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 私がいうのもなんだが、結衣ちゃんは、霊能力者としての素質があるのかもしれない。


 幽霊を見ることができるとか、幽霊と会話ができる。などということは、『通常では見ることの出来ないテレビ番組を見たり、ラジオを聴いたりすることができる。』と考えると腑に落ちるだろう。


 実は、幽体というものは、日常的にそこらへんにいる存在であって、それを見たり感じたりする感知機能が一般人にはないのである。こういった能力というのは、生まれもった才能なのか?というと、実は、そういうわけでもなく、実は、精度は別として、皆、一様にそれを持って生まれてくるのである。ところが、我々人間というものは、この感知機能をとして扱う修正があるのである。


 それはどういうことか?


 答えは簡単で、幽霊などが見えるということを『異常な状態』と大人達は言うのである。この能力を一番開花させている時期はいつかといえば、幼少期である。しかし、この時期というのは、何が正しくて、何が正しくないのかの判断ができない子供達にとって、正否の基準は大人達の反応なのである。


 結衣ちゃんのお母さんが取った行動がまさにそれなのである。結衣ちゃんには瑠璃さんが見えていた。しかし、お母さんは見えていなかった。そのことを結衣ちゃんが打ち明けると、お母さんはあからさまに拒絶反応を示した。子供達の絶対的基準は親であるので、。そうすると、子供達は次にどうするか?今使っている感知機能をどんどんと使わなくなっていくのである。そして、その感知機能は機能を停止する。こうして、幽霊などを見ることの出来ないが完成するのである。


 生まれたときから持っている感知機能なので、一度使い方を忘れてしまうと二度と使うことができなくなってしまう。なにせ、生まれた時には、誰からも教わらないで使えていたものなのに、再び使おうとした頃には、誰もその使い方を知らないのであるから。


 これが、一般的に言うところの、幽霊が見える人と、見えない人の違いなのである。


 今のところ結衣ちゃんはこの機能を失うことなく持ち続けている。しかも、ハッキリと瑠璃さんの容姿を見ていたようである。感知機能は、個々によって精度がかなり違うのだが、おそらく、結衣ちゃんはかなり高性能な能力を持っていると考えられる。更に言うと、私が呪文を唱え、自身の霊力を増幅している間、結衣ちゃんは私の霊力の波動に合わせて、自身が持っている霊力の波動を無意識とは言え同調させにきた。合わせようと思って合わせられるものではない。一言で言えば「センスが良い」のである。万が一に、霊能力者にならないとしても(普通の人はまずならないと思うが)、あの子は普通の人とは違う、何かを特別な持って育つことは間違いない。


 今回の口寄せの儀を執り行うまでには、本当に色々な事があった。故人の遺品が無いというアクシデントから始まり、完全に万策尽きたと思っていたところに、結衣ちゃんの思いがけない一言から、瑠璃さんの残留霊力を発見することができ、なんとかスタートラインに立つことができたのだ。


 なので、今回の作戦はいつもと少し違う。まず、瑠璃さんの残留霊力を見つけ、そこに自分の霊力を同調増幅させてやる。すると、まるで導火線に点火した火種のように、終着点までの道筋を示してくれるのである。


 ただし、これが上手くいくにはいくつかの条件が揃わないといけない。一つは、瑠璃さんの残していった霊力が弱すぎないこと。どうしてかというと、擦り切れたり、切れかけた糸に無理に力を加えると、糸は意図も簡単に切れてしまうあれと同じなのである。私が霊力を送り込んだことで、瑠璃さんの霊力が吹き飛んでしまう可能性があるのだ。もう一つは、瑠璃さんが私とのコンタクトを拒絶しないでいてくれることである。なぜなら、今回の方法は、卑怯技といっても過言ではないからだ。


 一般社会でもそうだし、まして、この世にいないものに接触しに行くわけだから、基本的に、アポイントメントを取得する必要性があるのだ。お盆の頃であれば御霊は簡単にあの世とこの世を行き来できるのだが、通常時はそうではない。こちらから行く場合も、あちらから来て貰う場合も、事前連絡が必要なのである。神事などで、前祭と本祭と二回に分ける理由は実はこういったことなのかもしれないと、最近密かに持論を持ち始めた。


