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「へぇ〜、とみちゃんとは小学校から高校までの長い付き合いなんだ」
「はい。『私、料理学校にいくんだ』って言って富美子は地元の大学に進学しなかったんです。それまではよく一緒に遊んでました」
彼女の名前は、森下
「そうなると、わざわざこの店に足を運んでいただいた理由はなんでしょうか?そんなに長い付き合いだったら、連絡先を知らない仲だとは思えないのですが」
大将の言うとおりである。最近二人共忙しくて連絡を取り合っていなかったが、電話番号やメールなどを知らない仲ではない。
一瞬、何かを考えるかのように黙った彼女の口から出た言葉は、
「実は、富美子の腕がどれくらいになったかなっておもって。働くことになったお店の師匠はすごい人なんだって言ってたから。もう結構上達したのかなと思って」
ゆっこから衝撃の発言が飛び出してことにより、全身から一気に汗が吹き出す。正直なところを言えば、上達どころか、やっとイロハのイが分かってきたようなものなのに。
「それだったらとみちゃん、前作ってくれた得意料理食べさせてやんなよ。ついでに俺の分も頼むわ」
「あ、私も頂きたいです。富美子さんの料理食べるの久しぶりなので」
お酒で顔を真赤にした辰さんと、いつもと変わらぬ表情でニコニコしながら言う最上さん。得意料理と辰さんは言うが、あれは「お客さんに出してもいいぞ」と大将が言ってくれた数少ない料理の一つ。以前依頼を受けた、黒崎さんのお母さんの思い出の味の蜂蜜玉子焼きを、自分なりに少しアレンジしたもの。
大将の方をちらっと見ると、無言で頷いてくれた。
「それじゃ、ちょっと待っててね」
と、冷蔵庫から卵を取り出すと、震える手でボールに卵を割り入れる。まさかこんなに早く親友に自分の作ったものを食べさせる日が来るなんて思っても見なかった。
「お嬢さん、因みにお腹の塩梅はいかがでしょう?せっかくわざわざ遠いところから、とみに会いに来てくれたのに半人前のあいつの料理だけじゃ申し訳ない。お礼に何かお作りさせていただこうかと思うのですが」
「本当ですか♪実は、このお店探すのにウロウロしすぎちゃってお腹ペコペコなんです♪」
ちっちゃくガッツポーズをしながら、満面の笑みを浮かべるゆっこが視界に入った。
「うえぇぇ!?大将それは駄目です!比較されたら太刀打ちできないし!ゆっこもなにちっちゃくガッツポーズしてるのよ!」
「それなら無駄口叩いてないでさっさと作れ。いいんだぞ、彼女の空腹の調味料を先に奪っても」
それはもっとまずいので、急いで作る。でも、急ぐと失敗するので、失敗しないように急いで作る。
「ふふふ。いい大将ですね。富美子って昔っから人見知りだから、飲食業に就いて大丈夫かなって思ってたんです」
「そりゃ最初の頃はガッチガチに緊張してたってもんよ。それを俺が、こう、手取り足取り腰に手をやり教えてやってだね」
嫌らしい手つきを交えながら、辰さんが暴言を吐くので
「辰さん。セクハラを受けてるって奥さんに言いつけますよ」
ギロリと睨みつけてやる。
「いまじゃ、すっかりこうよ。だから、心配しなくても大丈夫」
「はい。わかりました♪」
「わかりましたじゃない!!」
「焦がすぞ」
大将にツッコまれて、あわわする私の姿を見て、辰さんが大爆笑する。それにつられて最上さんとゆっこも吹き出す。
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「はい。どうぞ」
色々と何かあったけど、なんとか失敗することなく完成させることができた。「いただきます」といって、ゆっこが箸で玉子焼きを半分に切り分ける。
「すごい!こんなふわふわの玉子焼きって私初めてかも」
ふーふーと息を吹きかけ、口の中へと消えていく。
「ほんのり甘くて、ふわっふわで舌の上でほどけていく。すごく上品なお菓子を食べてるみたい」
