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「はい、辰さん、ぬる燗ね。いつもいいますけど、一日二本までだからね。」


 あれからすぐ、辰さんがお店にやってきた。梅さんと大内さんを見つけると「今年の祭りも楽しみにしてるからな」と声をかけ、近くの席に座る。「丁度いま行列のできる例のおばちゃんのお好み焼きの話をしていたんですよ」と、梅さんがはなしをすると、辰さんも身を乗り出す勢いで食いついてきた。


「それにしても、屋台のお好み焼きなのに行列ができるってすごいですね」


 お祭りの屋台で、お好み焼き屋の前に行列ができている光景はあまり見ない。日本中探したらあるとは思うが、毎年毎年というと、かなりのものだと思う。


「お好み焼きと言っても、普通のお好み焼きとはちょっと違うんだよな」


 グラスにビールを注ぎ入れながら梅さんが言う


「そうそう、春巻きっぽい感じに具材が包んであるんだよ。おばちゃんは『クレープ』だってかたくなに言い張ってたけどな。あまりない形だから口コミで広まって、若者の中じゃSNSにつかうことを目的で並んでる奴もいるからな」


 大内さんが腕組みをしながら語る。そういえば、会議の時にSNSなどの撮影をしている人たちによって通路を塞がれるのをどうのこうのと言っていたのを思い出す。目新しさが行列を呼ぶ理由の一つなのだろう。春巻きみたいな形のお好み焼きか。きっとコンビニで売ってるバナナクレープみたいな感じなのだろう。


「おばちゃんの親父さんが作ってた頃は広島風だったんだけどね。おばちゃんが屋台を引き継いだくらいに、東京旅行で当時ハイカラだったクレープを見て食べて、歩きながら食べれるあの形に変えたんだとか、その頃に味もおばちゃんの味になったはずなんだよな」


 と大将がいうと一同が「へぇ〜」と答える。


「クレープっていつぐらいからあったんですかね?」


 いまでこそ一般的なクレープ。よくよく思えば一体いつからあるものなんだろうか。


「俺が、東京まで王と長嶋を見に行った頃、まだ可愛かったかかあが食べてたから昭和50年くらいにはあったんじゃねぇかな」


 と、年長者の辰さんがいう。昭和50年をスマホで調べると1975年と表示された。つまりは、40年も前にはクレープがあったことになる。


「あのお好み焼きが変わってるのは形もそうだけど、一番はあの味の濃い"くにゅくにゅ"する食感の材料だよ。みんなおばちゃんにこれはなんだって聞いてたけど、企業秘密だって教えてくれなかったからな。」


 大内さんが「そうそう、それですよね、あれがわからないとなんとも」っとため息をつく。そこに間髪入れず


「それの正体ならわかりますよ。あれはすき焼き風に甘辛く煮込んだ『こんにゃく』でしてね」


 大将がそう答えると、カウンターにいる男三人が顔を見合わせ、膝を打って「なるほど」と納得したような表情を浮かべている。


「へぇ〜、こんにゃくがお好み焼きの材料って珍しいですね」


 お好み焼きの材料としてパッと浮かぶのは、キャベツ、ネギ、天かす、豚肉、桜海老、イカ、卵、あと焼きそばかな?変化球としてチーズとか砕いたスナック菓子とか


「料理人の修行始めたばかりの頃、こんにゃく煮付けて親父さんに食べてもらったら「よくわかったな兄ちゃん」って褒めてくれたのを覚えてるよ。お好み焼きに入っていた具材は親父さんの頃と変わらないっておばちゃんは言ってたから間違いないだろう」


「そんなにあのお好み焼きのこと詳しいなら、大将だったら作れるんじゃねぇのか?」


 と、徳利を一本空け、おかわりの合図を私に送りながら辰さんが言う。


「具材だけならわかるんです。ただ、あのおばちゃんの味は親父さんのものに『なにかが』加わっているので、それがわからないことには」


 う〜〜〜〜ん。と、みんなが腕を組んで悩む。それを知って禾知らずか、振り子時計が丁度いいタイミングで8時の刻を告げる。


「あ、もうこんな時間でしたか。申し訳ない、このあたりで私は失礼いたします」


 そう言って大内さんはお会計をしてお店をあとにする。私は大内さんを見送り、カウンターに置かれた食器などの片付けを始めた。


「祭りまであと1ヶ月だろう?梅ちゃん、なんとかなるんかい?」


私が作ったロールキャベツをつまみに、二本目の冷酒をちびちびやっている辰さんが言う。


「絶対にやらなければいけない。というものではないですからね。町内会長が独自にとったアンケートで復活を切望する話が多くきたので、どうしようか。って話ですし。」


「なんだ。そうなのかい。てっきり食えるのかと思ったんだけどな」と、少し残念そうなトーンである。


—— みんなに愛されていたおばちゃんが作るお好み焼き ——



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