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 閉店時間も近づき、私は例のシュウマイの試作を兼ね、遅めのまかない飯作り(爆睡から目が覚めた時には営業時間で、食べている余裕などなかった。ともいうが)に取り掛かっていた。


 足りないものの買い出に行き、山之上君のおじいさんが握らせてくれたメモを元に食材を準備する。


 具材:豚ひき肉、長ネギ、ホタテの貝柱の缶詰、シュウマイの皮


 調理場に並べられた、本当に、どこのスーパーにでもあるようなもの達。


「きっと、味の決め手となるような特別な調味料があるんだ!」と、期待に胸膨らませ、メモを読み進めてみたものの、


 調味料:塩、酒、おろし生姜


 塩の大親友の胡椒さんですら、山之上君のおじいさんのシュウマイのレシピからはレギュラー落ちしている。


 補足事項として、粘りが足りなければ片栗を少し、好みで醤油適量とあるが、好みの問題なので基本醤油すらも使わないのであろう。


「だったら、作り方に何か秘密があるんだ!」と、気持ちを新たに切り替え、さらにさらにメモを読み進めてみたのだが、


 作り方:材料をみじん切りにし、各種材料を入れ(缶詰の汁も)混ぜ合わせ、皮に包んで、10〜15分程度蒸す。


 極限までにシンプルな文字が羅列された文章を目の前にし、軽く放心している私の手からそのメモを抜き取ると、しげしげと眺めた大将も、


「ほぉ、こいつはたまげたな」


 と、一言だけいって自身の作業へと戻っていった。


 何はともあれ、作ってみないことには始まらないということで、長ネギとホタテの貝柱をみじん切りにし、豚肉の挽肉とそれらを軽く混ぜ合わせ、塩を加えた後、ハンバーグを作る癖で、うっかりと胡椒を入れてしまいそうになったがすんでのところで踏みとどまり、酒とおろし生姜を加えて混ぜ合わせる。


 程よい粘り気が出てきたので、それをシュウマイの皮で包んでいく。包み終わったシュウマイを今度は朦々と蒸気立つ蒸籠せいろに入れ、蓋をして蒸し上げていく。


 キッチンタイマーにおおよその目安時間をセットすると、私は店の暖簾を降ろし、カウンター周りに忘れ物はないかなどの確認を行った後、箒で床の掃き掃除をしていく。


「とみちゃん、そろそろ蒸しあがるんじゃない?」


 カウンターでぐったりと項垂れている辰さんが言う。


 今日は釣り場の遠征帰りで、いつもよりもかなり遅い時間にやってきた。


 いつもなら、ちょっとしたつまみとお酒で晩酌をするくらいなのだが、今日は、別のお店で軽く一杯やってきたとのこと。


 奥さんも旅行に行っており「家に帰っても晩御飯がないから来た」ということだったのだが、そういう日に限っておかず系のものはすべて品切れ。


「もう少しあとになりますが、とみの作るものでもよろしければ」


 と、大将が、私がシュウマイの試し作りをすることを辰さんに話すと、


「シュウマイなんて、何年も食べてないな。よし、それにしよう」


 と、定食屋の日替わりメニューを選ぶかのような軽いノリで決め、お腹をぐぅ〜ぐぅ〜とさせ、今か今かと待っているのであった。


 ピピピピピピピピッ…


 キッチンタイマーが蒸しあがり目安時間を告げるアラーム音が鳴る。私は手を洗いタオルで拭き取ると、蒸籠の蓋を開けた。


 おそらくメガネをかけていたら一瞬にして視界を失うであろうほどの蒸気が立ち上り、その白煙の向こう側に、その身を包む皮を半透明へと変化させたシュウマイ達が姿を表した。


 霧雨きりさめの中を歩いたかのように、全身をしっとりと濡らしたシュウマイ達が乗った皿を蒸し器から取り出すと、私は二人が腰掛ける席の前へと置いた。


「美味そうだな。ん?このシュウマイ、グリンピース乗ってないのか」


 辰さんにそう言われ、私はハッとした。


 そうか、具材をシュウマイの皮に包んで、それを蒸籠に入れている間にも『何かが足りない何かが物足りない』とずっと思っていたのだが、なるほど、あのモヤモヤしていたのは翡翠色をした球体のグリンピースのことだったのだ。


