第八章 栄えある光を

 「いいかい、ゆり。傷つくことをぼくが口にしたとして、言葉に傷つくという選択をしたのは相手であり、ぼくではない。相手を傷つけようとおもわないかぎり、おもいはもどってきてもぼくを傷つけない。相手を傷つけたいと、きもちをこころに描かなければ、自らの誤解となることはなく、理解を得るためのきっかけや、手がかり、糸口にすぎない」


 目を見つめ語りかけると、視線を外し、どうしてかわからないという顔を、あなたはした。


「傷つくことを相手が口にしたとしても、言葉に傷つくという選択をしたのはぼくであり、相手ではない。しかし、傷つけようと相手がおもったなら、おもいはもどって相手を傷つける。傷つけたいきもちをこころに描くかぎり、自らが正解となることはない」


 どうして。問いかけたそうに見上げた目の奥、微かなうたがいが瞬いた。


「ほんとに正直にきもちを言葉にしたいと、これまでこころの奥にあることを曝け出し、晒した。だからいま、語れる。理解のちからとは受け取るきもちのちから。理解を支えるのは理性のちからだけど、支える基盤がないと理性は揺らぎ、崩れる。これから理性を支える基盤である、魔術の基盤について語るからよくこころに刻むこと」


 あなたはわずかに身を起こすと、唾を飲み込み、こころを耳に傾けた。


「ぼくとしてはできるかぎり、語ることを誤りなくつたえたいけど、あなたとぼくは異なるからぼくのかんがえ、おもい、かんじることをそのままあなたにつたえることはできない。それでも、可能なかぎり、誤りなくつたえたいから、できるかぎりわかりやすく簡単にしてつたえる方法を用いる。単純に語ればこの方法が魔法とか魔術とか呼ばれる。魔術とは本当はそれより簡単に単純にできない方法のこと」


 あなたは好奇を含んだ視線をぼくの唇に揺らし、緩やかに瞳孔を広げた。


「魔術とは変換だとつたえた、おぼえているかな。魔術とはこれ以上に変換できない領域まで変換する技術。これ以上に変換できないということはどういうことか、これ以上わけられないということ。それはひとつしかないということ」


 本心に刻んだ過ぎ去りし解きの頁をめくり、前後の説きにあなたは言葉をつないだ。


「これから魔術の基盤となる基本をつたえる。二度は言わない、しかしこれは、そらでいえるくらいはっきりと覚えること。一は王冠。二は知恵。三は理解。四は慈悲。五は峻厳。六は美。七は勝利。八は栄光。九は基盤。十は王国」


 あなたはならべられた意味のみえない言葉を音もなく繰り返し、繰り返し綴った。


「まずはもっとも覚えなくてはならないことを忘れずに覚えるために、数と数につけられた数のちからを象徴する名前だけをつたえた」


 つづくはずの言葉をあなたは待っていた。


「覚えているかな、覚えるという言葉の意味は見聞きした事柄をこころにとどめるということだけど、覚えるためには学ばないとならないから、学んだかなと問いかけを変えようかな。ゆりは過ぎ去りしときに見聞きした魔術の概略をこころにとどめているかな。ぼくは語った、こころをうごかすことに必要な、不可欠な原理を示し得るものは数。魔力という、ともにつうじるちからのおおきさを得るために、数による計算という技術がいる。答をまちがわないためには」


 あなたはうなずいた。


「理解したみたいだからたずねるけど、数がなにかわかっているかな」


 問いかけに答えようとしてかんがえたが、あなたはそのおもいを言葉にしてまとめることができずにいた。


「なにかを、なにかと決めるためには決めるためのものがいる、それがなにかしってるかな」


 なんとなくはうかんだことばをあなたは正確に声にすることができずに目をふせた。


「旧約の聖書に、記されている。また主なる神は、見て美しく、食べるに良いすべての木を土からはえさせ、更に園の中央に命の木と、善悪を知る木とをはえさせられた。 主なる神はその人に命じて言われた、あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよい。しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない」


 なにを語っているのか、あなたはわからなかった。理解するには、しらなければならない、わからないということは理解できないということ。理解できないということは理解出来ないということで、それは、理解が出て来ないということ。理解が出て来ないということは、理解の反対にあるものから入って行かないということで、理解の反対にあるものが知恵と、あなたはしらなかった。


