第八章 5

 「なぜ、ぼくが遥か昔のことを調べるかわかるかな」


 あなたは少し考えているようだ、考えがまとまる前にぼくは口を開いた。


「ぼくは不器用で生きることを楽しめない子供だった。楽しそうに楽器を弾いている器用な子供を見て、ぼくにも楽しめる楽器はないかと探したらあったんだ」


 話を聞きながらあなたは微かに疑問を感じているらしく、目を細めた。


「不器用なぼくにも楽しめる、誰にでも音を奏で、調べを聴ける楽器があった、それはなんだと思う」


 あなたは考えている。ぼくは言った。


「物事は純から雑に向かうから簡単な答を難解にしてしまい、わからなくする。人には業という物がある、それは人が他の生き物と異なる生き方を選んだ結果として生まれた物。それを象徴する物が道具。業という言葉は楽器を置く道具から生まれたから、こんな話をしている。だから話はつながる、ある音で。その音は神の声を模したもので雨を降らせるために奏でた、いや叩いた」


 あなたの心は、瞬く間に遥かな時を超え、大気が叩かれた響きを肌で感じた。顔が白く輝く、わかったみたいだ。ぼくは言った。


「面白いかな。これが太古を求める理由、神が現れるから微笑に。それが不器用なぼくが辿り着いた業に対する応え。器を用いずに音を楽しめるものがある、わかるかい」


 あなたは一言、歌と呟いた。


「ゆりは美しい声だから歌を楽しめるかもしれない。けど、ぼくみたいに音痴だと楽しめないな」


 あなたは驚き、顔を赤くした。考えあぐねている顔の前で突然ぼくが手を叩き合わせたから。


「この仕種は、柏手。神を身前に呼び出すための作法」


 手を叩くことで楽器がなくても音は出せる。人は感動し、感激したらきづかずに手を合わせ、音を立てる。手を合わせる数が拾だから、はじめの位置は神の領域、つまり神域だから、人は入ってはいけない。拍手する時、人は意識することなくその前にいる。だから面白いと感じる。人を心から讃えることが出来たら、これほどの喜びはない、確かに」


 瞳を射るような眼差しで、告げた。


「不服は認めない。不純と複雑から得られるものがそれだ」


 ぼくは、魔法とは間方だと実感している。間とは俗字でほんとの間は門のなかが月。これは門のあいだから月が見えているということをあらわしている。閂で閉められた門では月は見えない。病に関するこんな字がある。癇、これはかんと読む。感情が激しく、激怒しやすい性質という意味。こんな事実は調べないとしりようがない。太鼓は叩くだけで音が出る。誰にでも調べを叩ける。簡単だから、単純だからそこに技術があるか、いるかわからない。でも、同じ太鼓でも叩く人により響きは異なる。ほんとは音ではなく、音に隠る気持ちを響かせて感動するのだと、感じる。だから同じ形を用いるのに、人により言葉は魔力を帯びるのだと思う。


「ここで、神とはすべてと言っている。それはつまり宇宙が神ということ。人は、宇宙に逆らえない。星が生まれる過程がわかり、星が集まることで生まれることが理解された。気体が集まり密度が高くなることで石と成る。そして小さな石がぶつかり合うことで大きくなり、石の中央に石を動かす力を持つようになる。ありとあらゆる偶然の積み重ねが地球になっているとして、偶然を起こしている力がぼくたちも動かしているわけで、その力を神と呼ぶなら、その一端の力を神と呼んだ古代人の感覚は誤りとは言いがたいと思う。現実に雷は電気であり、人は電気で動いている。ここまでは理解出来たかな」


 「理解出来た」


 あなたは言葉で意志を表示した。


「形而という言葉を、ゆりはしってるかな。形而とは易経にある一節に由来する表現。通常は形而上とか、形而下といった言葉のなかで使われる。形而の形はかたちだとわかりやすいけど而はなにをあらわしているのかわかりづらい。而とは象形でひげを描いたもの。而とはなんじと読み、なんじには他に汝という字もある。形而上とは形を知覚できないもの。抽象的なもの、精神的なものを。形而下とは具体的に形があるもの、肉体や器など。時間や空間のうちに形をとってあらわれ、感覚で理解できるもの。ここまでの解き明かしはわかったかな」