「グリンピースが嫌いな人は結構いますからね」


 そういうと大将は両の手を合わせると、箸を持ち、シュウマイへと手を伸ばした。


「そういうもんかね。まぁ、あったからといって、めちゃくちゃ美味いもんというわけでもないが、ないとオレは寂しいかなっと」


 辰さんもシュウマイへと手を伸ばす。


 二人が口の中へとシュウマイを運んだのを確認すると、私もそれに手を伸ばす。


「ん〜、肉々食感だなこのシュウマイ」


「そうですね。具材が豚肉と貝柱で、味付けも塩味だけですから、かなりあっさりとしていますね」


「小籠包みたいに肉汁が中からどば〜っとほとばしる。とか、割ると中から別の具材が。とか、そういうこともなく、本当にシンプルなシュウマイですから」


 山之上君のおじいさんのメモ通りに作ったシュウマイは確かに美味しい。ただずば抜けて美味しいとか、今まであまり味わったことのない味がするとかそういうことはない。今までの思い出の味の多くはどこか一つ二つは同類のものとは一線を画すポイントがあった。本当にこれでいいのだろうか?何か引っかかる…


「それにしてもこのシュウマイ。口の中でしっかりと肉っぽい噛みごたえがあるんだよな。シュウマイっていうと、もっとしっとりとしているものだと思ってたんだが」


 辰さんが二個目のシュウマイを食べ終わったところで、お皿の中を覗き込んだ私は答えた。


「あ、多分、辰さんが今食べたやつは、粗挽き肉のものだとおもいます」


「粗挽き?」


「買い出しにスーパーにいったら、粗挽きとそうでない物の二種類があったんです。どっちを使えという指示がなかったので、とりあえず両方買って、一緒に作ってみたんです。真ん中がくぼんでないのが普通で、くぼんでるのが粗挽きです」


 同数作って並べた皿の上からは、くぼんでいる方がより減っている。


「どれどれ?」と、くぼんでいない方を辰さんは口へと運びこむと、「あぁ〜肉団子っぽいわ。こっちのほうがよくいうシュウマイっぽい気がする」とコメントをする。


「しかし、ここまでシンプルな材料と作り方だと、そういったところも関係してくるのかもしれんな」


 腕組をし、眉間にシワを寄せながら、椅子にもたれかかると、


「あのメモに書かれたこと以外には、何も聞いてないのか?」


 と、大将はいった。


「ヒントだって言われたことはあります。『このシュウマイを山之上君が好んで食べていたときは中学生で、愛佳ちゃんが食べていたときは幼稚園くらい』という、ヒントなのかヒントじゃないのかよくわからないアドバイスを」


 山之上君のおじいさんに言われたことをそっくりそのまま告げると、


「なんだそれ?トンチか?」


 と、辰さんがツッコミを入れる。面と向かって言われた私もそう思う。


「中学生と幼稚園…」


 真面目な顔をし、唯一この難解な問題に挑んでいるのは大将だけだった。


「ん?とみちゃん、そのちっちゃいのはなんだい?」


 そういうと辰さんは、私の前にあるお皿の中の他とは明らかにサイズの違うシュウマイを指した。


「あ、これですか?包む皮の枚数が思ってる以上に多かったので、最後のほうがこんなんになっちゃいました♪」


 そういって、鈴カステラくらいの大きさのシュウマイを私は箸でつまむと、パクっと口の中へといれた。


「ん〜ちっちゃいのは食べやすくて美味しい♪」


 カランカランカランカランッ…


 私と辰さんはその音のする方へと視線を向けると、大将が固まっている。


 手元には一本だけ箸があり、もう片方の箸はカウンターの上に転がり落ちていた。


「大将?どうしました?箸、落ちましたけど」


 という私の言葉に対し


「そうか、そういうことか」


 と、全くピントの合っていない返事をし席を立った大将は、奥の部屋へと消えていくとどこかに電話をかけはじめ、しばらくすると戻ってきて


「謎はすべてとけた」


 と、どこかで聞いたようなセリフをぼそりと大将は呟くのでした。

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