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 一面に敷き詰められらた畳敷きの本堂の中は、お線香とイグサの和の良き香りがする。天井はとても高く、そこには花や鳥などが色鮮やかな色彩で描かれている。本堂の中央には、金色の装飾が施された一角があり、瓔珞ようらくを始めとした荘厳具しょうごんぐで飾られた荘厳そうごんな空間が広がっており、御仏の前で足を止める。


「いつ来ても、この前に立つと背筋が自然と伸びる思いなんですよね」


「ほぉ〜ここの御本尊は薬師如来なのか。医食同源の教えも一緒に説くというならうってつけだな」


 今私達がどこにいるのかというと、親友であるゆっこの実家のお寺の本堂の中。


 世間の言うGW《ゴールデンウィーク》というものの間働き詰めだったこともあり、三日間だけお店をお休みにし、東北旅行も兼ねてやってきた。


「富美子ちゃん、お久しぶりですね」


 声のした方へに目線を動かす。そこには作務衣さむえを着たゆっこのお兄さんがこちらに近づいてきていた。


「こちらの方が富美子ちゃんの」


「はい。私の師匠です」


 大将の前で手を合わせ、深々と一礼される。


「本日は、私などのために、わざわざ遠いところまでご足労頂き、誠にありがとうございます」


「いやいや、こちらも色々と教えて頂こうと思っております。私も料理人ですから料理僧という方に興味惹かれたところもありますし、とみが世話になった親友の頼みとあらば」


 そうなのです。今日、この場所にやってきたのは、ゆっこがお店に来たときの約束を果たしに来たのです。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「実は、兄が『料理僧』というものを始めたのです」


「料理僧?なんだそれ?」


 物知りな辰さんがそうなのだから、私はもっとわからない。料理人の僧侶って僧侶なの??


「簡単に言えば『料理を作り食すことで仏教の教えを説く』というものです」


 なんのことやら?料理を作るのと仏教のことがわかるのかしら?そんな私達を尻目に大将だけが色々と頷いている。


「料理を作るまでの過程には、それこそ仏教の教えは山のように詰まってるからな。いわば、それを行うこと自体が修行みたいなものだから、料理で仏教の教えを説くという考えは間違ってないとおもうね」


 はい。と、ゆっこが答える。


「今、若い人達を始めとして無宗教者の方がとても多いのです。兄は、もっと多くの人に仏教に興味を持ってもらう為にはどうしたらいいのかと日々悩んでいました。そんな折に、昨今の健康志向のせいなのか「お寺ではどんなものを食べられるのですか?」というお話を檀家さんからよく頂くようになったんです。それなら、伝統的な精進料理を提供し、そこからお寺に興味を持ってもらったらどうだろうかと考えたようなのです」


「それは面白いですね。精進料理を食べる機会もほとんどありませんし、そこから説法が学べるなんて、近くにそんなお寺さんがあるなら私も受けてみたいですね」


 どうやら最上さんは興味を惹かれたようだ。


「それ以来、兄は古い時代から続く精進料理のメニューや作り方などを、お寺に残っている日記や文献を引っ張り出しては作り方などを学び始めたのです」


「ん?今更作り方を学ばなくても毎日つくってるんじゃないの?ほら、お坊さんって生臭物なまぐさものってだめなんでしょ?」


私の発言を聞いて、周りの空気が凍りついた。これは…なにか言ってはいけないようなことを言ってしまったようだ。


「とみちゃん。いまの坊主は、肉も魚も酒もガッバガバだぞ」


辰さんに呆れ顔でいわれてしまった。


「うえぇ!?で、でもTVでよく見るお寺のドキュメンタリーとかじゃ、お粥に漬物だって」


大将に頭をコツンと叩かれ、諭されるように言われる、


「それはあくまで修行中のことだけだ。今は時代が変わった影響もあるし、まして、毎日、肉や魚抜きで献立を考え続けろといわれてできるか?それにな、元を正せば釈迦自身が生臭物を食べちゃいけないとは言ってないんだよ。教えを説くために各地を回っていたときに、人々に食事を恵んでもらった際、肉や魚があっても食べていたんだからな」