 が、今回はぶっつけ本番である。


 幸いなことに、結衣ちゃんの中に残されていた瑠璃さんの痕跡は、途中何処かで途切れることもなく、また、その形跡が弱まることもなく続いていた。傍から見ると、ヘンゼルとグレーテルが、帰り道に困らないようにと落としていったパン屑の後を追い掛けるかのような気分である。


「こんにちわ。」


 当初の心配はどこ吹く風で、一切の労をすることもなく、私は彼女の元へと辿り着いた。


 私が声をかけた瑠璃さんあいては、柳の木の下で、白いポロシャツとジーンズという姿で佇んでいた。日本画では定番定石ともいえる構図である。ちなみに、私達が持つ幽霊のイメージを確立させたのは、かの有名な絵師、円山応挙まるやまおうきょの『幽霊図』だと言われている。


 その絵は、夢に出てきた亡き妻を描いたものとも言われており、幽霊の特徴とも言える、足の無い姿の幽霊が描かれているのである。


 ではなぜ幽霊と呼ばれるものは柳の木と一緒に描かれるようになったのか?実は、柳と呼ばれる木というのは、陰陽でいうと『陽木』になるのだという。


 日本画というのは中国の絵画の影響を強く受けているため、陰陽一対の構図で描くのがルールとされている。つまり、幽霊という陰に対し、陽である柳の木を描き入れることは当時の日本画家の中ではスタンダードな考えだったのである。しかし、描かれる幽霊の陰気さが、柳の陽気を上回ってしまう傑作が多いため、柳の木というものも、陰気なものだと認識されてしまったのかもしれない。もし陽気のものとして、向日葵が選ばれたらどうなっていたのだろう?とっても、爽やかな気持ちにさせられるような幽霊画が見れたのだろうか?


 当の瑠璃さんは?と言うと、そのような恐怖と呼ばれるような感情は一切なかった。むしろ、荒れ果てた大地に咲く、可憐な一輪の花のような気品と力強さすら感じる。大げさかもしれないが、後光が差すという表現はこういう時に使うのかもしれない。


「そんなにまじまじと見て、なにかありましたか?あなたからしたら、幽霊なんて珍しくないでしょうに。」


 今まで出会ったどの御霊とも違う、純真で清らかな霊力を放つその姿。そして、結衣ちゃんの中に残る暖かくて優しい霊力。私をここまで導いてくれた、あの残留霊力の質。これらのことから、私は、ある一つの答えを導き出した。


「もしかして、瑠璃さんは結衣ちゃんの守護霊なのですか?」


 一瞬驚いたような表情を見せたが、瑠璃さんは、「ふふっ」っと子供のような笑みを浮かべると、


「あら?バレちゃいました?このことは、たかちゃんには内緒にしておいてくださいね♪」


 と、少女のような笑顔で言った。


「どうしてですか?孝之さんは、瑠璃さんのことを今でも大切に思っているのですよ?もし、娘の守護霊が瑠璃さんだとわかったら、きっと喜んでくれるはずです。」


「たかちゃんは、私のことを愛しすぎてしまっているから。」


 愛しすぎてしまっている?どういうこと?確かに、孝之さんはシスコンだと聞いているが、好きという感情は愛するとは、少し違うことになると思うだが。


「私が自ら命を絶つ少し前のことなのだけど。」


 え!?自ら命を絶った!?


