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 タケノコの煮物をつまみに、ビールを一杯、二杯とやりながら、梅さんと大内さんは、日中の桜祭りの会議の延長戦をしている。


「今日は晩飯もここで食っていくから。大将旨いもん頼んだよ」


 と、ビールが1瓶空いたところで梅さんがそういうと、冷蔵庫からバットを取り出して料理の準備を始める大将。


 バットの中身は、味噌漬されたさわらの切り身。俗に言う、『鰆の西京漬け』というもので、西京味噌さいきょうみそに、酒、味醂、砂糖を適量加えたもので漬け込む。


 西京味噌は京都や関西などで作られている甘口の淡黄色の味噌のこと。大将曰く、西京漬けを作る時、絶対に味噌は西京味噌だけでなければいけないということはないらしい。


「すこし渋みを加えてやるとな、味が引き締まるんだ」


 といって、大将は八丁味噌を少し西京味噌の中にブレンドしていた。


「はい。お待ちどうさま」


 そういって、出されたものは、


 先ほど作っていたたけのこご飯に、油揚げと菜の花のお味噌汁、葉が柔らかく芯も甘い春キャベツの浅漬け、純白色のうどの酢の物、味噌の香ばしい香りする鰆の西京焼き、穂先とそれ以外の異なる食感が楽しめるアスパラガスとがんもどきの煮物


「おぉ、うまそうだな。大将、私にも同じものお願いできるかな」


 梅さんに出された料理を隣で見ていた大内さんがそう言うと、


「そう思って、一緒に作ってありますよ」


 言うが早いか、大内さんの前にも同じものが提供される。


「さすが大将だ。ありがと・・・ん?それじゃ、私が言わなかったらこれはどうなるはずだったんだ?捨てるなんてことはないだろう?」


 大将は、手を洗いながら答える。


「捨てるなんてそんなもったいない。残ったら、今日私の代わりに祭りの会議へ行ってくれたトミにお駄賃代わりとして食べさせるつもりでしたから」


 なんと!?もし大内さんが食べなかったら私に回ってくるはずだった晩御飯!!


「あぁ〜それじゃトミちゃんには悪いことしちゃったかな。せっかくの大将の味を盗む機会だったのに」


 心の中で「うんうん」とうなづく。時々、大将が賄い飯をつくってくれるときもあるけど、一汁三菜形式で食べることは本当に少ない。


「いえいえ、気にしないでください。お客様最優先ですし、始末料理とはいえ、同じ味のものは時々食べさせてますから。」


 —— 始末料理 ——


 少し前の朝ドラでもキーワードになっていた言葉。よくドケチと勘違いされるのだが本質は違う。食材を無駄なく使うことで、その食材に感謝し、その向こう側にいる漁師さんや農家さんに感謝する気持ちの表れが始末料理となる。


 大根と人参の皮で作ったキンピラとか、出汁に使った昆布を佃煮とかふりかけにしたり、梅干しの種を割って、中にある天神様のみじん切りのお茶漬けとか、それはそれは色々と教えて貰った。


「そういえば、町内会長。なんか相談事があったんじゃないのかい?」


 梅さんがアスパラガスを頬張りながら尋ねる。


「そうだ、忘れるところだった。祭りの出店の件で、町内の人たちにアンケートをとったんだけどね」


「おぉ~、そういえば回覧板で回ってきてたな。なんか面白いものでも書いてあったかい?」


 私も回覧板を見ていたので内容を覚えている。たしか、桜祭りで出店してほしいものがあったらメールかFAXで教えてくれ。というものだった。


「それなんだけどね。5年くらい前まで大桜の下で毎年出店してたおばちゃんのこと覚えてるかい?」


「覚えてるよ。毎年あそこだけ長蛇の列ができるから常時誘導員置いてたんだからさ。」


 私はこの町に3年目なのでその屋台のことは知らないのだが、お祭りの屋台で長蛇の列ってなかなかすごいことである。


「そうそう、そこそこ。体悪くして出店しなくなってから、3年くらい経ったくらいか、おばちゃんが亡くなったのは」


「もうそんなに経つのか。お通夜にいったけどさ、この辺りで、あのおばちゃんのこと好きだった人がいっぱいいたんだろうなってくらい参列者いたの覚えてるよ」


 へぇー、そんなすごいおばちゃんがこの近くにいたなんて初めて知った。


「それでな。アンケートで、あのおばちゃんの店を復活させて欲しい。って要望がわんさかきたってわけ」


「ほう。で、あてはあるのかい?」


 グラスに残ったビールを大内さんが、ぐぃっと飲み干すと


「これがないんだよ・・・誰かあの味を引き継いでるか、はたまた知ってる人いないかとおもってねぇ。梅さん商売上顔が広いだろ?なんとか力を貸してほしいなと思って」


 板場を綺麗にし終えた大将も話に参戦する。


「あのおばちゃんの味か、確かにもう一回食べたいですな。私が学生の頃には、あの場所で毎日店開いてたから、学校帰りによく買い食いした思い出の味の一つなんですよ。この仕事始めたころに、あの味を作りたくてあれこれ試してみたんだが、どうもいまいちしっくりこなくてね」


「へぇ~そんなに美味しいんですか。その出店」


 大将が食べたい味っていうことは相当のものだし、まして、再現がうまくいかないとなると、よっぽど美味しいんだろうな。


「そうか、トミちゃんはあのおばちゃんの味を知らないんだったな。その、格別美味しいってわけじゃないんだが、なんだろうな、田舎っぽいというのかな、とにかく1年に一回あれを食べないと春が来たって気がしないんだよな」


 梅さんが腕組みをしながらそう答えた。格別美味しいわけではなく田舎っぽい味。ん~なんだろうどて煮とかなんだろうか。


「そうそう、あの出店がなくなってから、なんかぽっかり大きな穴が開いた気がするんだよな」


 大の大人が三人も揃いにそろって食べたいという出店。ちょっと興味がわいてきた。


「それで、そのおばちゃんの出店って、なに屋さんなんです?」


 それを聞くと、三人が三人声をそろえてこういった。


「「「お好み焼き屋」」」


 と。

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