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 終電の時間が近づき、お客さん達はお店を出ると足早に駅の方へとかけていく。その姿を見送った私は入り口にかかっている暖簾を取り外した。


 本日の営業は此れにて終了。


 お店のカウンターには男性が一人だけ腰掛けている。


 右手に持ったグラスを一定のリズムでクルクルと回していたかとおもうと、その動きを止め、グラスを口元へと運ぶと一気に飲み干した。


「なるほどね。そういう事情が山之上にはあったってことか」


 グラスの中へ新たな氷を継ぎ足す。氷がグラスに当たると、『カラカラッ』と小気味良い音を立てる。常温の焼酎が注ぎ込まれると、その急激な温度差によって氷は『ピキンッピキンッ』と亀裂を走らせ音を鳴らす。


 グラスを右手に取るとゆっくりと回す。濃度の濃い焼酎と溶けた氷がグラスの中で対流し混ざり合う。そうしてアルコール濃度が少し薄まった焼酎を一口ふくみ舌の上で堪能すると、喉の奥へと流し込んでいく。


 愛佳ちゃんのお父さんは、特別なことがない限りは焼酎のロックとししゃもを注文する。それは、今日も例外ではなかった。


「あのバカ娘も、今まで積もり積もったものが吐き出せたおかげなのか、山之上へに対する態度が変わったよ。あの日は悪かったな大将。めんどくさいこと頼んで」


 そういうと、愛佳ちゃんのお父さんは大将に焼酎のボトルを差し出した。それに応えるかのように、大将が氷の入ったグラスを出すと、そこへ、とくとくとく…と注いでいく。


『チンッ』という、グラスとグラスが当たる音がしたかと思うと、二人は一気にそれを飲み干した。


「まさか親の口から『娘を酔いつぶれるくらい飲ませてくれ』って言われるとは思っても見ませんでしたよ。当人のアルコールの弱さはしってますからね、体に差し障りがないくらいで潰れてくれてなによりです」


 旧友の二人は先日のことを楽しく談笑しているが、実はあの日の夜、私は笑っていられるような状況ではなかった。


 仕事終わりにそのまま飲み、酔いつぶれた愛佳ちゃん。


 目が覚め、事の次第を話し終えると、少し酔いも覚めていた彼女は、「体がべたつくからシャワーを浴びたい」といった。


 快くお風呂場を貸してあげると、何を思ったのか「一緒に入ろう」と言い出した。どうしようかとすごく迷ったが、彼女の酔いも完全に覚めているわけではないので、なにかあるといけないし、私も汗を流したかったということもあり一緒に入ることにした。


 今思えばその時に、純一さんに絡んでいた事を思い出すべきだったのだ。


 愛佳ちゃんは、酔うと他人に絡む癖があるということを。


 二人入るには狭い浴室内で私がシャワーを浴びていると、すぐ横にピッタリとくっついてきた彼女は、


「とみちゃんって、いつ見ても綺麗な髪してるよね。羨ましいなぁ〜」


 そういうと、私の髪の一部を手で摘まみ、中程の長さのところから髪の毛の先端に向かって指先でスゥ〜っと撫でていく。何度か同じことを繰り返した後、その指先は耳の裏側へと移動した。その指は、まるでシャワーから滴る水と融合したかのような滑らかさで首筋を撫でると、鎖骨の縁へと移動し、私の中心部へと進み…


 愛佳ちゃんが満足するまでこの絶妙なる指技が終わることはなく、彼女が浴室から出ていったときには、全身を紅潮させお風呂場の床に私は力なく座り込んでいた。


 汗を流し、私というおもちゃで遊び、アルコールもほぼ抜け、残っているのは、仕事の後に飲んで騒いで溜まった疲労からくる睡魔だけの彼女は、その魔物にあっさりと撃ち負けお布団の中で幸せそうに寝てしまった。


 しかし、『先程のようなことを不意打ちにやってくるかもしれない』という破廉恥極まりない羞恥心と恐怖心に苛まれた私は、寝るに寝られない可哀想な子羊となってしまっていたのだ。


「たしかに、山之上の爺さんのシュウマイは美味かった。それは断言する。俺が小さい頃、遊びに行くとよく作ってくれたもんさ。確か、中国に出向していたときに覚えたとか言ってたかな」


「なにか、作り方のヒントになるようなことは言ってなかったか?」


「いや、これと言っては。ただ、『化学調味料』的なものを嫌う人だったから、おそらくそういったものは入っていないと思う。ほら、最近よく見るだろ?中華料理の素みたいなやつ」


 たしかに、コマーシャルなどでよく見る。


「にんにくとかニラのような刺激のある味もしなかった。おそらく究極的にシンプルなシュウマイなんだとおもう」


「そうなると、実際の作り方がわかったとしても再現は難しいかもしれんな。ひとつひとつの工程が完成品になると効いてくるかもしれん」


 二人が私の方をジッと見てくる。


「何、照れてるんだ。顔が真っ赤だぞ」


「え!?うそ!?あ、え、そ、その、これは、そういうことではなくて、え〜っと」


 昨晩の事を思い出してしまった後に突然話を振るものだから、弁解をしたくても弁解のしようがない。


「なにはともあれだ。山之上を一人前にして返してやらないと、うちの爺さんにも、山之上の爺さんにもあの世に行った時に顔見世ができない。うちの爺さんと同じ釜の飯を食い合った旧友だからあの世で二人仲良くしてるだろうしな。なにか足りないものがあったら言ってくれ、探して持ってきてやるからさ」


 そういうと、愛佳ちゃんのお父さんは店を出ていった。


「究極にシンプルなシュウマイ、か。果たして、私に作れるんでしょうか?」


「さぁな、なにはともあれだ。彼のお祖父さんに話を聞かないことにはスタートラインにすら立てん。頼んだぞ」


 と、肩を一つポンッと叩くと、大将は仕事着をお店の片付けに取り掛かるのであった。

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