 「わかった」


 あなたは口にした。


 形而がわかれば、あとは当て嵌めるだけだから、解けたようなもの、隠れた知恵は。隠れた知恵は啓示という音できこえる。


「聞こえたのかな、彼の声が」


 そういうとあなたは少し困ったような顔をして、微笑んだ。


「人は宇宙から出来ている。正しいそれとも間違い」


 正しいと、あなたは答えた。


「宇宙は人から出来ている。正しいそれとも間違い」


 間違い。とあなたは答えた。


「人は地球から出来ている。正しいそれとも間違い」


 正しい。とあなたは答えた。


「地球は人から出来ている。正しいそれとも間違い」


 間違いと、あなたは答えた。


「どうして、そう判断したの。ゆりはなにを用いて正しいとか、間違いとか判断したの」


 あなたは、知識と答えた。


「知識とは」


 少しだけ、困った顔を見せてあなたはしっていること。と答える。


「人から宇宙が出来ないとどうしてしってるの」


 あなたは、少しだけ考えて言葉を選び、本に書いてあった。と答えた。


「どうして本に書いてあったことを正しいと判断したの」


 あなたは少しだけ考えるだけでは答えられない問いかけにぶつかり、考え込んでいる。


「本には間違いが書かれることはないの」


 間違って書かれることはある。とあなたは答えた。


「ゆりは、本に書いてあった知識が正しいと判断した。自分で。そうかな」


 頷いてあなたは答える。


「ゆりが正しいと判断したことには理由がある。その理由はなに、ゆりは判断した。正しいと判断した時になぜ正しいと判断したのか、考えなかったの」


 考えてない。とあなたは答えた。


 考えないで判断したのかい。と言うと、正しいと思ったから。と小さな声を微かに揺らす、ぼくは微かに揺らす声を心地よく聴きながら続ける、どうして正しいと思ったの。あなたは間を開けることなく答える。感じたから、正しいと感じたから。最後の扉に、あなたは触れた。ぼくは扉を開ける問いかけをしなくてはならない。


「なぜ正しいと感じたの」


 あなたは声が出なくなった。


「どうして、正しいと感じたのかな」


 あきらめたようにあなたは言葉にした。感じたから、正しいと感じた。


「感じたから、感じたの。では、どうして感じたの。どうしたら、感じるの。ぼくが今、唇に触れたらゆりは感じるの。なにを、感じるの」


 触れられていると感じる。とあなたは見つめた。


「なにが、触れているの」


 唇に触れた人差し指を口角に添わせて撫ぜた。あなたは言った、指がふれている。


「柔らかい、ゆりの唇は。感じていた、唇を濡らす度に、でも確かめないと自分の身体を用いて感じないとわからない」


 あなたは沈黙を守っていた。


「ぼくはゆりとつながっている、ほんとに」


 あなたは、語りかける目を黙って見つめている。


「身体はつながるために、衣を脱がないとならない、心はつながるために、なにをしないとならないかわかるかな」


 感嘆な問いかけに、あなたは沈黙を揺さぶられた。


「心ってあるの。ないの」


 ある。とあなたは答える。


「心ってあるんだ、ではゆりの心はどこにあるの」


 あなたは胸を手で包みながら、ここ。と言った。


「心は胸にあるとして心ってなに」


 あなたは気持ちと答える。


「気持ちって、なに」


 あなたの気持ちは、固まった。固まったあなたにきいた。


「ゆりは今、生きているかな」


 瞳を見開いて、あなたは答える。生きてる。


「生きているってどうして言えるの」


 息をしてるから。


「息ってなに」


 息とは呼吸。


「もう、次の問いかけはわかるね、答えて」


 呼吸とは空気を吸って吐くこと。


「気持ちとは、なに」


 気持ちとはと音にして沈黙した。


「今、気持ちがいい。それとも気持ちが悪い」


 気持ちは良くはないけど、悪くもないと感じる。とあなたは声にした、感情を噛みしめるように。


「呼吸ってなにか答えて」


 呼吸とは酸素を吸って二酸化炭素を吐くこと。


「酸素って、二酸化炭素ってなに」


 空気。と答えたからきいた。


「空気ってなに」


 空にある気体かな。と答えたから質問を足して行く。


「気持ちの持っている気ってなにかな」


 空気かな、でも、大気かもしれない。


 悩んだ答えに質問を足して行く。


「息って、自らの心って書く。息をしているから生きている。自らの心、息は空気を吸って、吐くこと。空気とは空にある気体のこと。吸う気体が酸素で吐く気体が二酸化炭素。自らの身体はなにで出来ているか答えて」


