四品目 和尚さんのごま豆腐

 新聞紙に包まれた幾本かの緑の茎についた、緑色の房を丁寧に一つ一つもいでいく。多いところでは一箇所に3〜4房付いているようだ。


 一通り茎からもぎ終わったら、今度はそれらの中から虫食いや傷んだものとを分けるために選別していく。


 次に、綺麗な状態のもの達の茎に繋がっていた側を料理バサミで少し切り落としていく。こうすることで、中までしっかりと塩味をつけることができる。房達は塩ゆでされるのであるが、その際の塩分濃度は4%がいいとされている。つまり、1リットルであれば40gの塩分となる。


 片端を切った房達を今度はボールに入れ、使用する塩の半分くらいを振りかけそれらを「塩もみ」する。房についた産毛を取り除く目的もあるが、ここで塩味を先にいくらかつけるという目的もある。


 下準備が終わったら沸騰したお湯に使用する残りの塩を入れ、塩を揉み込んだ房も投入する。菜箸でさ〜っと、鍋の中をかき回してやると、緑色だった房は鮮やかな新緑色に姿を変えていく。茹で時間はおおよそ4〜5分。


 茹で加減を確認するために、鍋の中から一房取り出すし、その房の中に入った豆を指で押し出してやる。房の中からは翡翠色にツヤツヤと輝き、ふっくらと出来上がった豆が現れる。それを口に放り込み一噛み二噛み。口の中に豆のコクと甘み、しっかりと効いた塩味が広がる。


「ん〜〜〜♪おいしぃ〜〜〜♪」


 上手に煮えたようだ。鍋の中の房をザルに開ける。お蕎麦やうどん、そうめんなどでは、ここで冷水でキュッと締めるのだが、これに関してはそのようなことはしてはいけない。房の中に水が入り込み味がボケてしまうからだ。


 さて、私が何を煮ているかもうおわかりでしょうか?


 そう、私が先程から茹でていたのは『枝豆』だったのです。大将の畑から今朝抜いてきたばかりの、もぎたて採れたての鮮度抜群の枝豆達。


「枝豆といったらビールだろ。とみちゃんビール1本」


「あ、私もお願いします。」


 お店に来ているのは、ナスの煮浸しをつまみに日本酒を飲んでいた辰さんと最上もがみさん。今日は、夕方の開店と同時にクーラーボックスを肩から下げてやってきた。そのクーラーボックスを開けると、中には、先週解禁したばかりの鮎が沢山はいっていた。


「枝豆もいいけど、辰さん。去年持ってきてくれた鮎で作った例のもの。ちょうど良い塩梅になってますけど。どうですか?」


 例のもの。冷蔵庫の中に日付が書かれた瓶に入ったあれのことだろう。


「いいねぇ〜。おれはあれでお茶漬けするのが大好きなんだよ。よし、今日はそれでいこう」


「それじゃ、準備ができるまで、枝豆とビールでどうぞ」


 ビールに枝豆。一体だれが発見したのか分からないが、こんな黄金コンビが他にあるのだろうか。ビアガーデンが初めてできた頃に一緒に提供されていたのは塩もみされた大根の薄切りだったという。その後、佃煮などが提供されるようになったがどれも不発。それから時代が進むとやっと枝豆なんかが登場するのである。


「採れたての茹でたては何よりものごちそうですね。味も濃いし豆の風味もするし、なにより、房の中から出てくるこの宝石のように綺麗なことといったら」


 枝豆の房を指で押し出しては口にいれを繰り返す、最上さん。枝豆の食べ方も、焼き鳥のように、お上品に一粒一粒お皿に出した後、箸で摘んで食べる人もいるようだが、枝豆は少しくらい下品に食べたほうが美味しいような気が私はする。


「さて、例のものはもう少し後にして、まずはこれから食べていただきましょうか」


 そう言って出されたのは、つい先程まで水しぶきを上げながら渓流を泳いでいた姿そのものを彷彿させるかの如く、尾ひれにしっかりと化粧塩がされた鮎の串焼き。


「串から外してなんて考えないで、そのままガブリといってください」


「おう、大将。言われなくても俺はそうさせてもらうよ♪」


 行儀悪く串を両手で持って豪快に鮎に辰さんが食らいつく。


「かぁ〜〜〜、やっぱり鮎のハラワタは旨いな。他の魚と比べても鮎は別格だ」


「本当そうですよね。鮎を食べながら冷たいビールをキュ〜っとやる。そうしてると、今年も夏が来たんだなって思いますよね」


 二人の釣り人は、数時間前に自分たちが釣り上げた鮎を食べ、とても上機嫌である。しかし、今二人が食べている鮎を、クーラーボックスいっぱいの中から選別するように言われた私は大変だったのだ。


 天然と養殖の違いは、顎裏に見える点が左右対称であるかどうかが一つのポイントとなる。他にも、岩についた海苔を食べるので天然の鮎は顔が尖っている。というのも見極めるポイントである。


 のだが、実は、これを去年教えてもらっていたのにすっかり忘れてしまっていたのである。


 その結果は火を見るよりも早く、


「お前は去年一体何を聞いていたんだ」


 と、口では言わないが、冷ややかな視線を浴びされたのである。


「もう一回だけ教えるからな」


 今度は忘れないように、スマートフォンの録音機能を使ってバッチリ保存しておく。最近になって、大将が色々と食材などの見極めのコツを教えてくれるようになった。仕事が終わった後、そういったことをノートにまとめるためにもスマートフォンの録音機能は欠かせない。


「次は、釣ってきて頂いたものではないのですが」


「おぉ、甘露煮ですか。私は塩焼きよりもこちらのほうが好きなんですよ」


 皿の上に盛り付けられた飴色に煮つけられた鮎の甘露煮に、最上さんが箸を伸ばす。


 頭も骨も柔らかくなるようしっかりと煮込まれた甘露煮は、色味ほど味が濃いわけではない。噛むほどに鮎も味を楽しむことができるのがいいところである。


「うん。頭も柔らかくて、骨もホロホロと溶けて消えていく。これは、ビールじゃなくて日本酒ですね」


「そうだな。おう、とみちゃん。日本酒二本頼んだよ」


「はいは〜い。ただいまぁ」と、言いかけたとき、お店の玄関が、ガラガラっと開いた。


「いらっしゃいませぇ〜」


 暖簾の向こう側のお客さんに声をかける。


「すいません。こちらに相内さんって女性の方いらっしゃいますでしょうか?」


 そう言って暖簾をくぐってきたのは、白のカーディガンに青色のスカートを履いたセミロングの若い女性だった。その顔をはっきりと確認すると、私は思わず声を上げた。


「あぁぁ〜〜〜〜!ゆっこじゃん!どうしたのこんなところに!」


 ゆっこと呼ばれた女性も私の顔を見て、安心したのか笑みを浮かべて、


「富美子〜会えてよかったぁ〜」


 完全にカウンターとカウンター内で置いてけぼりの男三人は蚊帳の外。しかし、旧友に久しぶりに会えキャッキャする女子二人はそんなことお構いなし。


そして今回のお話は、そんな旧友との久しぶりの再会から始まるのでした。

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