第一章 4
うなずいていることにきづかずに、あなたはうなずいていた。
「では、順序をもどしてみえてなかった問いかけのもう一つの答にひかりをあてる」
あなたに不快の原因をかたどらせるおもいにあてた、かくれたことばは魔術。
「あなたは魔術をしんじている。魔術をしっている。ほんとですか」
たずねているのはゆがめ曲げられた荒唐無稽な絵空事ではなく、生きるためにはじめにあたえられた生きる術としての魔術。
もし、ぼくのもちいる意味での魔術ということばをゆがめ曲げられた知識によりあやまりといて受け取っているならぼくとのあいだに、共に通じ、みとめられるただしい知識の交換になくてはならないものが、かけているということになるから、ぼくの語ることばをただしく受け取る可能性はないにひとしくなっている、すくなくともお互いにだいたいは近しい知識でなければ、魔術をかけるといっても、あなたが口から発する魔術ということばのひびきには実際には現実に通じるちからがないということになってしまう。
ぼくがかける魔術は物を空中に浮かせたり、人が空を飛んだりできるものではない。魔術とは手品や奇術とはことなる。
では、ゆがみ曲げられていないただしい魔術とはなにか、もっともふるい魔術として語られるのは占という答がおそらくはただしくとかれたもの。
では占とはなにか、占とはいつはじまったのか、そのうたがいの問いかけの答をたしかにただしく答えることができる人はいない。ただ、これだけはいえる。人が生まれるまえに占はない。
占とは人のあみだしたもの、なぜあみだしたのか、答は、あなたが魔術を欲した理由とつながっている、必ず。
答、といわれるものすべては、あなたのなかにしかない。あなたのなかとは、こころのなか。
もし、いまのあなたが答をみつけることができないなら、かくされたひみつのとびらの奥にあるから。だからこころのなか、ひかりのとどかないことなるせかいに、ぼくはみちをとおし、あなたはひらいた。
運ばれる命がこのように結ばれ、果てとなるとは、あのときのあなたはしるよしもない。
でも、あなたはあたえた。
「なにを」
さけばれるように立ちあがるおもい。
あたえたものがしりたいなら、あたえよう次につづく呪文。
「与えよ、されば受け取らん」
これが、しんじることでしか成り立たないせかいのもう一つの結晶。
あなたはいま、白いせかい、隠された知る恵みの天球と名づけられた領域のとびらをとざす鍵を持った。
こころのかたちをたとえることであらわそうとした物語をしったことで、ほんとに白いせかい、かくされた栄えるひかりの衣にふれる。
もう一度、序章から読んでいくと、みえなかった光景が見えてくる。
願わくばもう一度、序章から読んで次章を読みはじめて。はじめはおわりに進まないといとのいろがみえない。
彼の発する、いまのあなたには不可解なおもいは、ことばにできない領域の味蕾をしらない者には、現実としての果実の味となりえない手繰れない感覚にしかすぎない。
だが、現れる実を美味しく食べるための過日をしりえた者、魔術師にはいまだこないときさえ、よくするままに操る幻覚。
すこしはひかれているかい、不可解なおとの旋律に。
謎解きは家で秘かに行う、二人きりで。
ふれられない目隠しをされているあなたは一人でぼくのいる所まで来ることはできない。住む建物まで連れて行く。そこからさき、彼に会えるかどうかは彼が決める。
ここをめくっているということは彼に王国に入ることをゆるされたという結果。
ここからさきはことばをこえ、おとをこえ、こころの振動を、きこえないひびきをかんじるせかいが広がることになる。
こころにこえがない、おとだからきこえてくる振動がある。
されている目隠しを彼がとるまであなたは目隠しをされてうまれたことにきづくことはない、目隠しをはずされてはじめて目隠しをされていた事実にきづくから、どのような場所を通りここまで来たかしることは永遠にない。
ぼくにはただ、みずからのかぎられたこころを言葉にかえ、あなたの感じ、おぼえるものをぼくの感じ、おぼえたものと同調させることで、ぼくの受け取り、みている世界を、似たようないろやかたちの線であなたのなかに再び組み立てることにより、ぼくの受け取り、感じ、おぼえたものをあなたのこころにうつし、物語ることしかできない。
彼はまだ、本の主題つまり、小説の命題をあかしていない。
著者としてあらわされるぼくのまだしらない、決まっていない物語の結ばれた末を、製本されたいまだこないときのあいだを生きているいまのあなたはすでに生きている。
