第八章 6

 「はじめの入口をかいじしたいけど、どうすればはじめの入口がひらいてしめされるか、わかるかな」


 わからない。とあなたは口にした。


「ゆりにはわからないか、では、問いかけを変える。なぜ、わからないのかな」


 しらないから。とあなたは声にした。


「ゆりはしらないか、では、問いかけを変える。なぜ、しらないのかな」


 そんなことしらない。とあなたは言葉にした。


「では、問いかけを変える。はじめの入口について、かんがえたことがあるかな」


 かんがえたことはない。とあなたは音を綴った。


「ゆりははじめの入口についてかんがえたことがないか。では問いかけを変える。おわりの出口をしっているかな」


 しらない。とあなたは言った。


「では問いかけを変える。おわりの出口についてかんがえたことはあるかな」


 かんがえたことがないという、表情を返した。


「ゆりははじめの入口についても、おわりの出口についてもかんがえたことがないと、では、はじめの入口もおわりの出口もわからなくてもしかたない」


 あなたは微かな不満を、表情に変えた。


「では、かんがえて。はじめの入口はひらいてしめされる。なら、おわりの出口はどうしてしめされる」


 とじてしめされる。とあなたは口にした。


「どうして、とじてしめされるとかんがえたのかな、わけを口にして」


 そうおもったから。とあなたは口にした。


「では教えて。どうしてそうおもったのかな」


 そう、かんじたから。とあなたは口にした。


「どうして、そうかんじたのかな」


 わからない。と口にしてあなたは目をとじた。


「はじめの入口を、いまかんじた。なにをかんじたかな」


 わからないことをかんじた。と口にしてあなたは、ぼくを見つめた。


「いま、こころの輪郭をなんとなくは、かんじた。これはだれでもだが普段はこころをなにげなくでしかかんじない。だからこころと呼ばれているなにかがどのようにしてかんじられるとか、そんなことをおもったり、かんがえたりすることはない。しかし、なにかのきっかけから、かんじているなにかをどうしてかんじられるのかと自らに問いかけると、その返答はかんじられるから。としかこたえようがないことにきづく、これより先がない。ということはかんじないものはかんじられないかぎり、おもうことも、かんがえることもできないということになる。ここまでわかったかな」


 わかった。とあなたはこたえた。


「そうか、わかったのか。でも、どうしてわかったとかんじたのかなと、たずねてもそのこたえは決まっているから、たずねはしない。多くの人はそのことを認めようとしないし、認めたくないことだが、ぼくたちが生きている世界はほとんどのことがわからないことでできている。ぼくの弟子として、魔術師としてこれから先を生きていこうとするなら、わからないことが当たり前だとかんじないとならない。それがなぜか、わかるかな」


 わからない。とあなたは口にした。


「なにかをかんがえたり、おもったり、かんじたりしているときに、こころではどのようなうごきがあるのか、わかっているかな」


 わかっていない。とあなたは口にした。


「では、なにもかんがえられない、おもえない、かんじられないという状態になったとき、こころはどうなっているのかしってるかな」


 しらない。とあなたは口にした。


「そうか、こころがどのようにしてうごいて、かんがえたり、おもったり、かんじたりしているのかもしらず、どのような状態になるからかんがえたり、おもったり、かんじたりできなくなるのかもしらないということかな、ぼくの口にしていることは事実とのちがいはないかな」


 ちがいはありません。とあなたは口にした。


「そうか、ちがいはないか。ということは、自らのこころがどのようにしてうごいて、かんがえたり、おもったり、かんじたりしているのかをしる必要がないと、そうかんじて、そうおもい、そうかんがえているということだね。」


 ちがう。とあなたは声を上げた。


「ちがうのか。では、なにがちがうか、ちがうことをかたちにしてくれないかな」


 必要がないとかんじていないし、おもってないし、かんがえてない。ただ、こころがどのようにうごいているかとか、かんがえることも、おもうことも、かんじることもなかった、だからとあなたは口をにごした。


「そうなんだ。こころがどのようにうごいているのかをかんじることも、おもうことも、かんがえることもなかったから、かんがえることも、おもうことも、かんじることもなかったと。ぼくの口にしていることは事実とのちがいはあるかな」


 ちがいはありません。とあなたは口にした。


「そう。でも、ぼくの弟子として、魔術師として魔術をかけるためにこころのうごきをしる必要がある。魔術はこころにかけるもの。だから、これからこころのうごき、こころの仕組みをいやでもしらせる、わかったかな」