「ちょ!ちょっと待ってください!!ど、どういうことですか!?瑠璃さんって、事故や病気で亡くなられたんじゃないのですか!?」


 血相を変えた私の表情を見て、瑠璃さんは、キョトーンとした顔をする。


「あら?私の死因。たかちゃんや辰叔父さんから聞いてなかったの?」


 私は、全力で首を横に振ると、


「私がお二人の関係性で聞いていることは、孝之さんがシスコンだったというだけです。」


 と、声を荒げていうと


「そうよね。他人に話すことじゃないしね。」と、瑠璃さんは小さく呟くと、


「実はね、たかちゃんが高校に進学する少し前くらいに、私は、あの子に襲われたの。」


 え?襲われた?どういうこと?話が唐突すぎて、さっきから頭の中の処理の力が追いついていかない。


「たかちゃんが、私に恋心を抱いていることは随分前から知っていたわ。私とお揃いの服を着たがり、私の身につけているものや、日常的に使う食器など、ありとあらゆる物ですら、私とお揃いのものを選んで使おうとしていた。『あぁ、これは、普通のことじゃないんだな』って薄々気づいていた。でも、思春期を迎えたらきっと変わると思ってた。一回りも違う相手よりも、自然に近い年代の異性に恋心を抱くようになるだろう。って。けれど、それは、どんどんとエスカレートしていったの。」


 私はゴクリと唾を飲み込んだ。


「そして、その時は来てしまった。子供だと思っていたけど、中学生の男子を相手に運動もしていないOLが力で勝てるわけはなかった。意識がハッキリした布団の上で、ビリビリに破られた服と、抵抗して割れた爪、そして、犯された自身の姿を見て、すべてのことを理解するのには、そんなに時間はかからなかったわ。」


 私の貧弱な想像力では到底到達することのない次元の話を、今、当人から聞かされている。なんてことだ、まさか、孝之さんが瑠璃さんを強姦レイプしていたなんて。


「精神的に病んでしまった私は、誰にも相談できずにいて、結果的に、自ら命を絶つ道を選んだ。あのまま生きていたら、たかちゃんに良いことは何もないと思って。」


「だから、孝之さんはあの町から引っ越していったのですね。」


 苦笑いを浮かべ瑠璃さんは答える。


「両親も世間体ってのを気にしたのかしらね。遺書には、このことには触れなかったから。私とたかちゃん、二人だけの秘密だったのにね。」


 瑠璃さんと孝之さんとの、本当の関係性の話を聞けたおかげで、孝之さんのとった不可解な行動の理由がやっとわかった。一般的に、故人の遺品というものはよっぽどの事がない限り、家族の中において、かなり重要な位置づけのものになる事が多い。ところが、孝之さんは、全てそれを焼却処分してしまったと言っていた。理由は、友人達にシスコンを冷やかされ、突発的にと言っていたが、真実はおそらく違う。たぶん、自分の曲がった愛情で起こしてしまった悲劇から目を背けるため、瑠璃さんとの思い出。いや、瑠璃さんという存在自体を無にしたかったのであろう。だから、すべてを燃やし虚無の存在にしたのだ。


「ごめんなさいね。女性にとってみたら、怪談話よりも怖いお話を聞かせてしまって。」


 すべてを語りきった瑠璃さんの表情は、どこかスッキリしたような表情にも見えた。今まで誰にも語らなく、一人思い悩んでいたことを、初めて第三者に打ち明けたのだ。吹っ切れたと言っても良いのかもしれない。


「いえ、大丈夫です。こういう職種柄、色々な理由な死と言うものは見聞きしてきましたから。」


 死者と会話をしたいと言ってやってくる依頼主は、意外と多くいる。その理由も多種多様様々。だから、亡くなった理由も多種多様になる。だから、これくらいのことは慣れっこなのである。事前にわかっていたら、心の準備があるので、ここまで驚くことはなかったのだけれども。


「あ、それで、なんでしたっけ?私に会いに来た理由って。」


 そうだった!私は、瑠璃さんと孝之さんの過去を知りたくてこんなところまで来たわけじゃないのだ!


「実は、孝之さんが、瑠璃さんのボロネーゼが忘れられないって言っていて。どうか、そのレシピを教えてほしいのです。」


 瑠璃さんはしばらく「うーん」と、考え込むと、


「教えてあげてもいいけど……大丈夫かな……」


「私、こう見えても、料理人ですから。きっと、なんとかしてみせますから!」


「ほんと???じゃ、教えてあげてもいいけど、覚悟しておいたほうがいいわよ。」


 え?覚悟?どういうこと?


「私のボロネーゼのレシピは、イタリアン・シェフ・アカデミー直伝だから。」


 イ、イタリアン・シェフ・アカデミィィィ!?

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とみちゃんと天国のレシピ 黒猫チョビ @K-Yuna

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