どこかで、なぜか共鳴して生み出された何かなのだろう。まぁ、この関係はキセキ的に成立してしまったのだ。俺は、そう勝手に思っている。


 そうこうするうちに、先輩の家に着いた。

 ちなみに、先輩の家に行くのは初めてではない。俺が初めて先輩の家に行ったあの日のことを説明すると長くなってしまうのだが、この際だから聞いてくれ。


 ~ここからテキトーな回想が始まります~

 先輩の家に初めて行ったのは、俺が会社に入社してから3年くらい経った頃、この仕事にも職場の雰囲気にも人間関係にも、だいぶ慣れてきて、先輩ともなかなかいい関係ができた頃のことでした。

 ある日、先輩に飲みに誘われました。

 久しぶりに先輩が誘ってくれたことが嬉しかったのでしょう、俺は誘いを受けました。

 仕事が終わり、先輩と飲み行きました。先輩は俺の相談を聞き終わると、突然、何の前振りもなく、自分の失恋話を始めたのです。突然のことで驚いた俺ですが、失恋してヤケ酒をしている先輩もなかなか面白かったし、なにより、この人のこんな姿を見られるなんてラッキー!くらいに思っていた俺は、そのまま何も文句を言わず付き合いました。もちろん、先輩の失恋話がどんな話だったのかなんて全く聞いていなかったので、全く覚えていません。先輩は、話し終えて満足したのか、隣で飲みつぶれています。その姿を見て、俺は思いました。この先輩から多くを学んだ俺だから言わせてください。


 “完璧な人間など、この世に存在しない”


 それから、しばらく経ち、先輩が完全に寝落ちをする寸前の状態でした。このままだと、お店に迷惑がかかってしまいます。なにより、こんな姿を他の社員に見られたら、先輩は面目丸つぶれだろうな~。あの先輩がこれだもんな~。さすがにかわいそだし、もし知ったら~、考えるだけで恐ろしい。そう思った心優しい俺は、先輩をほとんど引きずりながら、先輩に家の場所を聞き出し、といっても、ほとんどなに言ってるのかわかりませんでしたが、なんとか家まで送り届けることができました。そのあと先輩がどうなったのかは知りません。


 次の日、先輩はいつも通りでした。あんなに飲んでいたのに、二日酔いの様子は全くありませんでした。

 休憩時間の時、先輩に声を掛けられました。


 「昨日は悪かったな。お詫びがしたいんだが…お前の予定空いてる日わかったら連絡してくれ。これ、俺のプライベート用のメアド。よろしく!じゃっ」


 先輩はそう言って、俺の返事を聞きもしないで、颯爽と去っていきました。ディスクの上には、一方的に押し付けられた紙切れとコーヒーがあります。この時、鈍感な俺でも、先輩が昨日のことで俺に対してかなり動揺していることがわかりました。なぜなら、渡されたメモ用紙を見てみると、なんということでしょう、先輩は自分の名前を間違えていたのです。さらに、コーヒーを混ぜるマドラーが、なぜかシュガースティックでした。どんだけ動揺してんだよ。と、思わず笑ってしまいました。


 この後、俺は先輩に何も連絡をしないで放置、ではなく完全に忘れていたのです。すると、先輩のほうから、またしつこく何度も何度もアプローチをされました。正直、もう面倒だったし、後で何か社内で変な噂が広まって、この会社に居ずらくなることは避けたかったため、仕方なく先輩と連絡を取り、約束通りお礼を受け、無事、事なきを得たのでした。

 ~回想シーン 完~


 まぁ、そんなこんなで、あの日をきっかけに今の関係に至る。

 あの日以来、俺は、先輩の失恋話を聞く係になってしまった。でも、そのおかげで、ほかの社員より親しくさせてもらっているし、仕事のことを相談させてもらっている。まぁ、それ以外にも先輩にはお世話になっているから、できるだけこのポジションを保っている。

