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気持ち悪い…
目が覚めると、まず最初に思ったことがそれだった。
大将のお店に行って、喉が乾いていた事も手伝って、いつも以上の速さでビールを二本飲んで、三本目を飲んだ時『あれ?味が違う??とはおもったけど、酔っ払って頭もフワフワしてきていたので、おそらく、気のせいだろうと思いそのまま飲んでいたところに、純一さんが来て…
それ以降の記憶がまったくない。
いつの間に布団の中で眠ってしまっていたようなのだが、その間、頭の中に、なにかとてつもなく比重の重い液体を詰め込まれたような気がする。
なぜなら、ほんの少し頭を動かしただけなのに、それは重く鈍くグワングワンと揺れるからだ。
学生の頃に行ったコンパ以来の二日酔い状態。あの時もう二度とやらないと誓ったのにまたやってしまった。
後悔の念を抱きながら、重く錆びついた頭の中の歯車を動かし状況を整理していくと、幾つかの歯車が噛み合い、あることに気づく。
頭はとても重くギュウギュウと締め付けられるような感覚があるのだが、頭から下の、首元、胸元、お腹腰回り、そして足。何かしら身につけているはずの場所から、圧迫感とよばれるものを一切感じないのである。
気になって、布団の中でゴソゴソと胸元に手を伸ばしてみると、いつもはそこにあるはずのもの感触がない。
血の気の引く音を耳が聴き取った気がする。
頭の中が真っ白になり、いま自分の身になにが起きているのか確かめべく、布団から跳ね起きた。白のブラウスに付いている6つのボタンのうち、上から3つ目までのボタンが外されており、そこからは、片手では収まりきらないサイズの胸で出来た豊満な谷間が顔を覗かせている。しかしそこには、それらを包み支える為の柔らかな布地の生地で出来た、女性には欠かせないものはなかった。
「え!?なにこれ!!なんで私ノーブラなの!?」
次に圧迫感のない腰回りに手をやり、目をやると、お店に来たときには履いていたズボンではなくなっている。いまは、かなりゆったりとしたスウエットのズボンを履いているのだ。
仮に、ズボンを脱いでいるのであれば、無意識のうちに自分で脱いだのかもしれないと思うこともできるが、別のものを用意し、それに履き替えるとなると、第三者の協力がなければすることはできない、では、一体何のために履き替えさせたというのか。
第三者の存在が浮き彫りになったことで恐怖度が高まった。恐る恐るズボンの中に手を入れてみる。布団がかかっていたことと、今起きていることに対する恐怖から来る二つの汗でしっとりとしてはいるが、ショーツはちゃんと履いているようだ。
かかっている布団をはねのけ、今度は足先のほうに目をやると、当然のように履いていたはずの靴下は脱ぎ捨てられ、昨日塗ったピンク色のマニキュアの指先が見える。
「どういうことなのよ!?いったいなんなのよこれは!!」
と、大きな声をあげると、どこからからドタバタと足音と共に、
「愛佳ちゃん大丈夫!?なにかあった!?」
という声が聞こえてきた。
え?この声って、もしかして、とみちゃん?
――― 2時間前 ―――
「シュウマイって、あの、シュウマイ?」
純一さんが尋ねると、山之上君はコクリと頷いた。
「シュウマイだったら、表通りにいけばガイドブックに載るようなお店とかあるけど、それじゃだめなの?」
と、私はいった。
「え、あ、じ、実は、おじいちゃんが作ったシュウマイが食べたくて…」
「おじいちゃんの?」
「あ、はい…去年、おじいちゃん亡くなったんです。今、実家のクリーニング屋はおばあちゃん一人でやっていて、僕、それを手伝ってあげたくて、け、研修に来たんです」
なるほど、そういうわけだったのか。
「君がさっき披露したあれだけの知識と味覚があれば、自分でそのシュウマイを作れそうなもんなんだけど、お祖父さんの味は作れないのかな?」
私も純一さんと同じ意見である。彼だったらおそらく普通に作ってしまいそうな気がしてならない。
「えっと、その、おじいちゃん、そのシュウマイの作り方だけは『企業秘密だ』って言って、最後の最後まで教えてくれなかったんです。だから…自分で作りたくても、作り方がわからないし、味の分析をしたくても、もう二度と食べることができないんです…」
今まで以上に消え入りそうな声で山之上君は話した。
「それが、元気の無い理由なのかい?」
と、大将が尋ねると、山之上君は、力なくコクリと頷いた。
「研修が終わる時が、丁度おじいちゃんの一周忌なんです。こっちに来て、もう随分と時間は経つのに、仕事はスムーズにこなせないし、愛佳さんには怒られてばっかりだし…」
「でも、愛佳ちゃんは仕事はちゃんとできるって言ってたぞ?もっと自信をもっていいんじゃないのか?」
