02


 店を出た俺は、次の取引先の会社へ向かった。歩くには少し距離があるが、ここのところ運動不足の俺には、そうすることに抵抗はなかった。しかし、この暑さとの闘いはかなりダメージが大きい。少し気がめいってしまいそうになる…。という気持ちがあるのも本心なのだが、さっきの出来事がどうしても頭からはなれない。


 ((あぁー、ダメだ、ダメだ!きっと俺の勘違いだ。いや、そうに違いない。何か違うことに意識を向けよう。やはり気分転換に、歩いて行こう。))


 独立してから、まだあまり実績が無い俺は、一つ一つの仕事が、明日生きるか死ぬかくらい必死で勝ち取らないといけないほどに大切なのだ。

 この仕事を始めたばかりの時は、損得ばかり考えていた。もちろん、今もその気持ちが全くないわけではない。だが、仕事でなかなか取引先と交渉がうまくいかない時期が続き、このままでは、フリーでこの仕事をやっていくには、かなり厳しい状況だった。まさに、崖っぷちだった。でも、俺はこのピンチの状態であるにもかかわらず、焦りと不安はあったが、諦めるという考えはなかったのだ。俺の唯一の強みである"負けず嫌い"が発動したのだ。そして、もうひとつは、俺はこの仕事が好きだから、絶対に手放す気はない。という強い気持ちがあった。

 それからの俺は、交渉がうまくいくにはどうしたらいいのか、相手と良い関係を築くにはどうすればいいのか、俺が今まで意識してこなかった考えや行動について、学ぶことに時間を使った。俺は自分に不足しているもの、持っていないピースを来る日も来る日も探し求め、そして、ついに見つけたのだ。それは、損得以外に視点を向けること、相手から絶対的信頼を得ること。学ぶ前の俺と180度反対の答えだった。

 今まで、全くやってこなかったことを思い返してみると、そりゃ、相手にしてくれない理由がわかる。俺がもし相手の立場になっても、こんな奴と一緒に仕事なんかしたくないし、任せられるわけないよな。しかも、フリーでなんの実績もないぺーぺー野郎に。そんなことを思って、俺は笑ってしまった。いや、盛大に大笑いした。その日は、そのまま眠りについて、目を覚ましたら2日経っていた。(笑)

 そんなこんなで、仕事の歯車が少しずつ動き始め、なんとか失業せずに済んだ。俺は、あの頃の俺に感謝している。今こうして仕事ができているのは、崖っぷちにいた俺がいてくれたおかげだから。ありがとう、俺!!


 そして、今回の仕事は、今までやってきた仕事の中でも、一位か二位を争うくらいビッグな仕事なのだ。これを勝ち取ることができれば、今よりももっと自由になれるし、この仕事がうまくいけば、俺にとってかなり強みになるのだ。今後の仕事にも影響してくるだろう。俺は過去最大フルパワーで挑む。準備は万全だ。こんなチャンスなかなか無い。もし、これを逃したら…なんてことは考えたくないが、勝ち取れなかった場合は、今後、仕事を続けていくのがかなり厳しくなる。それだけは絶対に避けなければならない。俺は絶対にこの仕事を勝ち取ってやる。俺は気合を入れなおした。


 道に迷わないように、スマホで道を確認しながら目的地へ向かっている途中だった…。俺は今にも死んでしまいそう、いや、もう死んでいるのではないか、くらい全身の血の気が引いた。しばらくの間、その場で固まった。

 もう一つのバッグがない。次の仕事で使うために必死で作った資料などを入れてあるバッグがないのだ。俺の視覚と触覚に問題がなければ、俺の目には一つしかバッグの存在を確認できないし、手で握っている感じも重さも一つだけしか感じることができない。

 やってしまった…。あの店に置いてきてしまったのだ。俺は店でかなり動揺していた。そう、あの小娘、、、いや、動揺はしていたが、店を出る前に確認をしなかったことが、この危機的状況を招いたのだ。


 ((俺としたことが…。))


 よりにもよって、どうしてあっちのバッグを置いてきてしまったのだろう。もし、今持っているバッグだったら、仕事が終わったあとにお店に行って返してもらえればいい。もちろん、なくなったら困るものはあるが、それより今は、置いてきてしまったバッグのほうが、今の俺に必要で重要なものなのだ。


 ((約束の時間まで、まだ間に合うか…ダメだ、ギリギリアウトだな,,,。

 クッソーーーー!!!!どうすんだよ、俺!考えろ考えろ考えろ!!))


 店を出る前に確認をしなかった過去の俺をぶん殴り、いったん冷静になってから、先方に謝罪と連絡をするため電話をかけようとした,,,。


 その時だった、、、


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