 恋愛相談をされる以外では、学ぶことも多く、この仕事を続けよう、この仕事で食っていこうと決意するきっかけになったと言ってもいいくらい、この先輩は俺に影響を与えた人物であることは間違いないから、一応、感謝している。ただ、恋愛においてはなぜか立場が逆転していた。だが、先輩から恋愛相談を受けている俺の恋愛事情は、恋愛相談をされる側としては前代未聞なのである。


 俺は、女性との関係は、仕事先で知り合う人と良くなっても友達止まりで終わる。恋人関係に発展しない。学生時代を含めれば、俺に好意を持ってくれた人はいる。ありがたいことに、告白されたことが過去に一度だけある。その相手と交際をしようと思えばできたと思う。ただ、俺は断ったのだ。こんな俺にだって、プライドがある、なんてカッコつける気はさらさら無い。俺にはある疑問あり、その疑問が俺にとって大きな悩みだった。俺は、異性に対して好きという気持ちが全く起きないわけではない。でも、相手を一人の人間として好きなのか、恋人関係になりたい気持ちの好きなのか、どちらの好意的感情なのか、俺は自分の気持ちが全くわからないのだ。 


 交際経験ゼロ。ドウテイ。というダブルでレッテルを持っていることを知っているのにも関わらず、恋愛相談をしてくる先輩のおかげで、女性と交際経験がないのに、俺は女性との距離が上手く保てていた。

 先輩が、ただ一人で喋ってるだけのことが多かったが、俺は先輩のひとり言を永遠と聞いていたため、女性が嫌がるレッドゾーンを絶対に超えないような接し方や話し方が、いつの間にか身についていたのだ。これにおいては、自分でも驚いた。


 そして、今日も開催される、俺の仕事相談と先輩の失恋話。まぁ、ほとんど先輩の失恋話がメインで、俺の相談は、”おまけ”みたいなものになってしまっているのだが、頻繁にあるわけではないから参加している。これが毎月になったら断ろうと考えている。もちろん、先輩にはバレないように。


 「なぁなぁ。俺、なんで振られたのかな?俺、全然わかんねぇんだよ。教えてくれよ。」


 まだ、玄関に入ったところだというのに、この先輩は、相変わらず容赦ねぇーな…と思いつつ、とりあえず、俺は、「お邪魔します」と一言。すると、先輩が気の抜けた声で一言「おう…」と返す。俺は、靴を揃え、来客用のスリッパを借りた。


 事前に、先輩から現在の状況を簡単に説明された話を要約すると、先輩は、1週間前に交際相手に振られた。その元カノさんの私物が部屋にいくつかあって、元カノさんからは、捨ててと言われていたが、先輩はいまだに捨てられずにいる。そして、今に至る。とのことだ。


 ((まず、相談相手を間えていることに、この先輩は早く気がついたほうがいい。それとまぁ、今回も振られた理由は、きっといつものパターンかな。))


 先輩がソファにドカッと座る。俺は、ラグが敷いてある床に座った。


 「とりあえず、ビール飲むか...。あ、お前も飲むよな?」


 そう言って、先輩は立ち上がりキッチンへ向かう。


 「先輩、俺の前では無理してビール飲まなくていいですよ。それに、俺がビール飲めないの知ってるじゃないですか。なんですか、俺に対していじめですか?自宅に連れ込んでまでいじめですか?それとも、振られたことがショックで八つ当たりですか?」


 「あ、そーだったな。俺がビール苦手なこと、お前にはバレてたの忘れてたわ。んじゃ、俺特製ハイボール、飲ませていただきまーす!てか、いじめってなんだよ。俺、お前にそんな先輩だと思われてるのか⁉俺…お前に八つ当たりしてたか⁉すまん・・・」


 こうなると面倒くさい。だから俺は食い気味に、かなり食い気味に、


 「先輩、バレたっていうか、先輩が自分で俺に告白したんですよ。てか。先輩、なんか元気そうじゃないですか?今日、俺必要ですか?もう帰っていいですか…?」


 「取り乱して悪かった。とりあえず、飲もう。つまみもテキトーに食べていいからな。お前の相談にはちゃんと乗るから。だから、帰らないでくれ。俺の話を聞いてくれ。」


 ((これは、今まで以上にメンタルがボロボロになってるなー。めんどくささ記録更新するかもなー。))


