第八章 3

 「これは主の御心を感じる者にとける、魔術の仕組みをつたえる言葉。ぼくは、きづいた」


 旧約をめくりながら、あなたはその言葉を探すともなく探している。ぼくは新約を広げ赤線が引かれた文字を見せる。


「どうしてぼくが聖書に興味を持ったか、わかるかな」


 「わからない」


 答え、あなたは言葉をまった。ぼくは二つの器に珈琲を注ぎ、ひとつをあなたに渡し、ひとつを掴んで咽を潤した。あなたの目を見つめて口を開いた。


「この世界が嫌いだ。どうしてこんな世界になった。しりたい、だから歴史を見た。人が生まれる前から、地球が生まれる前から、天地が開かれる前から。宇宙と呼ばれるものが生まれた理由がしりたい。ぼくが生まれた理由がしりたい。誰にきいたら教えてくれる。誰だったら真実をしっている。誰もしらない。なのに信じられている。現実に世界を動かしている世界中の人に信じられている書物がある、真実が書かれていると信じられている最も多くの人が信じている書物、それが聖書と呼ばれている。ぼくは開いた、世界のはじめをしりたくて、創世記を。その続きを。そして、聖書の矛盾を探した。聖書は不思議で、読み込むほどに不思議さにきづいた。といってもぼくが聖書を開いたのは彼の教えが記された新約を読むようになった後。新約には旧約の言葉がたくさん記されてあって、その言葉に不思議と魅かれていった。彼の奇跡の物語を読むと、どうして奇跡を起こせたのかと、興味が湧いた」


 新約のはじめをあなたは開いていた。そこには系図が記されている。


「旧約のちからが彼の奇跡を生んだのだときづいた。語りつたえを調べ、奇跡の源泉が創世記にあると感じた。そして奇跡となった水は栄華を極めたある王に辿り着いた時、奇跡となる前は魔術という水だったことをしった。ぼくは魔術の水を飲みながら流れを遡った、泉が湧き出すいちまで。そして、命の木と呼ばれる人を不死に変える実を生らす木の存在をしった。多くの人達が命を創世記の謎を解くために散らした。そのことをしり、ぼくも命の木の謎解きに命を賭ける者となった。この小説は生命の木と呼ばれる宇宙と人の魂を包む設計図の意匠を物語とした。命の木になる、かじった人を不死にする実とは真実のことだとぼくはかんがえている。つまり真実が生る木の形象が真理を現す命の水のちからということになり、その設計図とは自然を生み出す仕組みを描いたもの、つまり神の意匠ということになる。ぼくらは神が描いた絵を美しいと感じるように出来ている。その思いが真実であれば、神の描いた絵の意味に会えるだろうとぼくはかんがえ紐解いた、その糸で編まれた衣装である意匠を師匠として。だから、ゆりも四象を師匠とし、光を見つけて欲しいと願う」


 音の綴りが奏でる意味の変換に、あなたはまだ、ついて来れない。


「用いないと慣れることはない。だから、心を貫かないと感じ、動くこともない。理解とは的。弓矢を構えて目を的に向けて放つ、すると水から戻る、涙となって」


 まだ形の出来上がる仕組みである結晶の構造が、あなたは見えていない。


「序章にもどる。序章は命の木ではどこにあたるかといえば、はじめである第一の天球、王冠の前。数にすれば零。なら、そこに天球はない。天球になる前の力の領域は否定から無限に、そして無限の光となり王冠となる。だから序章は否定からはじめる」