あなたがここをめくるとき、彼が描いた過程であり、予定であり、未定であった透明なせかいが、あることを定まれ、白い装丁でとじられ、不透明な世界としてあらわれる。
人はきづけない。けど、ほんとにちいさな選びの罪かさねでいまだこないときを決めている。なにを選ぶかはとても大切、望んだものが待っている、問を迷う必要はない。
心配しないで、大丈夫。
しんじる。
なにともしらない彼のおもいをしんじる。しんじるからしか、魔術ははじめようがない。
「そう、あともどりはできない」
こえがした。彼が微笑む。
彼は、あなたが魔術師になることを望む。ぼくに望んだことが、魔術師の道程を描くことだから。
わるい夢のように彼はかたる、ぼくはわるい夢のような真実を物語にして残す。
「純文学とよばれたい」
彼がささやいた。
さけんだ。
「世界中で読まれたい」
描くものが文学とよべるだけのものになるかわからないし、肌の色がことなる人が、翻訳された物語の内容を、いとをあやまって解いて広めてしまうかもしれない。けど、彼が彼の物語を純文学の小説として世界中にばら蒔くことを望んだ。
だれもしらない彼の物語をぼくが描くことを決められていた、彼に決められていた、それが文学でなくては、それも純文学でなくてはならないと。
彼は彼のおもいを純文学として残そうとする。しかし、答を解くためにもとめる問いかけがある。
ぼくは純文学とは、小説とはなにかがわかっていない。
彼はそこからした。彼が見せた悪夢をぼくがどのように理解し、描いたのかをしってから、あなたは彼の物語を読む。なぜならぼくが描く彼のいとをあやまり解いて読み進めることのないようにこころを傾けると、どのように彼の物語を描いたのかをしることがもっともよいことだと感じるから。
大切なことがいくつかある。なにより大切なのは、描く物語が純文学の小説として認められること。これが認められないかぎり、描いた物語が世界中で翻訳されることなど夢。
それは実におそろしいこと、悪夢が夢として覚めることなく現実となり、物語はおそろしい結末を迎える。それだけはなにがあっても避けなければ、そのために文学とはなにか、小説とはなにか、そして純文学の小説とはどんな小説かをしらなければならない。純文学を、小説をしらなければ純文学の小説は描けない。
まずはそこからはじめた。しるために、しらべられるだけしらべる方向で進んでいった。けど、行き当ったのは壁。文章とは、文字とは、言葉とは、というほんとに基本的なうたがいの問いかけの壁。しらべればしらべるほど、さかのぼればさかのぼるほど、うたがいの問いかけの壁はおおきくなり、なにもわからなく、みうごきさえできなくなったときに天地開闢とよばれるはじまりのときのあいだにいた。
そのとき、聖書という名の本をひらいた。しかし、そこでおわれない。もっとも後にもっともふるい物語といわれている物語をも、紐解く。
純文学は奥が深い、純粋なる文学の奥を目指してわきめもふらずにうたがいの問かけの壁を壊した。
いつのまにか物語は、しるめぐみを愛するための哲学をこえ、彼のつたえの領域に踏み込み、ひかりをあびた。
ぼくは文章が下手だから、わかりづらいことがあるとおもう。
だけど、いくどか読んでいるうちに不思議と理解できることもある。いくどか読んでそれでもわからない、理解できないとおもうところは飛ばして読んで。もしかしたら、わからないことには理由があるかもしれない。
二度読んで、あなたはきづいた。いくど読んでも次章はめくれない。もう一度という呪文はもう一度、もう一度をもとめる。
願いをあたえようとするかぎり、受け取るのはしんじることしかない不透明な領域の情景。繰り返し読む、それで、きづけなかったことにきづけるようになる感覚はあたえる仕組みになっている。けど、できるかは嗜好次第。そこを抜け、ここを読んでいるということはしんじるだけではなりたたないせかいの入り口にこころが向けられた、あかし。
物語はしるために、灰色の領域、紡いで描く曖昧なせかい、灰ということばがかたどらせるかたくななあらわれをのぞかないかぎり、灰色の領域の恵み、しるめぐみのちからをあつかうことはできないし、しんじる領域にはなかったこまるちからがここからさきにはうまれてくるから、方向をあやまることのないように空間とか、時間とか、そんなものをふくめ、はじまりとおわりを結ぶ物語にしないとならない。
たとえるなら、この小説は解答用紙。ぼくが答を書きこんだ解答用紙にはこれまでだれもとけなかったかたい問いをとくための公式が描かれる。あなたは公式を写すだけで式の仕組みをしることになる。