「ゆり、ものごとを決めているものを定義といい、定義されているものを概念というから覚えること」


 定義と概念という言葉を音のない響きにし、あなたはこころで繰り返した。


「あなたはいま、しった。定義というもの、概念というもの。だがあなたは定義を、概念を理解しているかな、理解しているということは定義を、概念をわかっているということだけど、わかっているかな」


 わかっていないとあなたは表情で語った。


「そうか、わかってないんだ。ぼくは理解している。だから説き明かせる。けど、どうして理解できるのかな」


 不意に、あなたは口にした。


「しっているから」


「しっているから説き明かせるのかい、ゆりもしった、定義と概念という言葉は。ゆりは言葉をしったのに定義と概念を理解できない。なぜかな、わからないならかんがえること」


 あなたはかんがえていた。


「かんがえているかな」


 あなたはうなずいた。


「ゆりは、かんがえることができるんだ。では、かんがえるってなにかわかってるんだね」


 うなずきそうになり、あなたはうごきをとめた。


「きづいたかな、かんがえるという言葉ではなく、かんがえるという言葉の意味をしっているからかんがえるということがどういうことなのかしっている。だから、かんがえられる。けど、あなたは定義と概念という言葉の意味をしらない。だから定義と概念を理解しようがない」


 あなたは、視線を上げた。


「定義と概念の意味をぼくはしっている。だから定義と概念を理解できるし、説き明かせる。なぜ、ぼくは意味をしっているのか、理解できたかな」


 「しらべたから」


 あなたはきもちをそう音に変えた。


「答えはみえたようだから理解できたと判断する。理解できないという状況が起るのは意味をしらないから」


 視線を上げたまま、あなたはうなずいている。


「定義を理解するにはどうすればいいか、答えて」


 声にしてあなたは答えた。定義の意味をしらべればいい。


「もっともかんたんな数はなにかな、答えて」


 いち、とあなたは答えた。


「かんたんな問いかけだった。では、もっともなんかいな数はなにかな」


 答えられないで、あなたは時を刻んでいく。


「しってるかな。数には位がある。それは単位と呼ばれる。数には大数と少数がある。大数のはじめがいち、おわりは無量大数。少数のはじめが割、おわりは覚えなくてもいいから省略する。かんたんな数とは簡単な数で、簡単は簡単という言葉の意味をしらないと理解しようがなく、しるためにはしらべないと、しりようがない。ということはわかったかな」


 わかったという意味をこめ、あなたはうなずいた。


「簡単のいみは物事が大ざっぱで単純とか、時間や手数がかからないとかになる。つまり簡単とは単純といういみもあり単純とはそのものだけで、まじりけがないこと。ということはもっとも簡単な数である、いちはもっとも単純でもあり、つまりいちとは大ざっぱで、時間がかからない、そのものだけで、まじりけがない数ということ。ここまで、わかったかな」


 わかったと、あなたは声にした。


「簡単はわかったようだから、では、なんかいな数をかんがえる。なんかいとは、ぼくが示したい意味と内容で象ると難解となる。難解と象られた言葉がわかる、つまり難解の意味と内容がわからないと難解な数もわからない。だから、しらべると難解とはわかりにくい、むずかしいと記される。つまり、もっとも難解な数とはもっともわかりにくい、むずかしい数ということ。簡単は単純に似ている。なら、難解に似ている言葉をさがせば難解を、つまり難くて解けないものを解く手がかりがみつかるときづけばしらべればいい、簡単か、単純の反対に位置する言葉を。見つけたのが複雑。だから複雑のいみをしらべると物事の事情や関係がこみいっていること。入り組んでいて、簡単に理解や説明できないことと記される。複雑とは単純の反対の位置にある。つまりもっとも難解な数とはもっともわかりにくい、むずかしい数で、なぜわかりにくく、むずかしいかといえば入り組んでいて、簡単に理解や説明できない数だから。ここまでわかったかな」


 わかったとあなたは声にした。


「わかったのなら、数を説いていく。数とはなにか。それは数とはなにと決められているかということ。決めることが定義だから数がどのように定義されているかという説きから明かしていく」


 耳にきもちを傾け、あなたはぼくをみつめている。


「数は数量を表すために用いられる抽象的な概念。定義されるものは意味となるから数の意味とはものの多少を表す概念となる。つまり数とはかぞえるための概念ということ。わかったかな」


