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「カレーライスですか…本日お出しするのは難しいですが、次回足をお運び頂ける日を事前に教えていただければご用意させていただきます!」

 大将がカレーライス…まかないのお昼ご飯としても食べたことがない。というか、刺激物は舌の感覚を鈍らせる可能性があるからと日ごろ避けている大将の口から、まさか『作ります』なんて言葉が出ること事態が不思議で仕方がない。

「そういえば、もがちゃん。別の居酒屋に飲みに行ったとき、メニューにカレーがあって食ってたな」

 えぇ~~!?居酒屋でカレー食べるの!?というか、カレーあるんだ!!と、心の声が口から出そうになるのを必死に抑える私。

「私にとってカレーライスはちょっと特別な思い出がありましてね。いつかはあの味に出会えるんじゃないかなぁ。と思っていろんなところで注文しているんです。」

 照れ笑いをしながら最上さんが右手に持ったお猪口のお酒をゆっくり回すと、それを一口飲み、ゆっくりと語りだしました。

「あれは戦後の後だから・・・今から60年も前のことですかね。家電のことを『三種の神器』なんて呼ぶようになったころですよ。うちの家ではまだまだそこまでの余裕はなくてね。友人の親父さんが作った工場でうちの親父を始めみんな必死に働いていたよ」

「すごかったよな。隣のダチの家にTVが来たときなんか、そりゃ近所中大騒ぎになったもんよ。映り始めるまで時間もかかったし、白黒だったし。でも、あの時の興奮は今でも忘れないな」

 カウンターの二人が懐かしそうに語りだす。きっと実家のおばあちゃんなら話に参戦できるんだろうな。と思いながら静かにお話を聞く。

「で、その工場を経営している親父さんの子供が私の友達でね。徹夜仕事になるとよくカレーライスを作ってくれてごちそうしてくれたんです。」

「え!カレーってそんな昔からあったんですか!?」

 しまった…あまりにも衝撃的事実で思わず大きな声を出してしまった。

「カレーは明治初期に発刊された西洋料理本に初めて作り方が掲載されて、昭和初期にはカレー粉の製造元が急激に増加、この頃にカレーパンも誕生している。南蛮蕎麦もとっくに生まれてるはずだぞ」と、大将に本日二回目の「本当に勉強したんだよな?」の冷たい視線を浴びせながら解説してくる。

「たしか、日本で最初にカレーを本に書いたのって、福沢諭吉だったっけかな?で、もがちゃん、そのカレーは旨かったんか?」

 と、辰さんもがカレーの歴史知識を披露し、最上さんに話のバトンを返した。

「えぇ、それはもう格別な味でしたね。そのころは家庭でも作られるようになっていたんですけどね。一風変わった具材が使われていたのは記憶しているんですよ。」

 変わった具材?

「従業員全員分の量を作ろうとおもうと、結構お金もかかりますしね。私も何度か頂きましたけど、『肉のような肉に見えない形のもの』が入っていたんですよ。」

「肉のような肉に見えないものって、なんだそりゃ。」

 と、辰さんが聞くと、

「野菜はそれこそおっきな固まりで入ってましたからすぐわかるんです。それは、鳥のささ身肉を割いて割いて割いてルーに入れて煮込んだような、ルーの中で、繊維の一本一本までも崩れているような感じですね。」

「味はどんな感じだったんですかね?」

 と、大将。たぶん、次回来た時の為に好みを聞きだす作戦なのだろう。

「今あるカレーショップのように辛くはなかったと思います。作ってるのが子供ですからね。なんていうか優しい味がしたとおもいます。」

「しかし、ハイカラな幼少期を過ごしたもんだな。俺達なんか残った握り飯に味噌塗って七輪であぶったやつをおやつに食ってたんだぞ」

 あ、それも美味しそう。

「きっと従業員の士気を上げるために作っていたんでしょうね。固形ルーが出てきたのはもう少しあとの時代ですし。」

 そういうと、最上さんが残っていたお酒を飲み干した。

「いやいや、すっかり昔話をしてしまって申し訳ない。大将も今の話は忘れてください。このお店でカレーの匂いをさせたら囲気が台無しになってしまう。」

「そんな滅相もない」

 大将、少しやる気になっていただけに残念そう。

「で、トミちゃん。酒はまだかな?」

 と、最上さんの話が一区切りしたと思ったら、突如辰さんがストレートの剛速球を投げてきた。ドサクサ紛れのこの手は引っかかるものですか。

「えぇ~っと、確か、奥さんの電話番号がこのあたりに…」

「ちょ!わかった!悪かった!だから、かかあだけには電話するのは勘弁してくれ!!」

 一同笑いに包まれ、本日はお開きとなったのでありましたとさ。

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