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すっかり食欲が戻ったようで、辰さんはデザートに出した梨のゼリー寄せをペロリと3つも完食し、ご満悦な表情を浮かべている。かくいう私は、三人で食べた雑炊のを後片付けをし、大将は、夜の仕込みの続きに取り掛かっている。
ガラガラッ
店の扉が開く音がした。皆一様に入り口の方へと目を向けると、そこには、30代くらいの一人の男性が立っていた。
「ごめんなさい。まだ営業時間じゃなくて。」
と、私が、その男性に向かって言うと、
「あ、すいません。お客ではなくて、スタンプラリーのスタンプが欲しくて来たのですが。」
そう答えた男性の足元の方で、なにやら動くモノを発見した私は、よく目を凝らして見てみると、お店の中の様子を伺うかのように、少しだけ顔を覗かせた、3歳位の女の子がいることに気づいた。
「あ!ごめんなさい!すぐにジュース作りますから、ちょっと待っててください。」
そう言うと、慌てて冷蔵庫から氷と冷やした水、事前に下処理をした梨が入ったタッパーを取り出すと、ミキサーにかける準備をする。
どうしてこんな勘違いをしてしまったのか?について、少し言い訳すると、実は、スタンプラリーは中学生までの子供達しか参加できないのだ。だから、成人男性がお店にやってくるということは、イコールお客様なのだと、すっかり思い込んでしまったのである。
「ん?おまえさん、どっかで見たことある顔だな。」
入り口から見ると、L字のカウンターテーブル構造になっているお店の手前奥。つまり、Lの短い横線の位置に腰掛けたその男性の顔をしげしげと眺めながら辰さんは言った。あまりにも目を細め、睨みつけるような表情をするものだから、娘さんは恐怖を感じたのか、お父さんである男性の腕をギュッと握り、すっかりその影に隠れてしまっている。
「辰おじさん、お久しぶりです。小さい頃遊んでもらった、
男性のその言葉に、しばしの沈黙が訪れた。おそらく、今、辰さんの頭の中では、ありとあらゆる記憶の引き出しをすべて開ける担当と、そこから出てきた記憶の歯車やら、なにやらを組み合わせる担当が大忙しになっているのだろう。しばらくすると、それらが、一つの答えを導き出したようで、「パァーン」っと手のひらを一叩きすると、
「そうか!たー坊か!」
と、言った。
「はい。そうです。」と、辰さんにたー坊と呼ばれた男性は、嬉しそうに笑みを浮かべ答えた。
「辰さん。この方、お知り合いなんですか?」
先程の失礼な対応のお詫びとして、娘さんと、辰さんがたー坊と呼ぶ男性二人分の梨ジュースをカウンターの上に置くと、私は尋ねた。
「もう、どれくらいになるんだ?軽く20年くらい前にはなるのかな?たー坊のオヤジさんは、俺が会社勤めしてたときの後輩だったんだよ。家が近かったってこともあってな、家族ぐるみで飯食ったりとか、キャンプしたりとかそういう仲だったんだな。」
「あのときは、辰おじさんから、親にナイショでお小遣いを貰ったりとか、釣りの仕方を教えてもらったりとか、色々と可愛がっていただきました。」
と、孝之さんが話すと、「あったあった。そんなこともあったわ。」と、さらに記憶の扉が開いたようで、何度も頷きながら辰さんは答える。
「おばさんに挨拶をしに行ったら、「おそらく、ここに居るだろう」と教えていただきまして。それで、久しぶりに来た商店街ですから、娘と一緒にスタンプラリーをしながら、あちこち見て回ろうかなと思いまして。」
「あのやろう、俺がどこ行くかお見通しってわけか……」
先程までの表情から一変、まるで、苦虫を噛み潰したような顔で頭を掻く辰さん。
お父さんからジュースを受け取り、その小さな手でプラスチックコップを持ち、ゴクゴクと飲む娘さんが「パパ。これ、おいしいよぉ〜♪」と大きな声で言った。その言葉を聞いて、私は思わずニンマリとしてしまったのだが、どうやらそれを孝之さんは見逃さなかったようで、「お姉ちゃんに「ありがとう」って言って来てあげてね。きっと喜ぶよ。」と、私の耳にもはっきり聞こえるように言うと、娘さんを椅子から下ろした。
「しかし、お前さん確か、県外に引っ越ししていたよな。どうしてまた、帰ってきたんだ?」
と、辰さんが尋ねると、
「実は、来週姉さんの二十三回忌があるんです。それで、お寺さんとその打ち合わせをするために、今日は。」
と、孝之さんは答えた。