 わかったと、あなたはきもちを象り表にあらわした。


「あらためて、定義と概念を説き明かす。ぼくが説く物事はあなたに説く前にぼく自身がしらべたことにすぎない。ということは、ぼくに説けてあなたに説けないのはあなたがしらべてないからということにすぎないと理解できるなら、あなたが自分自身で解くためにはしらべればいいともう、理解したから魔術の答えも見つけたようなもの、わかるかな」


 視線を落として、あなたは少しかんがえている。


「定義は、概念や用語の意味や内容を正確に限定し区別する。ぼくは、通じるには共通の認識が必要不可欠だとかんじていて、それを導くものが定義だとかんがえている。概念とは、物事の総括的とか、概括的な意味のこと。ある事柄に対して共通事項を包括し、抽象化とか普遍化してとらえた意味内容で、普通、思考活動の基盤となる基本的な形態として頭の中でとらえたもの。心象などのこと。つまり、概念とは心象としてこころに象られるもの。ここまでわかったかな」


 わかったとあなたは口にした。


「わかったと口にした、つまり理解できたと、こころに象ったかたちを表にあらわしたわけだが、ほんとにわかった、つまり理解できたのかはしらべればわかる。しらべるために問いかけるから答えること、わかったかな」


 息をのみ、困惑しながらもあなたは、わかったという表情を返した。


「すでにある世界を理解するには、既に木になっている今の心である概念を理解しないとならない。魔術はこころに起るなにかが現実となった時、なにかが現実となることで理解される隠れた知恵。物事をかんがえたり、かんじたり、おもったりするには概念が必要であり、不可欠。概念が必要ということは概念がなにかがわかっている、つまり理解できていることが前提となり、概念が必要といわれても概念がなにか、つまり概念の意味と内容がわかっていないと理解のしようもないということはわかったはず。ということで、より深い概念の説き明かしに入る。これは、かんがえるときに自然と意識せずに行っている行為。だが、概念という言葉を耳にしても概念というものをしらないとその音はいみの不明な音の形にすぎない。これは異国の言葉を聞いてもいみが不明で理解できないことに似ている。つまり、理解とは知恵という前提がなければ起こりえない。ということは、しらないことは誤解する可能性があるということで、正解とはただしいことをしることを理解することで、つまりただしいことをしることを理解することで誤解は防げるようになるということ。ということは概念をただしく理解することがなによりも大切とわかる。で、概念とはなにかをしるためにはしらべるしかない。まずは概念とはどのようなものといわれているか、それをしらべてしることが大切になるからしらべると概念は物事の概括的な意味内容と記されている。これだけで概念がなにかをわかることはない。概念とは物事の概括的な意味内容ということがわかっても、物事とはなにか、概括的とはなにか、意味とはなにか、内容とはなにか、これらの言葉のひとつひとつがわからないと概念とはなにかがほんとにわかることはない。ということはどうすればいいかな、答えを教えて」


 ひとつひとつの言葉が理解できるまでしらべると、あなたは答えた。


「では、言葉とはなにを表しているか、そのことをかんがえる。もしも言葉がなにかをしらないとしたら言葉についてかんがえることはできるかな。しらない物をかんがえることができるかという問いかけは理解と正解と誤解について考察する際にとても重要。知恵と理解の仕組みについて、よくよくかんがえ、おもい、かんじることができたら、そこからしんじることの本質が見える。まず、物事とはなにかがわからないと物事についてかんがえることも、おもうことも、かんじることもできない。だから物事とはなにかについてしらべると物事はこう記される。物と事。もろもろの物や事柄。ぼくがしらべた辞書には物事という項目でこのように記されていた。物と事という二つを合わせた言葉として物事という言葉がある。では物とはなにか、事とはなにか、物とは空間のある部分を占め、人間の感覚でとらえることのできる形をもつ対象。事とは思考や意識の対象となるものや、現象や行為とか性質など抽象的なものをさす語のこと。つまり、物は具象性をもち、事は抽象的である。これで物事がなにかわかったから次に移る、概括的とはなにか、概括的とは特定の分野や専門にこだわらず,おおまかに全体から見たさま。ということであとは意味と内容だが意味とは言葉が示す内容。また、言葉がある物事を示すこと。内容とは物事を成り立たせているなかみ。実体。実質。ということは概念とは易しい言葉で端的にいうと、おおまかに全体から見た物事を成り立たせているなかみ。ということは、つまりかんがえたり、おもったり、かんじたりするには大まかに全体から見た物事を成り立たせているなかみがなにかをしる必要がある。ということはかんじられたかな」


 かんじられたという情報を、あなたは表情で発した。

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