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「ありがとうございました。お気をつけてお帰りください」


 お会計を済ませ、先にお店を後にした黒崎さんのお父さんと奥さんを見送る。二人は私に軽く会釈をして、送迎を頼んだタクシーに乗り込み帰路へと向かった。


「裕次郎さん申し訳ありません。ほとんど料理に手をつけなかったみたいで」


 店内に戻ると、黒崎さんが大将に謝っている姿がそこにはあった。


「いえいえ。最初から無理だろうとわかっていたことですから、そんなに頭を下げないでください」


 口調も表情もいつもの大将だけれども、長い事一緒にいる私には悔しさを必死に堪えているようにも見えた。


「それにしても、ありゃ相当重症だぞ」


 串についたままの焼き鳥を横に持って、それを食べながら辰さんが答えた。


 前回お店でお話をしていたとき、「そうは言っても、やっぱり美味しいものを食べたら食欲も戻るんじゃないか?」という話になり、今日、黒崎さんのお父さんをお店にお招きした。が、結果は火を見るより明らかだった。


「辰さんも、せっかくご協力いただいたのに申し訳ないです」


 黒崎さんが辰さんの方に向き直り頭を下げる。


「気にすんなって、たまたまダチが良い出物が上がったって持ってきたやつだからさ。あれでダメなら、何だしてもダメだわ」


 黒崎さんのお父さんが今日来店されるということを知り、辰さんは立派な金目鯛を持ってきてくれ、大将はそれを生姜と砂糖を効かせて煮付けにした。


 それ以外の品書きは、ホタルイカの酢味噌和え。大将が手入れをしている畑で採れた大根で作ったふろふき大根。あまりのおいしさに舞を踊ってしまうということからその名がついたとされる、舞茸の天ぷら。笹垣にした人参を甘辛く煮てご飯に混ぜた人参の混ぜご飯。


「どれも美味しい美味しいっていってたんですけどね」


「はぁ」と私はため息をついた。


「食べたいという気持ちと、旨いという気持ちは違うということだ。こればかりは社交辞令なのか、はたまた、本心なのかはわからなん」


 黒崎さんのお父さんは出された料理を二口・三口食べてくれた。しかし、どれもこれも完食することはなく黒崎さんご夫婦に渡していた。


「とみちゃん、これは中々気合を入れないとだめだぞ」


 辰さんに改めてプレッシャーをかけられる。


「あ、そうだ。富美子さん。言われてましたもの持ってきました」


 そういうと、黒崎さんはカバンから黒崎さんのお母さんの写真や日記や手紙などを取り出し、私に差し出した。


「探していただいてありがとうございます。これだけあれば多分大丈夫です」


 口寄せの儀をするにあたり、故人の遺品はとても重要なものになる。遺品は、あの世にいる故人と現世を唯一繋ぐ道先案内人のようなものなのである。


 もちろん、名前や写真だけでも故人をあの世から探し出すことはできないこともないが、その繋がりは蜘蛛の吐く糸のように細く、私のような未熟な霊力では現世に連れてくるうちに途切れてしまう。


 しかし、手書きの手紙や日記など、故人がこの世に生きていたという証が強く残っているものには、言わば「生霊」のような力が宿るのである。その力を自身の霊力と混ぜ合わせ増幅させることで、蜘蛛の糸だった細い糸は、丈夫で切れることのないロープほどの強度を持った糸へと変化するのである。


 つまり、故人の遺品が多ければいいというわけではなく、故人の思いが詰まった遺品こそが私に力を貸してくれるのである。


「ほかに必要なものがあったら言ってください。それでは私もこの辺で失礼いたします」


 そういって、黒崎さんは一礼してお店を出ていった。


「さぁ~、あとは、とみちゃんの術者としての腕と、料理の腕次第ってことだ」


 と、辰さんが小さい子供を励ます親戚のおじさんのような眼差しで私のことを励ましてくる。


「もぉ~、わかってますよぉ。あんまり、プレッシャーをかけないでください」


 ほっぺたを膨らませながら私は答えた。


 口寄せの儀で、思い出の味を作ることのできる故人をこの世に下ろしてくるのだが、如何せん、料理を作ってもらえるほどの長時間、現世にとどめておくことは私にはできない。


 多分、私のおばあちゃんクラスの術者の霊力があればできるのかもしれないが、私のように免許取りたての若葉マークをそろそろ卒業できそうなクラスの霊力では、交信することだけで精一杯なのである。


 なので、まず最初に故人の方と対話を試み、料理のレシピや材料、調理中のコツなどを教えていただく。その後、私がその通りに料理を作っていき、私の体を通して故人の方に味見をしてもらう。ということを、数回行い、OKが出たら依頼者の方に実際に食べて頂く。という、なんともめんどくさい方法をするしかないのである。


 つまり、いくらレシピや材料がわかったとしても、私の料理の腕が未熟だといつまで経っても「思い出の味」は再現できないのです。


「卵焼きは、腕を磨くにはうってつけの料理だからな。とみ、しっかり勉強しろよ」


 と、大将までもがプレッシャーをかけてくる。


 卵焼きはシンプルでありながらとても難しい料理なのである。


 卵の溶き方も一つで、触感が大きくかわったりもする。また、味付けなども、私も大好きな甘い味付けのものもあれば、出汁巻き卵などのようなフワフワ食感のものもある。更に、出汁巻きの場合であるなら、出汁を取る方法や、出汁と卵の合わせる分量、焼く際の火加減などなど気をつけなければいけないことは無数にあるのである。


「はうぅぅぅ、毎度のことなんですけど、考えただけでおなか痛くなってくるよぉ〜」


 そう言いながらカウンターに突っ伏して、足をジタバタとさせる私。


「行儀が悪いぞ」と言いながら、冷ややかな目で見てくるものの、いつも困ったときには助けてくれる大将と、頑張れ頑張れといつも応援してくれる辰さん。


 話を聞いてから、夜な夜な一人で卵焼きを作る練習を続けているが、不安を拭うほどの出来のものは未だできていない。


 はたして、黒崎さんのお母さんは一体どんな卵焼きを作っていたのだろうか


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