私のもとに「ありがとぉ〜♪」と言って、くりくりのお目々をした、可愛いお人形さんのような女の子がペコリとお辞儀をする。「どういたしまして♪」と、返してあげると、お父さんの元へと駆け足で戻っていった。それとほぼ同じタイミングだろうか『ピコンッ』と、スマートフォンが鳴った。その通知内容を確認しながら、昔話を語り始めた二人の会話に、私は聞き耳を立てる。
「早いな。もう、そんなになるのか……そうだよな。俺はこんな爺になるし、たー坊には子供もいるし。そうだよな。」
「当時、僕はまだ10歳で、姉の死をうまく受け入れていなかったことだけは覚えています。でも、こうして弔ってあげることが、姉への罪滅ぼしなんじゃないか。と、思いまして。」
店内に少し重苦しい空気が立ち込める。人の死という話は、どれだけ月日が流れようとも、中々受け入れられるものではない。ましてそれが、肉親であったらなおさらのことである。「最後、あの人はどう思っていたのだろうか。」「あの人に、もう一度思いを伝えたい。」親しい間柄であればあるほど、そのような願望を持つ者は多い。だから、私達イタコと呼ばれる術者が生まれ、現代まで廃れることなく続いているのである。
「すいません。湿っぽい感じになってしまって。長居するのもあれですから、このあたりで、そろそろ失礼します。」
「こっちこそ引き止めて悪かったな。ちなみに、このあとどうするんだい?」
孝之さんが、自分の元へと戻ってきた娘さんを抱きかかえると、
「今日は近くのホテルで一泊して、明日、帰る予定です。チェックインの時間までまだありますから、もう少しこの辺りを見て回ろうかなと思っています。」
「だったら、ホテルで一息ついたら晩飯一緒にどうだ。ご馳走してやるよ。」
「いやいや。そんな。申し訳ない。」
「久しぶりにあったんだから、遠慮するなって、旨い店知ってるんだよ。って、まぁ、この店なんだけどな。おちびちゃんが食べれるものも作ってくれるし、どうだい?」
と、辰さんが、ちらっと大将の方を見たのがわかった。それをフォローするかのように、
「アレルギーなどがあればその時言っていただければ、出来る限りのことは対応させていただきます。」
と、私は答えた。常連さんのお子さんの中にも、甲殻類などのアレルギーを持っている子は少なからず行く。そして、お客さんが増えていく過程で、どうしてもそういった方達との付き合いは避けては通れない問題でもあるのだ。包丁やまな板、それこそ、盛り付ける箸や器など、自分達のできる範囲のことで対応し、少しでも安全に、そして、楽しくお食事をしてもらいたい。これも、大将が小さなお店を作った理由の一つでもある。
孝之さんがしばらく考え込んでいたのだが、「パパ。ユイね。お姉ちゃんのご飯食べたい。」と、娘さんが言ったものですから、
「それじゃ……お言葉に甘えて。」
「そうこなくっちゃな。よし、とみちゃん。ビールいっぱい冷やして置いてくれよ。今日は、友人の
三度手を「パァーン」と、叩いて上機嫌な辰さんであったが、私は一つ深呼吸をすると、
「駄目です。」と、その話を一刀両断した。
「な!?そんなこというなよ。みただろ?もう、食欲も戻ったからよ。頼むよ。」
手を合わせ懇願する辰さんであったが、私はスマートフォンを操作し、ある画面を見せつけた。
「なんだよ。いきなり、スマホなんか見せて……えぇっと、なになに?「バカ旦那が、古い友人の息子さんと飲む。と言うと思いますが、血液検査の結果もまだ芳しくないので、何を言われても、一滴も飲ませないでください。」って、なんだいこれ!?」
「つい2・3分程前に送られてきた、奥様からのメッセージです。」
先程の通知音は、辰さんの奥さんから送られてきた、メッセージだったのである。奥さんはとても怖い人なのである。なにしろ、以前「あと一本、あと一本だけ。」と、辰さんに散々言われ、とうとう根負けして一本付けたところ、どこからかそのことが奥さんの耳に入り、私は呼び出しを受けた上、辰さんと二人、座布団もないフローリングの上で正座説教を1時間もさせられたという、とても辛い記憶があるのである。
「奥様から許しが出るまでは、私や大将だけじゃなく、お客さん達にも協力していただきますので、よろしくお願いします。」
と、言って、頭を垂れる私。それを聞いて、ガックリと肩を落とし、うなだれる辰さんの肩を、ポンポンと叩たき、苦笑いを浮かべた孝之さんが「おじさん、あいかわらずですね。」と言って、店を後にするのであった。
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