純一さんのその発言に、山之上君は今度は首を横に振る。
「あんなんじゃ駄目です。今のままじゃ、おじいちゃんどころかおばあちゃんの足元にも及びません。愛佳さんと親方の二人は、おじいちゃんと同じくらい仕事ができる方たちですから、少しでも沢山のことを二人から学びたいんです。でも、体と気持ちが空回りしちゃって…」
「なるほど、そういうことだったのか」と、腕組みをして、椅子にもたれかかる大将。
「それじゃ、どうしておじいちゃんのシュウマイが食べたくなったの?」
と、私は尋ねる。
「おじいちゃんは、料理を作るたびに『何が隠し味かわかるか?』とか『材料はなんでしょう』って料理毎にクイズを出してきたんです。最初のうちは答えられなかったけど、そのうち分かるようになってきて、おじいちゃんにちょっとずつ近づけているって思ってたんです」
「つまり、唯一答えのわからなかったクイズが『シュウマイ』ってことなんだ」
三度、山之上君はコクリと頷いた。
「仕事はもっと修行しないとおじいちゃんには追いつけないけど、あのシュウマイの味が分かったら、今よりもう少しだけおじいちゃんに近づけるような気がするんです。だから、あのシュウマイをもう一度食べて、味の謎を解き明かしたいんです。でも、おじいちゃんはもういないから二度と食べることはできない…」
薄っすらと目に涙を浮かべる山之上君。
「いや、そんなこともないかもしれないぞ」
と、大将が私の顔を見て言った。
「え?」
っと、山之上君。
「悪いがこの話、あの鯖の押し寿司を作った俺に預からせてくれないかな」
「ほ、本当ですか!?で、でも一度もおじいちゃんのシュウマイ食べたことありませんよね」
「ない。ないが、俺にはとっておきの秘策がある。だから心配するな。その代わり、君は仕事に専念して早く技術を習得する。いいな?」
山之上君の顔に生気が戻ったのがわかる。なぜなら、四度目のうなずきは、今までで一番力強いものだったからだ。
・・・・・・・・
・・・・
・・
・
「と、言うようなことがあって、山之上君はとりあえず前よりは元気を取り戻してお帰りになりましたとさ」
ぬるめに入れたウーロン茶を愛佳ちゃんと一緒に飲みながら、私は愛佳ちゃんが寝ている間の事のあらましを説明した。
「くぅぅぅ!!あいつめぇ〜〜〜、それならそうっていえばいいのに」
だいぶ酔いが覚めてきたのであろう、愛佳ちゃんの顔色も声色もだいぶ良くなってきている。
因みに、愛佳ちゃんの服装が破廉恥なことになっている原因は私のせいなのである。
大将が愛佳ちゃんを二階へと連れて行った時、首元のブラウスのボタンを一つ外し、ベルトを緩め、ズボンのボタンを外した。これは、体の締め付けを緩めることで、呼吸などを楽にしてあげるためである。
純一さんもお店を後にし、一通り片付けも終わって大将が帰ろうとした際に私に、身につけているブラジャーのホックを外して緩めて上げてほしい。と、言ったのだ。
実は、最初の段階でそこまでしてあげたかったそうなのだが、年頃の女の子の体をベタベタ触るのもあれだからということで、やらなかったらしい。
なので、ブラのホックは後ろかな?フロントかな?と、私がゴソゴソと探っていると、
「あらなに?お姉さんの体に興味があるの?だったら、一緒にイイコトしましょう♡」
と、寝ぼけ起きた愛佳ちゃんは、いきなりブラウスとブラジャーを脱ぎ始めたのである。
しかし、アルコールの力は思った以上に強大だったのか、ストリップ劇場になりそうな状況に焦る私をあざ笑うかのように、愛佳ちゃんはまたすぐに夢の中へ旅立っていった。
私と身長はそれほどかわらないのに、目の前に現れた愛佳ちゃんのそれと、自分のそれとを比べ、私は心の中で涙を流しながら、ブラウスのボタンを下から3つだけとめてあげた。よく見ると、ジーパンのように固めの生地のズボンを履いていたため、私のスウエットのズボンへ履き替えさせてあげたのである。
もちろん、靴下も足の血流を妨げる要因になるので一緒に脱がせてあげた。
その後は、お布団をかけてあげて、隣の部屋で深夜ラジオに耳を傾けていると、先程の叫び声が聞こえた為、急いでやってきた。というわけなのである。
「それじゃ、とみちゃんが手伝ってくれるの?」
「ん〜〜、大将の目はそう言ってた。でも、大将も色々と手伝ってくれると思うよ」
山之上君のおじいちゃんは去年亡くなってしまっている。だから、普通であればそこでジ・エンド、ゲームオーバーなのであるが、私にはそこからでもなんとかすることができるかもしれない。
果たして、料理の得意な山之上君のおじいちゃんが作るシュウマイを、私が再現できるのであろうか?いまからとても心配である。
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