 わかった。とあなたは口にした。


「わかったのなら、はじめるけど、この世界にあるほとんどのことはわからないことだということはわかったかな」


 わかった。とあなたは口にした。


「では、ほとんどという言葉の意味する内容はわかっているかな、わかっているなら言葉の意味をこたえて」


 ほとんどとは、大多数とか大部分とかそんな意味の言葉。とあなたはこたえた。


「なるほど、ほとんどという言葉の意味と内容を大多数とか大部分とかそんな言葉と同じ意味と内容だとわかっていると、そういうことかな、ぼくの口にしていることは事実とのちがいはあるかな」


 ちがいはありません。とあなたは口にした。


「そうか。では、ほとんどという言葉の意味も内容もわかったわけで、大多数とか大部分とかはわからない。しかし、ほとんどという言葉はすべてという言葉の意味と内容とは異なる言葉で、全部とはいえないがそれに近い程度をあらわす言葉で、ということはすべてがわからないわけではない。ということまではわかったかな」


 わかった。とあなたは口にした。


「では、すべてがわからないわけではなく、すべてといえないがそれに近い程度にはわからないということはわかり、その程度というのが大多数で大部分となることもわかったのだから、わからないほとんどという意味と内容を大多数と大部分という言葉に変えられるなら、わかるのは多くなく、大きくないものとわかる。ということは小さく、少ない数で小さな部分のものはわかることになるということはわかるかな」


 わかりかけているきがするけど、しっかりとはわからない。とあなたは口にした。


「では、わかりかけているなにかをしっかりひらいてわける。いま、あなたは門のすきまから見える月を見ている状態。空に月は出ている、明かりはあるということがこころの輪郭として描かれている言葉により示された。はじめの入口をかいじしたいとおもうけど、どうすればはじめの入口がひらいてしめされるかわかるかな、おなじ問いかけをもう一度繰り返しているがそれがどうしてなのかわかるかな」


 わからない。とあなたは口にした。


「そうか、わからないか。わからないとはわからないということをあらわす言葉。ではなぜわからないのか、わからないという言葉はわからないという意味と内容を表にあらわしている言葉だからそのわからないという言葉がわからないという意味と内容をあらわしていることにきづかないとわからないことがわからないということになることは説き明かしたからわかったかな」


 わかった。とあなたは口にした。


「そう、わかったの。では、わかりましたという言葉はわかるということを過去形にした言葉で過去につまり過ぎ去ったことだから、わかることがわかったことになったということはわかったかな」


 わかった。とあなたは口にした。


「では、わかるという状態がわかるという言葉でしめされ、わからないという状態がわからないという言葉でしめされていることはわかったかな」


 わかった。とあなたは口にした。


「ここまでわかったなら、わからないとわかるのちがいはどこにあるか、わかったかな。言葉はこころの輪郭とおもえば、言葉が描く形がこころの輪郭を象っているとかんがえることができるわけで、その言葉の輪郭である言葉が描くかたちのちがい、つまり異なりが言葉の意味や内容を変えていることにきづけるはずなんだが、わかるとわからないの言葉の描く形のちがいである異なりを生み出している部分はわかったかな、わからないなら問いかけを変える。わかるという言葉とわからないという言葉にはちがいがあるかな、ないかな」


 ちがいがある。とあなたはこたえた。


「そのちがいとなる言葉はなにかな」


 る。と。らない。とあなたはこたえた。


「るとは、わかるのるで、それはわかることがあるということをあらわしていて、らないとはわかることがないことをあらわしている。つまりちがいである異なりを簡潔にあらわすとあるとないという、ちがいになる。つまりあるならわかる。ないならわからない。ということなんだけどわかったかな」


 わかりました。とあなたは口にした。


「ではわかるとわからないのちがいを生み出すものがあるとないということはわかったとして、あるということはどういうことか、ないということはどういうことか、という説き明かしに移ろうとおもうけど、これまでの説き明かしで、なにかわからないとかんじることはないかな」


 ありません。とあなたはこたえた。


「そうか、ないんだ。ではこれまでの説き明かしのなかではすべての意味と内容がわかったということになる。では、たずねてみるけど、意味という言葉の意味はどんな意味で、内容という言葉の意味はどんな意味かな、言葉の意味を説き明かしてくれるかな」


 意味という言葉は言葉の内容みたいなもので、内容とは言葉の意味みたいなもの。あなたはそう口にした。


「そうか、意味は内容で内容は意味のこと。とわかっているわけだ。ぼくの口にしていることは事実とのちがいはないかな」


 ちがいはありません。とあなたは口にした。


「意味という言葉も内容という言葉もまったくしらないということはない。たしかに普段からよく使っている言葉でなんとなくはわかっているけど、いざその言葉の意味を説き明かせといわれるとしっかりとは説き明かせない。これはまるであなたのこころそのままのようだ。そうはおもわないかな、ゆりは」