 なんてことを思いながら、この日も俺は、先輩の長ーい失恋話と、今後どうするべきかを一緒に考えることに付き合わされることを覚悟した。


 この日は珍しく、俺の相談に真面目に向き合ってくれた。そのおかげもあり、今後、仕事に対する考えもなんとなくまとまってきた。だが、俺の相談が終わるのを待っていたかのように、その後、先輩から別れるまでの詳しい経緯を聞かされた。とにかく長かった。とてつもなく長かった。そんなに詳しく、他人に話す必要あるのか?と思わずにはいられないほど、事細かく話を聞かされた。正直、途中のどうでもいい話というか、ほとんど聞いていないに等しいというより、長すぎて覚えきれなかった。というのが正直な感想だ。

 長い長い思い出話を話し終えた先輩は、ハイボールを飲み、一呼吸置いた後、俺に問いかけてきた。


 「はぁ・・・ってことなんだが、どう思う?俺、全然納得いかないんだよね。まぁ、なんとなく薄々、気がついてたけどさ、距離置かれてるっていうか、終わりに向かってる雰囲気っての?それで、別れた原因はなんだ?俺が悪いのか?」


 「えー、どうなんですかねー。でも、多分、先輩のアレが原因だと思いますけど...?」


 「まさか、また同じ理由なのか?」


 俺は苦笑いをするしかなかった。


 「おいおいおい、違うって言ってくれよー!!」


 この先輩は、ある一つの問題以外を除いては、ルックス◎、仕事◎、人柄◎

 異性からだけではなく同性からも好かれるような、お人よし、いや、人たらし人間で、文句なしに整っているのだ。しかし、たった一つ、とある問題が原因で、その問題を恋人に受け入れてもらえず別れを告げられてしまう。男と女の関係にならないことがないと言っても過言ではないくらいイイ男なのだ。アノ問題さえなければ文句なしにハーレム野郎なのだ。

 その、ある問題だが、それは、重度のシスコン。さらにやっかいなのが、この人は、自分が重度のシスコンであるという自覚が全い。これぽっちもないのだ。

 毎回、相談相手を受けている俺は、先輩自身が、シスコンであると自覚をすれば、少しでもシスコンレベルが下がるのではないかと思い、俺は意を決して、この日、先輩に告げることにした。いや、今までも遠回しに、それっぽく伝えていたはずなのだが、この無自覚で重度のシスコン先輩には全く効果がなかったことに今更ながら気がついた。なので、今回はストレートにぶつかることにした。


 「あの、先輩って、妹さんと仲いいんですよね?」


 「まぁ、普通に仲いいと思う。なんだ、お前俺の妹に興味あるのか?悪いが、お前のこと好きだけど、兄弟になりたくないから断る。」


 「いや、あの、どうして先輩はすぐそうやって…はぁ・・・違います。そもそも、先輩の妹さんに会ったこと一度もありませんし、俺も先輩とは兄弟になりたくないので安心してください。それで、前々から聞きたかったんですけど、先輩は、シスコン極めてるんですか?」


 「シスコン野郎たちと、俺と妹の関係を同じカテゴリーにするな!俺はシスコンじゃねぇ!はぁ…お前わかってない。いいか、よく聞け。兄が妹を大事にするのは当たり前のことだろう?お前には妹がいないからわからない感覚なんだろうけどな。兄と妹が仲良いなんて普通のことだし、そんなに珍しいことじゃない。しかも、年が離れてれいればなおさらだ。喧嘩をするような年でもないしな。健全な関係なんだよ、俺と妹は。あ、そういえば、最近一緒に出掛けてない…てか、あいつ誘ってくれなくなったな、忙しくても俺には連絡しろよな…こっちから連絡しても返事帰ってくるの遅いんだよなー…何してんだろ…」


