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気まずい…生涯でこれほどまでに気まずい晩御飯はあっただろうか…
カウンターの中にいるのは私、カウンターに着席しているのは大将と純一さん、そして一言も発することなくただじ〜っとしている山之上君。
どうしてこうなってしまったかは、今となってはよくわからないのだが、このメンバーで晩御飯(正確には、私が作ったまかない飯)を食べることとなった。
ちなみに今日のメニューは、
鯖の味噌煮
新じゃがとインゲンの煮物
あさりのすまし汁
あとは、ご飯と茄子の漬物である。
どう気まずいのかというと、まず一つは、晩御飯を食べに来たはずが、酩酊した愛佳ちゃんに絡またことで今の今までお酒とおつまみくらいしか口に出来ず、腹ペコ状態にあった純一さん。料理を並べるとそれらをあっというまに完食してしまい、早々にスマートフォンで暇つぶしモードに移行。私にとって唯一の味方でもあり、喋り相手でもある人が早くもいなくなってしまった。
次に、すまし汁を一啜りすると「ん!?」っと一言発し、椀の中を険しい表情で見つめ、それからは無言で箸をすすめる大将。
あぁ、今日はいったいどんな苦言を頂いてしまうのだろうか…
しかし、このメンバーの中で一番気まずい存在は山之上君。全く表情を変えることなく、ただ、黙々と淡々と料理を食べ続けていく。さながら、プログラミングされたロボットが命令されたとおりに事を運ぶかのような動作である。
自分の分の料理を7割ほど食べ終わったところで、
「えぇ〜っと、お味のほうはどうでしたでしょうか?」
この重苦しい空気を打破するに自分から行くしかない!!そう思った私は、意を決して三人に問いかけた。
「うん。美味しかったよ」
まずは最初に純一さんがそういった。しかし、純一さんの性格から考えると、これは完全な予定調和なのである。いうなれば、オッズ1,1倍の馬が、一切のアクシデントも起きず、予想を裏切るような波乱すらも起きることなく、スタートからゴールまでそのままぶっちぎりの1位で駆け抜けていったようなもの。
次は…
「とみ、出汁、なにつかった」
先程すまし汁を口にした時に見せたのと同じ表情で、大将が私の目を見てくる。
「あ、えっと、いつもと同じように昆布と鰹節です…」
「自分で味見して、どうおもった」
「その…磯の香りがちょっと強いなって。ただ、あさりもかなり多めに入れたので、それが原因なのかなって」
いつものように、昆布と鰹節で黄金色に輝く出汁を取ったまではよかった。しかし、そこにあさりを加え、再度味を確認すると、どういうわけなのか、味がバラバラになってしまい一つにまとまらなかった。
「あさりのすまし汁を作るときは、あさりから充分に出汁が出ますので、他の出汁は使わないほうが良いと思います。もし使うのであれば、魚介に魚介をぶつけると喧嘩しやすいので、昆布だけにしたほうがいいでしょう」
え?
「鯖の味噌煮は…そうですね、生姜をもう少し効かせるといいかもしれません。あとは『梅干し』を1つ2つ入れる事をおすすめします。臭み取りの効果もありますが、鯖の身が煮崩れしにくくなります。先程、鍋からお皿に移す際に苦労されているようでしたので」
な、なるほど
「煮物は、とても美味しかったです。水分量の多い春の新じゃがにも関わらず、煮崩れすることなく炊き上げっていました、おそらく、煮る前に軽く素揚げにされたのでしょうか?久しぶりにお店で美味しい煮物を頂きました。」
あ、こちらこそ、ど、どうもありがとうございます。
脳の思考回路が停止すると同時に、この空間の時間も停止してしまったかのような、得も言われぬ沈黙が店内を包み込む。
大将の方を見ると、目を閉じ、腕を組み、椅子の背もたれにもたれかかりながら、「そういうことだ」と頷いている。
次に、純一さんを見ると目が合った。お互いに「今の聞いた?」とアイコンタクトで会話をする。
そう、いまの苦言と賞賛は大将が言ったのではない。
「へぇ〜山之上君、料理について詳しいんだねぇ」
純一さんが、そう話しかけると、「しまった!!」と、いうような表情をし、再び俯いて塞ぎ込んでいってしまった。
「あさりのことは、誰からか教えてもらったのかい?それとも、自分で料理して気づいたのかな?」
大将が山之上君に尋ねる。
「え、あ、そ、その…おじいちゃんから教わりました」
「ほぅ、ということは、おじいちゃんは料理が好きなのかな?」
「あ、は、はい…毎週日曜日は、家族みんなのために晩御飯をおじいちゃんが作ってくれて」
今にも消えて無くなりそうな声で大将の質問に答えていく山之上君。
先程の発言をした時の声とは雲泥の差である。とてもじゃないが、同じ人物の口から発せられたものだとは思えない。
「一つ聞いていいかな?」
と、大将が山之上くんに問う。「ど、どうぞ」と声を上ずらせ山之上君は答えた。
「君が、ここ数ヶ月の間元気がないのはなぜだろうか」
「うえぇぇぇぇ!?ちょ、直球すぎるでしょ大将!!」と、思わず口からそう言ってしまいそうになったが、両の手で口を塞ぎ、ぐっと我慢した。
「あ、え、そ、そんなこと…ないですよ」
「本当にそうかい?今、上で寝てる愛佳なんだが、君の事を心配しすぎて、酔いつぶれるまで飲んだんだがなぁ」
大将の猛攻に私も援護射撃をいれる。
「そうだよ。この前、君がお店に来た時に渡した鯖の押寿司も、君に元気になってもらうために愛佳ちゃんが頼んだものなんだよ?」
「あ、うぅぅぅ・・・」といった、言葉にならない声を発する山之上君。
「別に君を責めているわけじゃないんだ。どうして元気が無いのかがわからないからみんな困っている。さっき駄目小娘の料理の指摘をしてくれた時の姿が本当の君なんじゃないのかい?」
大将…味方事攻撃しないでください…
どうせ私は駄目小娘ですよ。いいんだ、今日も枕を濡らしてやるんだ。
「何か理由があるなら吐いちゃったほうが楽だよ。僕達で解決できることだったら力に乗ってあげるからさ」
そういって、純一さんが山之上君の背中を、ポンポンッと叩く。
大将を見て、純一さんを見て、最後に私のことをチラッと見た山之上君は。息をゆっくりと吸い込み静かに吐くと、
「あ、あの、さ、鯖の押寿司を作ってくれた人だから言いますね」
「うん」と、大将が頷く。
「実は…シュウマイが食べたいんです」
再びお店の中の時間と、私の脳の思考能力が停止してしまった。
えっと、シュウマイって、あの、シュウマイのこと????
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