 はい。とあなたは口にした。


「よくわかっていないとならないことは、こころは言葉で輪郭を描くことで、輪郭を描くことは象ることで、言葉の音を象ったものが文字で、文字や言葉となる音や形が文字や言葉の意味や内容を生み出し、生み出された音や形の意味や内容がこころとしてかんじられる。ということは口から出た言葉の意味や内容がしっかりわかっていないと、なんとなくしかこころにかんじられるものがない。ここまでわかったかな」


 はい。とあなたは口にした。


「では、なんとなくしか描けなかった輪郭をしっかりと描く、つまり輪郭を象るためにはどうすればいいかわかったはず。わかったならどうすればよいか、説き明かして」


 言葉の意味や内容をしっかりと覚えて口にする。とあなたは答えた。


「どうすれば言葉の意味や内容をしっかりと覚えることができるようになるかな、説き明かして」


 言葉の意味や内容をしらべて覚えるようにする。とあなたは答えた。


「なぜ、言葉の意味や内容を覚えないとならないか、説き明かして」


 ただしい意味や内容を覚えるため。とあなたは答えた。


「どうすればただしい意味や内容を覚えることができるか、答て」


 辞書を引く。とあなたは口にした。


「ただしい意味や内容をしるために、辞書を引くことが必要ということだね。ぼくの口にしていることは事実とのちがいはないかな」


 ありません。とあなたは口にした。


「そうか、ちがいはないか。では、辞書を引くことが必要と口にしたのだから、こころにも辞書を引くことが必要という文字や言葉を描かせるなにかを起こしたということ。しかし、それが起こったのは自らではなく、ぼくがこころの外から起こさせた。これはあなたのこころにはなかったこと。あなたのこころにあったのはなんとなくという言葉を描かせるなにか、そのなんとなくという言葉を描かせたこころを象る枠の内側があなたが自らのこころだとかんじることのできる、かぎりある範囲とか領域とか呼ばれているもの」


 不意の畳み掛けるような問いかけにあなたは素の自分を露呈していくが、そのことにきづいていない。


「ゆり、あなたにはきもちがあるかな」


 変えた表情で、あなたは問いかけに応える。


「あなたがきもちがあるとかんじているということはわかったから、ある仮定で進める。きもちがあると仮定するときもちと呼ばれているものはきもちということによりそれがきもちだとかんじられるとかんじるのだとわかるかな」


 わかるというような内容の言葉をあなたはいくつかならべた。


「ゆり、魔術の基本は名前。それはわかってるかな」


 あなたは自覚することなく感覚を情報として変換し、感情としたものを表にあらわすために表情とした。


「わかっているつもりであることはわかった。けど、ほんとにわかってるかは、問いかけのこたえでわかる」


 まだなにかを問いかけられるのだと、あなたはすこし表情を強張らせた。


「ここに、二つの透明な器があるとする。ひとつにはとてもおいしい水が満たされ、もうひとつにはとてもおいしくない水がみたされている。ふたつの器に入った水はどちらも透き通っていて見た目では区別がつかない、しかしひとつの器には毒と書かれた紙が貼ってあった。どちらかの器の中味を飲み干さないとならないとしたら、どちらを飲むかな」


 あなたはかんがえるが、こたえは口から出てこない。


「名前とは器のようなもので器のかたちが器の中身をあらわしているとしたら、器としての名前の重大さがわかる。そうだろ、ゆり」


 深みに落ちた思考を感覚に変換しようとして、広すぎる間隔の異なりに回答を得られず、あなたは迷いとかんじる感情に輪郭を与える。


「概念と呼ばれているものが感覚と思考をつないでいるらしいことをぼくは突き止めた、方法は逆さまから世界を眺めることで解けていくときが教えた。とても面白いと感じることだったそれは、同時に不思議なことでもあったもの、数に出会ったとき、わからなかった、そして二進法とか十進法とかそんな進むための方法を変えるだけで数が変わることに出会い、数が不変な物ではないときづかされた。二進法とは点滅に似ている。ついて、きえる電気の光のようにそれはある状態とある状態の異なりを二つしかない状態の違いで表す。それはついて、きえてか、きえて、ついてかの異なりでしかなく、実体の異なりは数にすれば、10か01でしかない。ついてが1できえてが0で過程は0となり、つまりきえる。0という数だけで計算しようとしても答は決まっている。0だけの世界には過程がない。多くなることも、少なくなることもない」


 露わにされた感情の揺らぎを目にしながら、概念についての解き明かしをはじめた。


「では感覚と思考をつなぐ概念とはなにか、しってるかな」

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