 妹のことを心配する兄、というより、もはや、そこら辺のシスコン野郎よりもはるかに勝る妹愛がにじみ出てしまっている、無自覚シスコン先輩に、俺はダメもとでこの人に話すことにした。いやもう、この人に何を言っても自覚しない気がするが、それでも話すことにした。


 「先輩・・・それをシスコンっていうんですよ。先輩は、重症過ぎて、もはや一般的なシスコン、そこらへんにうじゃうじゃいる、先輩が何故か軽蔑しているシスコン野郎どもなんか比にならないくらいのレベルを超えて、あぁ、その先の域が何になるのかわからないですけど、先輩は、その重度のシスコンが原因で、毎回振られてしまうんだと思います。しかも、先輩の場合、無自覚のシスコン。”覚醒された究極のシスコン野郎”なんですよ。恋人からの究極の質問、”仕事と私、どっちが大事なの?”っていうあれと同じ類で、”妹と私”、どっちが大事なの?という質問に、先輩は何の迷いもなく、即答で妹と答え、振られたってことですよ。」


 「妹は妹、彼女は彼女。そもそも天秤にかける関係じゃない。それに、俺は浮気してない。というか、妹は浮気相手にならないだろ。」


 「まぁ、そうですけど。そんなこと言われたら、もう何も言えないです、俺・・・。でも、ほかに、先輩が相手に振られるような理由が見つからないんで・・・」


 「そうか・・・。だが、考えてみろ。俺に妹はたった一人しかいないんだ。つまり、妹にとって俺がたった一人の兄なんだぞ。妹より彼女を大切にしたら、俺は兄失格じゃないか!妹を見捨てることなんてできない!俺は妹が大切なんだ!どうして、わかってくれないんだ!なぁ、お前ならわかってくれるだろう?いや、わかってくれなんて言わないが、俺の気持ちを理解してくれよ。正直、振られたことはショックだけどさ・・・でも、妹を優先して何が悪いんだ?」


 「俺にとって、先輩がシスコンであろうがなかろうが、どんな女と付き合って何度振られようと、正直どうでもいいんですけど、説明しますね。世間一般的に、過度に妹を大事にしている兄は”シスコン”とカテゴリーされてしまう世の中なんです。だけど、妹を大切にしている先輩が悪いってわけじゃないです。家族を大切にしているんですから、なにも悪くないです。それと、先輩のようなシスコンはこの世に大勢います。なので、安心してください。だけど、彼女たちからしたら、自分以上に妹を好きでいる先輩を受け入れられないんです。なので、もう、諦めてください。先輩の事を振った女の人のことは、もういいじゃないですか。きっと、妹を大切にしている先輩のことも好きになってくれる人がきっと見つかりますよ。まぁ、保証はできませんが。」


 「そうだよなぁ…。ありがとう。お前ってやつは、ホントいい奴だな。やっぱり、俺は妹を選んだこと、間違いじゃなかったんだ!これからも、妹をもっともっと、大事にするよ。それに、お前が言うなら、理解してくれる女性が見つかる気がしてきた!」

 

 ((いや、いいのかこれで?それに、前半部分聞いてないだろこの人…。てか、俺は何言ってんだろ。なんで先輩に向かって上から目線に説教みたいな慰めをしてんだよ。でもまぁ、あんなテキトーなコメントでも、先輩怒ってないみたいだし、別にいっか。))「いえ、俺はただ、先輩にはやく幸せになってほしいと思ってるので。なので、思い出話を終えたところで、その思い出話と一緒に元カノさんがこの部屋に置いていったものをさっさと全部捨てましょ。」