それを見届けた後、最上さんも一口。
「本当だ。以前頂いたときよりもふっくら感が増してますね」
あれから色々と研究して、卵焼きのふんわり感を出すために辿り着いたのがオムレツだった。形は違えど、言ってしまえば西洋の玉子焼きである。どうしてこんなにオムレツはふわふわとしているのか?作り方を玉子焼きに取り入れられたら、今よりもふんわりと作れるのではないだろうか?そう思って色々試してできあがったのがこれである。
「なにか特別な材料とか、そういうものですかね?この食感の秘密は」
「材料は前と一緒なんです。前と違うのは、焼いている間玉子を弄り過ぎないようにしたことなんです」
今までは玉子焼きを作るときに、玉子焼き器の中で卵液を流し込んだら2回巻きつけては、新たな卵液を流し込んでまた2回巻きつけて、というのを繰り返し、仕上げていた。
しかしオムレツの場合、玉子焼きと最初の部分を作る手順までは一緒なのだが、そこからはフォークなどでほとんど触ることなくフライパンの縁などを使って形を整えて完成させていく。
つまり、ふんわりのコツは弄り過ぎないことにあるのではなかろうか?ということに気づいたのである。
そこで、ふんわりした玉子焼きで有名な老舗の実演販売しているお店を何件か探しだして、技を盗みに見に行ってみることにした。自分の予想通りで、核を作ったあと卵液を流し込んでから、卵を触ることが極めて少ないのだ。
そこで、店に戻って1回巻きで試してみると、なるほどどうだろう、今までのものよりも巻がゆるい分だけふんわりと仕上げることができたのだ。
そのことをみんなに話すと、大将が
「ふんわりと焼くには、玉子に火を通しすぎないのもポイントなんだ。オムレツなんかででも、濡れた布巾の上に乗せて上がりすぎたフライパンの温度を意図的に下げてやったり、火元から10cmくらい離して均一に温まるようにしたりと、玉子を上手に焼く職人達は温度に敏感なんだ。試行錯誤しながら練習して、その見極めができるようになったのも一つの要因だな」
と、補足をしてくれた。ん?あれ?もしかして私いま褒められた?
「それじゃお待たせしました。お嬢さんにはこちらを。お二人にはこちらをどうぞ」
柚子には、鮎の塩焼きに、エビとオクラの煮物、枝豆ご飯、そして、切り干し大根と油揚げのお味噌汁、
「待ってました。おれの大好物」
「ん?このほぐした身の上のものはなんでしょうか?」
辰さんと最上さんの前に出されたのは、ご飯の上に焼いてほぐした鮎の身と大葉に、謎の物体が乗せられたものであった。
「それは、去年仕込んだ鮎の『うるか』です。辰さんはこれを載せたお茶漬けが大好きですのでね」
うるかとは、簡単に言えば鮎の内臓の塩辛のことである。そのうるかの中にも種類があって、内臓だけのうるかと、身も一緒に漬け込んだ身うるかがある。いま乗っているのは内臓だけのうるかのほう。
「独特の苦味と旨味が合わさって、これは癖になりそうですね」
「だろ?これを肴に飲んで、旨い料理食べて締めにうるか茶漬けっていうのが夏の楽しみ方なんだよ」
二人がお茶漬けをサラサラとやっているなか、一通り料理を食べると、ゆっこが箸を置いた。
「あれ?ゆっこどうしたの?」
「富美子。ごめん。私、嘘付いた」
嘘?なんのことだろう。
「富美子の腕を見たかったっていうのは半分当たりで、今日ここに来た本当の理由は、富美子のお師匠さんの腕を見たかったの」
「おやおや。まさかとは思ってましたが、試されてましたか」
と、大将は言う。どうやら薄々感づいていたようである。
「いきなり不躾なお願いで申し訳ありません。どうか、兄を助けてもらえませんでしょうか?」
「お兄さん?あれ?でも、確かお父さんの後をちゃんと継いで、お坊さんになったはずじゃ?」
うん。と軽く頷くと、
「実は…」
と、ことの始まりを話し始めたのであった。
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