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ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ
焦がすことなく煎られた乳白色の胡麻達は、すり鉢の中へと入れられ、ゆっくりと丁寧にすり潰されていく。すり鉢の中から放出される芳しい胡麻の香りが部屋全体に包んでいく。料理をしているときのすり胡麻の香りは、個人的に5本の指に入るほど好きだ。
元々料理が好きだというだけあって、下ごしらえの手際などまだまだ荒削りの部分が多く見受けられるが、なるほどどうだろう、彼の筋はいいようだ。おそらく半年程しっかりと修行すれば、今のとみくらいの領域までならすぐに到達できることだろう。
日中に食したごま豆腐におはぎ。檀家達の言う『味が違う』の真意については、大凡の予想はついている。料理を一口食した瞬間に違和感を覚えた。しかし、この味の違和感に関しては好みの問題の部分が大きい。たまたまそれが今回は負の方に傾いてしまったのだろう。
百聞は一見にしかず。味の違和感の確証を得るため、今、彼に同じ手順でごま豆腐を作ってもらっているところだ。
「あとは型に流し込み、冷蔵庫で冷やしたのち、切り分けて餡をかけるだけです」
どうやら予想したとおりであった。彼の仕事は基本に忠実であり、そこに落ち度は一切なかった。調理をしている間、彼が参考にしたというこの寺の料理日記のごま豆腐のページに目を通してみたが、問題となる『ある』ことについては全く触れられていなかった。おそらく、彼の思う食材に敬意を払う始末の気持ちが今回は仇になってしまったのであろう。
「ありがとう。次はおはぎなんだが、あの餡子もご自身で作ったもので?」
「はい。料理僧を始めるにあたり、アドバイスを頂いたお寺のご住職のお知り合いの方に和菓子屋の方がいらっしゃいまして、幸いなことにその方から直々に作り方を学ばせていただいたものです」
私は心の中で手を打った。なるほど、そういうことだったのか。どおりで素人とは思えない、こなれた味がするわけだ。
「なるほど、なるほど。それでしたら、あえて新たに作って頂く必要性はありませんね。どうやら私の予想していたとおりのようです」
「そう、でしたか…私は一体どこで間違いを犯してしまったのでしょうか…」
彼は机に両の手を付き、がっくりと肩を落とす。
「そんなに気を落とさないでください。あなたの仕事に間違いはありません。しいていうなれば、檀家の方々の味の記憶と、あなたの作った味が、ほんの少しボタンの掛け違えのようなことを起こしただけですから」
本当にそうなのでしょうか。と、今にも言い出しそうな表情でこちらを見てくる。
「時間もあまりないことですので、今から私が同じものを作ってみせます。それを見ていただき、ご自身のそれとどこがどのように違うのか。どうしてそうなるのかを感じていただきたい。大丈夫、あなたの今の力量ならわかるはずです」
水道の蛇口をひねり、石鹸を付け、丁寧に手を洗っていると、数メートル先の部屋にいる、とみと柚子さんの声が不意に耳に入ってきた。
「あぁ〜ん♡ゆっこぉ〜♡だめだって、そこはだめだよ」
「なにいってるの富美子。本番は、まだまだこれからなんだよ?」
「いや!ほんとうにだめなの!え?ゆっこまって!お願い、それだけは私、まだ心の準備ができてないから」
「もぉ〜、なにそんな可愛いこといってるのよ。ほら、自分で触ってみなさい?とっくに体の方は準備万端なのよ?」
「え!?うそ!!うぅぅ…お願い、ゆっこ、私こういうの初めてだから…」
「うふふふ。しょうがないわねぇ。ほら、優しくしてあげるから、もっと私のほうに来て。そんなに怖がらなくても大丈夫。痛いのは最初だけだから」
私と彼。二人して思わず顔を見合わせる。
夏虫の音も聞こえないほど静かな夜。官能的で妖艶な声は廊下を伝い、我々の男の部分をいとも簡単に刺激してくる。
あいつら、御仏のいる寺で一体なんてことをしているのか…
「ん!んんん!まぁ、その。ちょっと、ガツンと言いに行きますか」
師弟とか置いといて、とみの両親から預かっている保護者としての立場上、この状況を無視しておくわけにはいかない。
「そうですね…妹も、住まいがどういう場所なのかは重々承知しているはずなのですが、旧友と過ごすことでタガが外れてしまったのかもしれませんですし」
台所から数歩で行くことのできる彼女達の居る部屋。彼女達も、すぐそばに私達がいるということは周知済みのはずなのだが
「はうぅ…ゆっこ、それ、そこ、あぁ〜〜ん♡すごくいい〜」
「うふふふふ。なぁに富美子?さっきはあんなにいやいや言ってたのに」
「だって…こんなに気持ちいいだなんて知らなかったんだもん」
彼女たちの部屋の扉の前で足を止める。野郎二人して、この先で繰り広げられてるであろうことを妄想し扉をノックすることに戸惑いを感じる。