 「お前、俺の事心配して…。おう!お前がそう言ってくれて俺も前に進もうと思う。え、あ、そ、そーだな。てか、お前切り替え早いな…。」


 俺は心の中でガッツポーズをした。

 そして、恒例の掃除を一緒に行う。これは、いつまでもうじうじとしている先輩のためでもあるが、それより、先輩に対してとてもイライラしている俺のむしゃくしゃしたこの何ともいえないモヤモヤする気持ち悪い感じをスッキリさせたいがために、半ば強引にやっている。いわば、ストレス発散である。そして今回も同様に、


 「あ、ついでに先輩の部屋も掃除します?てか、この際だからしましょう。気分転換に。手伝いましょうか?あ、でも、今日はもう遅いので明日にでも。」


 「お、おう、さんきゅ。頼むわ。いつも悪いな。」


 「いえ、今回は大した量じゃなさそうですし、すぐ終わりますよ。じゃぁ、俺はこれで帰りますね。」


 「お前帰るの?もう終電ないだろ?お前さえよければ泊ってけよ。」


 「え、あ、じゃぁ、すいません。お言葉に甘えさせてもらいます。」


 この展開は毎度のことなので、暗黙の了解であるが、何故か、この会話が無くなることはない。お互いに、この会話が必要じゃないことくらいわかっているのだが、やらないと気持ち悪いのだ。まるで、半同棲をしているカップルのように思えてしまうことが嫌なのだ。

 話が終わった後、今日はお互い仕事の疲労もあり、すぐに眠りについた。

※一応お伝えしておくが、もちろん、先輩が寝室のベッドで、俺はソファを借りて寝た。


 翌日、先輩と掃除をした。きれいさっぱり、思い出と一緒にすべて捨ててくれた様子だった。これで、俺はしばらく解放されることを心から願っている。

 昨日、先輩に”無自覚で過度なシスコン野郎”だということをはっきり告げたことで、先輩が今後、恋人にする相手について改めてくれればいいのだが…。次こそは、結婚まではいかなくても、相手とうまくやっていって欲しい。そうすれば、俺は先輩からこんな面倒なことを押し付け、頼られずに、平和に、穏やかに生活を送れるのだから。そのためにも、今後、先輩にはより一層頑張ってもらわなければ。


 「お邪魔しました。」


 「ありがとうな。気を付けて帰れよ。じゃぁ、また会社で。」


 相談にのってくれたことと、片付けを手伝ってくれたお礼に、今度はちゃんとご飯をおごってくれる約束をして、俺は先輩の家を後にした。


 時刻はお昼を過ぎたところ。まだ昼食を済ませていなかったが、どこかに寄る気力はなく、俺はそのまま家に帰って休もうと、ぼーっとそんなことを考えながら歩いていた。すると、向こうから走ってくる女の人とすれ違いざまにぶつかった。


 「あっ、す、すみません!!」

 

 「いえ、こちらこそ、すみません。」


 「あ、あの、えと、どうしよう...ケーサツとか、呼んだほうがいいです...よね?」


 「え?((何言ってんのこの人、なんで警察?))・・・あ、いえ、警察は呼ばなくて大丈夫です?あの、急いでるみたいですし、僕は大丈夫ですので、お気になさらず、どうぞ行ってください。」


 「本当ですか?大丈夫ですか?後で訴えたりしないですか?え、あ、でも・・・」


 「((あー、面倒くさい))本当です。訴えません。僕がぼーっとしていて、避けられなくてすみません。なので、ココはお互いさまということで、いいですか?((はやく家に帰りたい・・・))」


 「えっと、じゃぁ、はい。わかりました。本当にすみませんでした。失礼します。」


 そう言ってお辞儀をした後、その女の人は、すごい速さで走って行った。


 「足早(笑) てか、今思い出した。そういえば、一度だけ、先輩の妹見たことあったな。でも、何も思い出せない・・・。まぁそんなこと、どうでもいいや、俺に関係ないし。早く家に帰ろう。」


 家に着き、スーツから部屋着に着替えて、そのままベッドにダイブした。


 「あ”-、つっかれたー。ちょっと昼寝しよ。」


 俺は、そのまま眠りについた。


 そして、俺は夢を見た。


 俺に妹がいる夢を。


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