 原子とあなたは答えた。


「最も単純な原子がなにかしってるかな」


 水素とあなたは答える。


「水素って水の素なのはしっているよね」


 頷いたあなたは、続きを待っている。


「水と水の素はどちらが早く人にしられたと思うかな」


 水とあなたは答えた。


「ゆりはなにから出来ているのかな」


 水。答えたあなたにきいた。


「水素という水の素となにがあれば水が出来るの」


 酸素。と答えたあなたにきいた。


「酸素ってなに」


 酸の素かな。答えたあなたは次の質問を予測したように考えていた。ぼくはこう声にした。


「素ってなに」


 顔を上げ、あなたは開こうとした唇を閉じた。


「素って素という意味。漢字が並ぶと音がわからないから感じの違いがわからない。そ、とは、もと、という意味と書くと音の違いで勘違いを防げる。これで間違いも起きづらい。で、もととはなに」


 あなたは考えているようだ、ぼくは言った。もとという漢字をよく見たら形に答が見えている。


 あなたは糸と答えた。


「そうだね、素っていう漢字には糸と下にあるから糸に関することがもとになるのだろうと予測出来る。でも事実は。どうやって事実をしる。ぼくは同調することで魔術をつたえると言った。同調とは、なに。どうすれば同調出来る。ゆりはどう思う。答とは共通でないとつたわらない。どこかに共通でつたわるためのものがあるはず、つたわったという事実があるなら。同調という言葉があるなら、ある以上は言葉を使った過去がある、今も使っているならその言葉には今も使える理由がある。事実は調べないとわからない。どうやって調べるかというと言葉を集めた本を使って調べるしかない。その本を辞書というので現実に調べてみると同調とはこう記されてある。調子が同じであること。同じ調子。あとは、他に調子を合わせること。あなたがぼくに同調するということは同じ調子になることを指している。調子とはなにかがわからない。どうする」


 あなたは調べると答え、調べた。調子とは音の高低のぐあい。また、音の速さのぐあい。拍子。または 言葉の表現のぐあい。音声の強弱や、文章などの言い回し。口調。語調。という具合に。


「ぼくが主張していることは、わからないことは調べて答を探すことが大事ということ。その主張にゆりは同調出来るかな」


 あなたは頷いた。


「では、これから先は同調して、同じように調べてから答を探すように」


 ぼくがそう口にすると、はい。と声にして笑顔を見せた。


「なにをしないとならないかは答が出ている」


 あなたは素という漢字の意味を調べようとキーを叩いた。わかったことは、素という言葉の意味はより糸にする前のもとの繊維で、漢字のもとの意味は垂れる糸。それは白いという意味を含む。なぜかと言えば絹の原糸から生まれた文字が素で絹の原糸の色は白いからということが、その理由。これが同調して得られた結果。共に通じていれば過程が同じなら同じ果てに辿り着く。その果てがはじめだからはじめを調べれば間違うことはない。なぜなら異なる間がないから。間には少なくとも二つの物が必要。始めと終とか、上と下とか、右と左とかそんな感じで真ん中には間違いはない。だから中心を求めたら、心に中るという理由で魔術は真ん中を求める。わかったかな。ぼくがきくと、わかったのか、わからないのか、わからないような顔でわかりました。とあなたは応えた。わかったということは理解出来たということだということはわかるかな。あなたが本当に理解出来たなら次に行うことも言われなくても出来る。と強い口調でいうとあなたは調べ始めた。間違いのないのははじめ。それが一で次は二。それは似ることでそれは真似ること。あなたは同調することで二をしったから次は本当に理解出来たか試される。それが酸を調べるということにつながるから参の素は元でそれは一になる。ぼくはそれらを自ら調べてしっているから結果を先にしっていて同じ過程を歩かせているわけで、同じ道を同じ過程で歩けば同じ結果に辿り着くのは当たり前。辿り着く所は山となる。あなたは、ここまでの説き明かしできづいたかな、魔術を魔法に変え、技術から方法を導き出していることに。美味しい調理には良い素材が大切になる。良い素材とは新鮮な素材。だから、素材となる材料は自ら狩に行く、弓と矢がないと美味しい大きな羊は狩れない。


「的となる大きな羊が誰かわかるかな」


 言葉を発することが、あなたはできない。


「そう。誰でも自らが、羊になるしかない」

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