第七章 5

 物事を把握するには、と語り出したところで物事がわからないと物事を把握することなど出来ようもない。だから、物事という言葉から解き明かすが、物事とは物と事のこと。もろもろの物や、一切の有形とか無形の事柄でいろいろの事。物が一般に具象性をもつのに対し、事とは思考とか意識の対象となるものや、現象とか行為とか性質など抽象的なものをさす語。世の中に起こる、自然または人事の現象。事柄。出来事のことだが、それらの物事を把握するには、と言っても把握がわからないと把握出来ないというか、しようがないので把握も解き明かすと、把握とはしっかりと掴むことと記して、しっかりと掴ませるためにその思いをそそり立たせるために、なにがいるかといえば見た目の感覚と触ってしった知覚と認めるしかない認識が必ず要して必要だと、そんなことをつたえるためにここまで詳しくというか砕いてというか、ややこしくというか、とりあえず、わかりやすくを目指して似たことを、異なることを詰め合わせて心の隠れた見えない全体像を描くために、遠くから遅く歩きながら出来るだけあそこに、感じて触れても痛くないように茨の棘を真綿で覆って。やさしく、ささやくように耳に息が吹きかけられるように温かく、暖かく、舞踊りたくなるように、汗まみれで自然に知識を脱ぎたくなるよう、知覚から、近くから手をとって見つめるように語りかけ、あなたは突然のことに意識することなく、声を発した。


 暗闇のなかでぼくは言った。

「今、世界はなに色」


 あなたは答える。

「黒」

「では、これではなに色」

 ぼくが蛍光灯をつけてしばらくしてあなたは答えた。


「蛍光灯をつけたら白で、消したら黒」


「ならはじめはなに色でおわりはなに色だと思うかな」


「はじめは白、おわりは黒」

 あなたは答えた。


「では、一はなに色で二はなに色だと感じるかな」

「一は白。二は黒」

 そうあなたは答えた。


「では、三はなに色だと感じるかな」

 あなたの思考の力は思う原料と考える材料を失い止まった。輝いていた目が力を失う。


「あなたは一で宇宙は一、どうしてあなたも宇宙も一なのかわかるかい」


「ひとつしかないから」

 あなたは答える。

「気づいているかな、なに色。という問いかけとなに色だと感じるという問いかけがあることに」

 あなたは問いかけの意味がわからない。ぼくは続けて問いかける。

「はじめは数は一、色では白。この白は光。対なるおわりの色は黒ではなく、おわりは闇ではない。なら、おわりの数はなにかな、その理由も答えて」

 光に照らされたぼくの世界のなかで、あなたの世界は闇に閉ざされていた。

「ゆり、今のあなたの心の状態を肉体で現すとこうなる」

 あなたは微かに身じろぎして発しそうになった声を噛みしめた。目隠した手を放す。

「おわりの数は二だけど、理由はわかるかい」

 あなたは微かになにかを掴んでいるけど掴んだものを開く方法をしらない。

「それがどのようなことでもはじめとおわりしかないことはない、はじめからおわりには間が必ずある、つまりその間が時間と呼ばれるもの。だから一とか二とかではおわりはない。一の領域の力を王冠、二の領域の力を知恵、三の領域の力を理解という、これから記憶しなくてはならないことは記憶する。記憶して用いるこれらの力を知識といい、この力は万人に開かれた力。あなたが気づかずにしていた目隠しを外すのはこの偽りの天球と呼ばれている知識しかあり得ない」

 あなたはしらない言葉を耳にして興奮したのか、溜めていた唾液を飲みこんだ。


 ぼくはもう一度蛍光灯を消して闇にした。

 まずは見るための視覚や聞くための聴覚などから情報が入る。それが情報として脳に取り込まれるために、認識を要する、その認めるための識の識とは、物事を区別してしる、見分ける、心の働きとか能力のことだから認識とはそれらの区別してしり、見分ける心の働きとか能力とかを認める力のことで、認めたうえで情報を理解する。理解とは物事の道理や筋道が正しくわかることとか、意味とか内容をのみこむこととか他人の気持ちや立場を察することとかそんな意味を形にした言葉が理解。理解したと口にするときに、これらの内容をわかったということで、これで情報が、一個の情報として定着する。しかし理解には苦手で不得手な方向があり、それが未知の事象で、未知の事象とは未だしらない出来事や事柄のことでそんなことに対しては理解のまえの認識の段階で正しさを失い、認識するための認知の力は、たいがい正しくは行えない。この過程において最も好ましくないのが先に認知をして、先に起る認知という過程はある事柄をはっきりと認めることだが、つまり最も好ましくないのは、はっきりと認めた上で知覚や感覚を働かそうとすることで、先に情報を制限してしまえば、 認知できることだけを認知しようとするから認知することはたやすい。しかし、この知覚つまりしっていると感じる感覚は、実際にしり、感じられた情報では無く、疑似的なものに過ぎない。なにを感覚し、知覚するかが重要な要素。しかし、 多くは先に解釈を付けてしまう。解釈とは言葉や文章の意味とか内容を解きほぐして明らかにすること。また、その説明とか物事や人の言動などについて、自分なりに考え理解することという意味や内容を形にした言葉。つまり解釈には自分なりに考え理解するという狭い領域の感覚がある。自分という思考を生み出すのは自分という嗜好でありその嗜好から指向される方向にしか思考が働かなくなると見えているものも見えなくなる。理解に必要な正解の感覚から誤解が生じ、生じた誤った情報が心象を支配し、先入観となると感覚情報が正しく入ってきても知覚の段階で拒絶し、否定して情報は正しく認知されない。どの段階で情報が誤報になるのかが解ればどこで誤った情報を正常だと感知したのかが解るようになる。しかし知覚はしらない、覚えていないことを判断するには心もとない感覚器官でしかないことは少女が淑女になる過程でしる一つの毒。しらないことに対しての自らの答が正しいか、正しくないかの判断は自らの知覚以外の感覚が出すしかない。