 表情を確かめながら、不意に問いかけの言葉をつないだ。


「零の領域を現す言葉がわかるかな」


 少し考えて、わからないとあなたは答えた。


「そうか、わからないか。では人が生きる上で最も大切な言葉はわかるかな」


 愛、と簡単に言葉にしようとして、少しかんがえ、わからない。とあなたは微笑んだ。


「そうか、わからないか。どちらも正解。だから、あなたはほんとにゆりになった」


 微笑んでいるが、どうして自分が微笑んでいるのか、あなたはわかっていない。


「面白いことをつたえておこうと思う。クオリアという言葉を、しってるかな」


 あなたは首を横に振った。


 「しらないか、ぼくもつい最近だからクオリアという言葉を覚えたの。クオリアとは簡単に言えば感じ、感覚のこと。では、なぜその感覚をクオリアという名で呼ばないとならないか、そこには色々と雑多な理由がある。けど、そんなことは大切ではない。大切なのは現在の科学でもどうして感じるかがわからないという事実。つまりどれだけ言葉を用いて理屈を並べてもかんがえる、おもえる、かんじることの原理であり、根本であるかんじる仕組みは未だに解けてない。感嘆な答をいえばわからないが零の領域の言葉に相応しいというぼくの説の照明かな」


 あなたにもわかった。零を表す領域の言葉がわからないであることが。


「百合の花言葉をしってるかな」


 顔が、陽光を浴びて開く蕾のように微かな命の光を放つ。


「そうか、女の人だから花言葉の意味はしってるか。そう、百合の花言葉は純潔。そして無垢」


 表情を確かめながら言葉を続けた。


「百合は彼を生んだ聖母を象徴する花。どうして彼が神の子と呼ばれるか、それは聖母がしることもなく生んだ恵みが彼だから。彼の物語はつたえ説かれるもの。ぼくは彼を通してつたえ説かれたものを追いかけて天地が開かれる瞬く間、開闢の時を超えた。主である神は太古の昔より多くの予言者を通し、ぼくに語りかけてきた」


 彼のことは預言によりつたえられた。


「乙女が身ごもって男の子を産む。その名は神は我々とともにいると呼ばれる。彼のつたえ説かれたものすべてが聖書に記された予言が成就したことになるための譬え話。わたしはたとえ話を用いて語り、天地創造の時から隠されていたことを告げると聖書には記されている。悲しい現実だけど、信仰は人を盲目にする眩しい光。ぼくはあなたにゆりという名を贈った。その意味にあなたは自らでは気づけない。だから祈りを捧げる、彼を生んだ純潔と無垢のちからをその身に降ろす、奇跡を起こす呪文を記す。わたしの魂は主をあがめ、 わたしの霊は救主なる神をたたえます。 この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今からのち代々の人々は、わたしをさいわいな女と言うでしょう、 ちからあるかたが、わたしに大きな事をしてくださったからです。そのみ名はきよく、そのあわれみは、代々限りなく主をかしこみ恐れる者に及びます。わかろうと、しない。感じて欲しい。祈りを。それが理解の扉を開く鍵。祈りが感じられないと、正しく思うことも、正しくかんがえることも出来ないから正しく一章が開かれることはない」


 宵にうまれた泡が、高い空によばれるように深い海から浮きあがっていく。


 あなたがこの章句を心に落としたのは何度目かな、あなたには理解出来ている。魔術は単純に語れば変換でしかない。魔術の変換は等価でなければ起こらない。等価とは等しい価値。異なっていても、似ていても起きない。ただ同じだけが変換を可能とする。だからよいからはじめないとならない、あなたがわかっていることをつたえるのは心苦しいけど、宵とは善いと変換され、泡は水を包むで自らを包む見ずのこととなり、高い空が知恵を、深い海が理解を示唆している。つまり、この描写は高い知恵は深い理解から導かれ、深いは感情として不快に通じ、不快を導くのは苦痛ということを表している。あなたが気づいた通りここから続く描写にも同様の仕掛けが仕組まれている。が、魔術の基盤を刻んだ今のあなたには感嘆な光景でしかない。だから、あえて説き明かすことはしない。だから楽しんで、真理に通じる心理の描写の色を。確かにあなたが感じた通り色は式に変換されて情景となる。けど、心を青く映す空に白い雲はいらないから、雲を風で飛ばすくらいの気性の変化は訪れるから。

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