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「事前に聞かされていた内容から色々と想像していたのですが、思ってたものとだいぶ違うのですね。」
今まさに、口寄せの儀を執り行っている二階の天井を見上げて、孝之さんは言った。
「いつもだと「とお〜りゃんせ、と〜りゃんせぇ」って歌いながら、なにかやってるんだけれども、今日は、とみちゃんが歌ってる歌も違うし、一緒になって結衣ちゃんも歌ってるから、なんだか、お遊戯会でもやってるんじゃないかって気分になるな。」
と、腕組みをして、辰さんは天井を見上げた。
「私の叔母さん。トミにとっちゃ、婆さんに当たる人だが、その人は、儀式ごとに歌ってる歌は毎回違ってましたね。それとなくトミに理由を聞いたら、特にこれじゃなきゃいけないという決まりはなくて、自分の中でしっくり来るものならなんでもいいそうですよ。」
そういう大将の手元には、今日水揚げされた鮮度抜群の脂の載った秋刀魚達。それを、手際よく次から次へと内臓処理をし、夜の仕込みをしていく。
「なかなか良い秋刀魚じゃねぇか。どうすんだいそれ。」
椅子から立ち上がり、大将の手元を食い入るように覗き込むと辰さんは尋ねた。
「和歌山県に「さいらの鉄砲寿司」と呼ばれる、秋刀魚を1匹使った郷土料理があるのですが、今日は、それを作ろうかと思いまして。」
「秋刀魚一匹使った寿司!そんなの食べたことねぇや。たー坊。どうせ、今晩も泊まってくんだろ?一緒に食べにまたこねぇか?」
「いいですね。僕も食べたことがないですし、以前頂いたお料理が美味しかったので、是非、他のものも頂きたいですね。」
孝之さんの返事を聞くと、辰さんは両手を「パンッ」と一叩きして、
「よし、決まった。大将。二人予約で頼むな。じゃなかった、結衣ちゃんもいるから3人だ。あと、冷酒。変わったのがあったらそれも頼むよ。」
ひとしきり下処理を終え、トレーの上に並べられた秋刀魚達に、軽く塩を振ると、大将は冷蔵庫の中へそれをしまうと、
「お席の方は問題ないのですが、お酒の方に関しましては、トミに……と言いますか、奥様にお聞きください。禁酒が解けるまでは、私共からはちょっと……」
辰さんは、「参ったな……」という表情を浮かべ、頭をポリポリと掻き、
「そこは大将の権限で、なんとかとみちゃんに言ってやってくれよ。客を喜ばすのが、料理人ってもんだろ?」
丁寧に手を洗い、着けていた前掛けを外し、
「お客様の健康に留意するのも、また、料理人の役目でもあります。体調を崩され、先週までのようにお店にいらっしゃらなくなりますと、それはそれで私共も心配しますので。」
と、大将は言った。
「ちぇ。大将にそう言われちまったら仕方がねぇわな。それに、また体悪くして、病院で缶詰にされちゃ、逆に体調悪くなっちまうしな。」
などと話をしていると、二階の方から、『トン、トン、トン、トン』と、誰かが階段を降りてくる音が聞こえてくる。
「おとうさん ただ〜いまぁ〜♪」
と、結衣ちゃんが姿を表した。
「おや?結衣。どうしたんだい?お姉ちゃんのところにいなくていいのかい?」
「おねえちゃん がね。 おねえちゃん ねんね したら、おとうさん の ところ に いっていいよ っていったから、ゆい かえってきたの。」
階段の下に脱ぎ揃えられた自分の靴を見つけ、その小さい足を何とか入れようと悪戦苦闘している結衣ちゃんを見て、大将と辰さんの二人は顔を見合わせると「どうやら無事に見つけたようだな。」というような、安堵の表情を浮かべた。
「そうか。お姉ちゃん、ねんねしちゃっても、大丈夫だって?」
「うん。おねえちゃん、おパンツ まるみえ で ねちゃったから ゆい、おふとん かけてあげよう と おもったんだけど おふとん なかったの。」
情けないことか男三人、揃いも揃ってピクリと反応する。
「大将、ちょっと、おれ、とみちゃんに布団をかけに……」
と、言って、席を立とうとする辰さんに向かって、
「後日、どこからか伝え漏れても知りませんよ……事故とは言え、私も似たような事がありましたが、しばらくまともに口を聞いてくれませんでしたので、それでもよければ……」
「そ、それマズイな……それに、かかあの耳にでも入った日にゃ、命すら危ないからな……風邪をひかないように祈るしかねぇわな。」
と、浮かせていた腰を、再び席へと降ろすと、
「あのね おねえちゃん の おパンツ『まっくろくろすけ』だったよ♪」
と、一片の悪意すらない無邪気な言葉は、男共の不純なところを汚染し続けていくのであった。
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