「この世界は偽りの衣で覆われている。魔術師はこの世界つまり現実の世界を覆い隠す偽りの衣を剥ぎ取り、示される果てを見つめることの出来る者。ゆり、目を閉じて。想像の力を用いてあなたの偽りを晒すから。あなたはぼくの弟子。あなたには拒絶も否定も赦されない。ぼくの言葉には絶対に服従しかない。でもぼくは命令はしないし、強引に欲望を叶えようともしない。ぼくの言葉にあなたが服従するときはあなたが望んだから、それを忘れないこと。いいかい」


 言われるままに目を閉じ、あなたは頷いた。


「想ってしまう。こんな素敵なのに、涙を零さなくてはならない。零すなら、感涙であってほしい。感じやすい人は傷つきやすい。それはしかたない。響きやすい心なのだから。でもそれは幸いなこと、心に耳があるから。恥らいをわすれたら美しくはあれない。頬を染めるような恥じらいがあなたの描く、香るような豊かな色の響き。そんなだから、虜にしてしまう。罪な淑女だ、あなたは」


 微かな甘い吐息が闇に、漏れる。


「絶対に目を開いてはいけない。今からあなたの大事なところに触れる。嫌なら声にして、ただし否定とも拒絶とも受け取れない言葉と態度で、でないとぼくの選択は正しさを失っているからあなたの嫌がる声を、嫌がる態度をさらに求め、触れた指に力を入れ大事なところを痛める結果になる」


 目を閉じたまま、あなたは頷いた。


「これからいくつかの問いかけに答えることわかったかい」


 あなたは小さく理解を言葉に変えた。


「ゆりは宇宙から出来ている。正しい、正しくない」


 正しいと答えた。


「宇宙はゆりから出来ている。正しい、正しくない」


 正しくない。と答えた。


「ゆりは地球から出来ている。正しい、正しくない」


 正しいと答えた。


「地球はゆりから出来ている。正しい、正しくない」


 正しくない。と答えた。


「どうしてそう判断したのですか。ゆりはなにを用いて正しいとか、正しくないとか判断したのですか」


 あなたは知識と答えた。


「知識とはなに」


 あなたは少しだけ、困った顔を見せて知っていること。と答える。


「ゆりはゆりから宇宙が出来ないとどうしてしっているのかな」


 あなたは、少しだけ、考えて言葉を選び、本に書いてあったから。と答えた。


「ゆりはどうして本に書いてあったことを正しいと判断したの」


 あなたは少しだけ考えるだけでは答えられない問いかけにぶつかり考え込んでいる。


「本には正しくないことが書かれることはないのかな」


 あなたは正しくないことが書かれることはあります。と答えた。


「ではゆりは本に書いてあった知識が正しいと判断したわけだ、自分で。そうかな」


 あなたははい。と答える。


「では、ゆりが正しいと判断したことには理由がある。その理由はなに」


 ゆりは、判断した。正しいと判断した時になぜ正しいと判断したのか考えなかったのかな。


 あなたは、考えませんでした。と答えた。


 考えないで判断したの。と言うと、正しいと思ったから。と小さな声を微かに揺らす、ぼくは微かに揺らす声を心地よく聴きながら続ける、どうして正しいと思ったのかな。


 あなたは間を開けることなく答える。感じたから、正しいと感じられたから。


 あなたは最後の扉に触れた。ぼくは最後の扉を開ける問いかけをしなくてはならない。


「ゆり。なぜ正しいと感じた」


 あなたは声が出なくなった。


「ゆり、どうして正しいと感じられた」


 あなたは、あきらめたように言葉にした、感じたから、正しいと感じました。


「感じたから、感じたのかい。では、どうして感じたの。どうしたら、感じるの。ぼくが今、ゆりの唇に触れたらゆりは感じるの。なにを感じるの」


 触れたら、触れられていると感じます。あなたは唇を微かにふるわせ言った。


「なにが触れているかい」


 ぼくはあなたの唇に触れた人差し指を口角に添わせて撫ぜた。あなたは指が触れていると微笑んだ。


「やわらかい唇、はじめてしった。ゆりの唇はやわらかい。感じていたんだ、ゆりが唇を揺らす度にやわらかそうな唇だと、でも確かめないとわからない自分の身体を用いて。感じないとわからない。ゆりは宇宙とつながっている。ゆりは地球とつながっている。ゆりはぼくとつながっている、ほんとに」


 あなたは黙って見つめている。


「身体はつながるために、衣を脱がないとならない、心はつながるために、なにをしないとならないのかわかるかい」


 あなたは最後の扉の前で感嘆な問いかけに沈黙をよぎなくされた。

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