あなたがすることはただ、小説を読む。つまり、こころをたとえた物語をうつすためにここをめくりつづけるだけ。
ここではおなじような内容をことなることばでうつしながら、描く内容の意味はその先につづけていくという、等しい物をうつしながら絵としては角度をかえてうつすことにより全体像をわかりやすくみせるという手法でぼくのこころがかたどりうつす魔術の全景を、背景をこめてゆりのこころにかたどりうつす。
これが連想という魔術をつたえるただひとつの方法だから。
「一日の時間はしっているかい」
わずかに困惑の色で顔を染め、あなたは当然という表情をした。
だれでも決められた一日の時間は二十四時間。当然だと感じるほど当たり前の時の感覚。
「では、なぜ一日は二十四時間なのですか。と問われ、こたえることができるかい。もしできるなら、あなたは生命というかぎられたときのなかのどれくらいかをこたえる代償にしたということ」
かぎられたとき、それはかぎられた命。だから、かぎられたときのなかでなにをするか決めないとならない。あることにときをつかえば、あることにときをつかえなくなる。
「ぼくに富裕層とよばれるほどにたくわえがあり、自分のときとして二十四時間すべて魔術の研究に打ち込めたとしたら、きたない家にしなくてもいいくらいの、掃除する時間くらいはとれたかもしれない。けど、ぼくはたくわえができるほどにはたらけないから、ときがない。だから、生きてきたほとんどのときを魔術の研究にすると、いやでもこういう家になる。と、ぼくもついこないだきづいた」
しかし、だけで家がきたないのではないのが魔術師としての、いいわけのような真実。でも、説き明かすには早すぎる。
手がかりだけしらせておくと内容をみても家の描写に、においを感じさせることばがないことにいわれると、きづく。
すこし早口で解き明かしたことばを理解するためにあなたは反芻するようにうなずき、こころで音のしない言葉にして繰り返した。
家の空気というか、雰囲気というかそのようなものにあなたはすこしなれた。
「いま、のどがなったかい」
指摘され、恥ずかしそうにあなたは目線を落とした。
「飲み物をだしてなかった。ぼくも語るのにすこし疲れた。ちょっとまっていて、このマンションとは名ばかりの建物からそんなに遠くない所に自販機がある。飲み物を買ってくるから、適当に転がっている本でも読んでいて」
あなたはうなずいて所狭しと転がっているたくさんの本から一冊を手にした。
飲みたい物をたずねずに買いにでるけど、なにが飲みたいとあなたはいわない。あなたが飲みたいのは命の水だということはわかっている。あなたが命の水をしらないとしても。
たとえるならこの家は命の水が流れる河。海に面した入り江の景色と似ている。
こころでつぶやき、振り返ると、赤い表紙の魔術の本に見入っている。
いまのあなたにその本に書かれたうそを見破るちからはない。おもうと、彼が微笑んだきがした。
あなたが、見つめている。
手にした本をもとの場所に置いた、静かにぼくを見る。
「なにかな」
うたがいの問をあらわす文字を音にして、ぼくは発した。
おもわぬことをことばにし、事象をこの場に描かせる合図をきづくことなくあなたがかたちにした。
「彼方という名の容れ物に入った書類をあけると、彼のひみつに近づくことになる。あけたいと感じた数を叩けばいい、あなたがなにから叩くか、次章の展開を楽しみにしている」
とびらがしまるまで、あなたは姿を見つめていた。
書類をひらくと、小説の断片としてできごとが描かれている。けしてできごとのすべては読めない。これは、すべてはしれないことを物語る。
あなたはきいたことのない旋律を楽譜を頼りに奏でるように、短編となったできごとを、選んだ順序でこころにかたどり、刺激を受け、なにかを感じ、うごかされ、感じた方向から描き、いろを集め、意味となるかたちになればこころだとおもっていくが、選ぶ順序ではじめに叩く音がかわる。
とは、まっ赤なうそでしかない。
帯に書かれためくれば魔術がかけれる願望を叶える奇跡の本とは、彼がこぼれさせた憧れのしずく。
魔術は願えばたしかに望みを叶えるが、そこには誤解がひそむ。これは魔術がかけれるようになってしる現実。
彼の願い、望むことを叶えることで、あらわれる実際の感覚を理想にかえることは秘する、あなたがみずからきづき、とけるまで。
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