草食主義者の祖だとおもっていたお釈迦様が肉や魚を食べていたなんて。個人的にはかなりの衝撃である。


「それで、お兄さんはどうなったのでしょうか?」


雷に射たれたかのように放心している私を置いて、大将主導で話がどんどんと進んでいく。


「元々料理をすることが好きだった兄は、そのあと調理師免許を取得したり、一般来訪者の方に食事を提供しているような寺院の方にアドバイスを頂いたりと順調に準備が進んでいました」


そこまで話すと、ゆっこは肩を落とし話し続ける


「まずは檀家さん達をお招きして、実際に料理を食べていただいて意見をいただこう。というところまではよかったのですが」


「お?頭の凝り固まった檀家がブチ切れたか?」


瓶に残っていたビールをグラスに入れ、空になった瓶を私に見せ、辰さんが「もう一本」と催促をしてくるが、私は首を横に振って断る。


「いえ、そういうことはないんです。若い人達にもっとお寺に興味を持って貰おうという考えは良いことだ。と多くの方に賛同していただけたんです」


「それなら、なにが問題なんでしょう?」


最上さんが、自分の残っていたビールを辰さんのグラスに注ぎ入れながら尋ねる。


「皆が一様に、この前の料理と味が違うと…」


味が違う?


「私達の祖父が住職をしていた頃、あの辺りを治めていた大地主の息子さんの初七日法要の際にお出しした『精進落とし』の料理の味と、兄が作った味が違うというのです」


「精進落し?」


私の知識の引き出しのなかに、初七日法要は入っているのだが、精進落しというものは入っていない。一体何のことなのやら。


「とみちゃんが知らないのは無理もないか、今は初七日法要も葬式の時に一緒にやっちゃうからな。元々は、故人が正式にあの世に行く四十九日までのあいだは、殺生をしないでおこう。ということから食べていたのが精進料理なんだよ。その間にある初七日、三十五日、四十九日の法要の日には今まで断ってきた肉魚を食べる。それが精進落としってわけ。しかし、通常は故人側のほうが会葬者や僧侶に振る舞うはずなんだが」


そう説明し終えると、グラスに入ったビールを飲み干し、グラスを逆さまにし、振りながらこちらを見てくる。私はグラスと同じように首を横に振る。


「私達も不思議に思い檀家の方に伺ってみました。どうやら祖父とその方は同級生で友人だったそうなんです。だから、祖父が故人のために自ら腕をふるって料理を作られたそうなのです」


つまり、檀家さん達の記憶の味は、ゆっこのおじいちゃんの料理の味。


「それで、お兄さんはなんと?」


と、最上さんが尋ねる。


「根が真面目な性格なものですから、『次は同じものをお出しできるように精進いたします』っと」


「安請け合いしてしまったってことか」


腕組みをする大将。それを見て「はい」と、力なく返事をしたあと、


「どうしたらいいのかと途方に暮れていたとき、富美子の顔が急に浮かんです。もしかしたら富美子なら力になってくれるんじゃないかって」


消え入りそうな声でゆっこが話す。


「大将」


そういって、大将の顔を見る私。


「料理僧というものに興味がないわけでもないし、僧侶が作る精進料理に興味がないわけでもないし、とみの親友の頼みを無碍に断るほど性も腐っちゃいないしな」


「本当ですか大将♪」


ぱぁ〜っと笑顔で大将のことを見つめる。


「大型連休も馬車馬のようにとみも働かせたしな。たまにはいいだろ」


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などという言うやり取りがあって、今この場にいるわけである。


「本当に頭が下がる思いです。ご助力のほどよろしくお願いします」


再び、お兄さんは頭を下げる。


「それで、具体的にどの料理の味が違うと?」


大将が本題に触れる。


「はい。実は、ごま豆腐とおはぎ。の二品でございまして」


と、お兄さんが答えるのを聞いて大将は、


「これはこれは、ごま豆腐におはぎとは、誤魔化しの効かない職人の腕を試されるような品でしたか」


口ではそんなようなことを言うが、私にはわかる。職人としての炎が、今まさに、最大火力になろうとしていることを。

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