しかし、ここは大人として、神職としてガツンと言ってやらなくてはいけない。
トントン
意を決しノックをする。
「あ、はぁ〜い」
中から、柚子さんの声がした。
「柚子。入っていいかい?」
と、彼が扉の向こう側にいる妹さんに向かって尋ねる。
「いま?どうぞぉ〜」
慌てる風でもなく、何かを隠す風でもない。逆にこうもあっさりと言われてしまうと、こちらのほうが恥ずかしくなってくるのだが、心を鬼にして扉のドアを開ける。
「お前たち、さっきから一体何をしt」
扉を開け、野郎二人の目に飛び込んできたものは、
上下薄ピンク色のおそろいの寝間着を着て、ソファーに腰掛けたトミの右足の裏を、柚子さんが中指の第二関節辺りに何かをはめ押さえつけている。という想像していたものとは何一つ合致しない光景であった。
「あ、大将。もうレクチャーは終わったんですか?早かったですね」
きっと風呂上がりなのだろう、シャンプーなのかボディーソープなのかはわからないが、甘い香りを漂わせ、生乾きの艶やかな髪に、うっすらと目に涙を浮かべた血色の良い顔をしたトミが言う。
「これは…」
困惑する野郎二人。
「あ、これですか?最近、足つぼマッサージ師の資格をゆっこがとったっていうので、今やってもらってたんです。私こういうの初めてで、ちょっと怖かったんですけど、ほぐれてくると痛くて気持ちよくて」
「お師匠さんもどうですか?富美子でこれなんだから、きっとすごく凝ってると思いますよ?」
と、言うやいなや、トミの足の裏のツボをググッと刺激し始める柚子さん。
「はうぅぅ〜〜〜♡ゆっこ、だめ、そこは、さっきから言うけどいやぁ〜〜♡」
「もぉ〜、ここは眼精疲労とか首肩に効くツボなんだからね。富美子スマホ見過ぎなんじゃない?」
更に、足の指の付け根辺りも刺激し始める。
「いやぁ〜〜〜♡いたいぃ〜〜、もう、もう、許して。お願いだから、あぁ〜〜〜〜♡」
『百合』
頭のどこかでそんな単語を一瞬でも思い描いていた自分達が急に恥ずかしくなってきた。
「あぁ〜…ちょっと気になるから聞くんだが…、体の準備がどうのこうのというのは、一体どういうことかね」
満面の笑みで柚子さんが「それはですね」と、とみの後ろに回る。
「足つぼする前にストレッチさせてみたんですけど、体中ガッチガチだったんです。だから、股関節の筋とか背中の筋肉とかほぐしてあげたんです。ほら、この通り」
そういって、とみの背中をぐーっと前に押し出す。確かに、膝も曲がることなく足の先端に手がついている。
「筋肉ほぐしてあげたから、自分で足の先触ってごらん?っていうから、えい!ってやったら本当に触れちゃって。びっくりしてつい大きな声が」
頬を人差し指でかきながら照れ笑いをするとみ。
「あぁ〜、まぁ、あれだ。日頃の疲れを癒やすためにやってもらうのはいいんだが、その、なんだ、台所までとみと柚子さんの声が聞こえてきてだな。その、気になって集中できないものだから、もう少し小さい声で頼む」
両の手で口元を隠すとみ。
「ご、ごめんなさい。私達そんなおっきな声出してましたか」
「えぇ、それはもう。ご近所さんに聴かれたら、どれだけお小言を頂くかわからないほど」
彼がそう告げると、柚子さんが口を開く。
「もぉ〜、だから言ったじゃない、富美子。タオルかなにか咥えてなさいって」
「うぅぅ、だってぇ、もう少し我慢できると思ったんだもん」
両の手の人差し指を胸の前で、くっつけたり離したりしながらトミが答える。
「と、とにかくだ。やるのは構わないが。もう少し小さな声でたのむ」
「「はぁ〜〜〜い」」
と、女子二人が返事するのを確認した後、女子二人の部屋から台所へ戻ってきた。
「さて…どうしますか。続き、しますか?」
と、私は彼に尋ねる。
「えぇっと、今とても心がワチャワチャとしていまして…修行がまだまだ足らないのでしょうか。できれば、明日、改めて。ということでもよろしいでしょうか」
どうやら彼も同じ心持ちだったようだ
「いえ、まったく問題ありません。あんな声を聴かされた後で料理に集中できるかと言われると、同じく自信がありませんもので」
「そうでしたか。逆に安心しました。では、今日はお部屋でごゆっくりとお休みください」
そういって彼は照れ笑いをしながら、両の手を合わせ頭を下げると、自室へと戻って行かれた。
「それでは、また明日」
と、言って、私も用意していただいた自分の部屋へと戻ったはいいものの。
彼女達の部屋が近くにあることもあり、時折聞こえてくる、とみの官能ボイスが気になって、中々寝付くことができなかった。
やっと眠りにつけたのは、旧友とのお泊り会を堪能している女子二人が寝静まった深夜2時の頃だった
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