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「♪〜♫〜♪〜♬〜♬〜」


 私は春の陽気にヤラれたのかとても上機嫌でお昼ご飯の準備をしている。土鍋に昆布と鰹節でとった出汁の中に、今日畑で取れたばかりの春キャベツと豚のバラ肉を交互に重ね合わせたものを入れ、アクをすくいながら煮込んでいく。そこに、味のアクセントとしてプチトマトを数個、食感としてヤングコーンと大根の葉茎を一緒に煮込んでいく。一言で言えば、和風出汁のポトフみたいなものである。


「大将、お昼できましたよ〜」


 奥の部屋で新聞を読んでいる大将を呼ぶ。




 返事がない。


「大将?冷めちゃいますよ?」


 と、部屋に呼びに行くと、


「えぇ、えぇ、はい。う〜ん、そう言われてもな。前も話したように全く同じものは私じゃ作れませんのでね。えぇ、そうですね。はい。いや、それはダメですよ。みなさんを裏切ることになりますから」


 誰かと電話をしているようだ。私のことに気づいた大将は、顔の前で「わるい。先に食べててくれ」と手で合図を送る。


 私はカウンターに腰掛けて、ご飯と、今作ったポトフをお皿に盛り付けて、いただきます。っと、一口ぱくっと口にする。


「ん〜〜、これだけならいいけど、おかずとしてご飯と一緒に食べるのなら、もう少し濃い味付けでもよかったかな?あ、でも粗挽き胡椒振ったらいい感じかも♪」


 などと考えながら、二口、三口と食べているところで、お店の扉が勢いよくガラガラッっと開いた。


「はぁ、はぁ、はぁ、あ、トミちゃん、おはよう。悪いねお昼ご飯のところ。大将いるかな?」


 息を切らせながら、血相をかえてお店にやってきたのは梅さんだった。


「大将なら奥で電話してますけど。どうしたんですか?そんなに慌てて」


 梅さんがこんなに取り乱している風を見せるのは珍しい。お店のTVが壊れて新しいものを取り付けてくれたあと、リモコンの説明を1時間ず〜っと大将にしているとき以来だろうか。


「実は、ちょっと厄介なことになって・・・」


 そう言いかけた時、大将が奥の部屋から顔を出した。


「おぉ、梅きてたのか。多分来るんじゃないかと思ったがな」


 多分来るんじゃないかと思った?さっきの電話と何か関係があるのだろうか。


「その感じだと大体のことはわかってるみたいだね。頼むよ大将、力を貸してくれよ」


 ん?え?どういうこと?主語がなさすぎて話の内容がわからない。


「無理なものは無理だ。あのお好み焼きは俺じゃつくれない。前も言っただろ、おばちゃんの隠し味がわからないんだって」


「そこを頼むよ。一番味がわかってるのは大将なんだからさ。この通り頼むって」


 な!?まさかの土下座!梅さんとあのお好み焼きに何があったのか…


「あのぉ、いったい何があったんですか?」


 恐る恐る梅さんに問う私。


「実は、例のお好み焼きの事を新聞記者が嗅ぎつけたみたいで『幻のお好み焼き今年復活!』みたいな見出しで、新聞の地方欄にデカデカと書きやがったんだよ。そのおかげで、町内どころか近隣地域からも町内会長や俺のところに問い合わせがしっきりなしなうえに、地元ラジオ局が取材に行きたいとかいいだすわで。このままじゃ、あのお好み焼き出さないわけにはいかない状態になっちまってるんだよ」


 これが世に言う「飛ばし記事」というやつなのだろう。誰も出すなどとは言っていないのにどこからどうやってこんなでっち上げが生み出されたのか。


「それならなおのことだ。思い出の味っていうのは、微妙な変化にも気づくんだよ。あのお好み焼きを作るためには、当時と変わらない完璧なレシピがない以上自殺行為ってもんだ」


 そう言うと、私の作った和風ポトフの出汁の味をさじで確かめる。一瞬険しい顔をしたあと、それをお皿によそい、カウンターの中で食べ始めた。


「といわれてもさ、「出すとは決まってない」って言っても「わかってるよ。当日まで内緒にしておいてびっくりさせるんだろ」とかいって、誰も信用してくれないんだよ。このままじゃ、変な方向で暴動がおきちまう」


 カウンター越しに大将に詰め寄る涙目の梅さん。


「だ〜めだ。それだったらその新聞記者に責任をとらせればいい。裏もとらないで記事を書いたそいつや、Goサインを出したその上司が悪いんだ」


「そーだ、そーだ」と心の中で私はつぶやく。私にとっては、そんな新聞記者なんかよりも、味見をしたあとの大将の表情の方がとって恐怖である。


「もちろん新聞社に問い合わせしたさ。そうしたらお決まりの「担当者が不在のため」とかいって取り合ってくれないんだよ。頼むよ、力を貸してくれよ」


再度カウンターに額をつけて土下座ポーズの梅さん。本当に切羽詰まっていると人間ここまでやれるんだと改めて実感する。


「町内会長といい、おまえさんといい、何回言えばわかるんだ。そりゃ俺だって本当は手伝ってやりたいさ。俺にとっても思い出の味なんだからな」


大将を始め、みんなの思い出の味。か


「町内会長がおばちゃんの娘さんの連絡先を調べて聞いてくれたみたいなんだけど、レシピはおそわっていないというんだ。一緒にやってたお手伝いさんももう亡くなってるし。大将にまで断られたら完全に詰みなんだよ」


これぞまさしく八方塞がり、崖っぷち。ん?むしろ崖から転げ落ちてる?


「おばちゃんも亡くなって、お手伝いさんも亡くなって。まさに幻のレシピってわけだ」


そう言うと、ポトフの出汁をご飯の入った茶碗の中に入れ、出汁茶漬けのようにして大将はお昼ごはんを平らげた。


「おばちゃん、頼むよぉ〜〜、化けて出てきてもいいから、あのお好み焼きのレシピ教えてくれよぉ〜」


梅さんが頭を抱えてカウンターで突っ伏し、ジタバタしている。


「ホントですよね。幽霊がここにきて喋ってくれればいいんですけどねぇ」


お漬物のたくあんをポリポリと食べ終え、お昼ごはんを完食する。ごちそうさまでした。


「そうだ。まぁ、良い意味で死人に口なしってわけだ。それこそ天国まで行って、が聞いてこ…」


そこまで大将が言いかけて、私も含め、全員があることに気づいた


「「「聞けばいいんじゃん!!」」」


そう!天国まで行って、おばちゃんに聞けばいいんですよ。みんなの思い出のお好み焼きのレシピを

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