五品目 おじいちゃんのシュウマイ
風一つなく、ただ真っすぐに天から大地へ水滴が降り続ける梅雨の季節がやってきた。今日で四日連続の雨である。
雨が降ると客足が鈍るというが、『つくし』にはそういったことはなく、(元々座席数が少ないということもあるが)ランチも夜の時間もいつもと変わらない賑わいを見せていた。しかし、今日はバケツを引っくり返したような土砂降りで、悲しいかなお客さんは、
「こんなに降られると困っちゃうよね。『テレビが見れない!!』とかいわれてもさ、アンテナ見に行きたくても屋根あがれないんだもん」
ビールを片手に、もろきゅうをポリポリとさせながら愚痴をこぼすの梅さん一人だけだった。
なんでも地上デジタル放送の場合、激しい雨などがアンテナに当たるとそれが障害となって画面が映らなくなるのだとか。数日前に突風が吹いたこともあり、恐らくアンテナの角度が変わって、どうのこうのということを聞いたところまでで、私の頭では理解できなくなった。
「それでも辰さんは釣りに行ってるみたいですけどね」
そう言いながら、私は梅さんに二本目のビールの栓を抜き、手渡す。
「釣り!?この雨の中!?」
その話を聞いたときの私と全く同じ反応。仲間がいるとちょっと嬉しい。
「梅雨の時期はうなぎを釣るベストシーズンだぁ~って一昨日言ってました」
半信半疑で後からネットで調べてみると、「梅雨 うなぎ釣り」と検索枠に予測ワードとして出てきたのでびっくりした。
「まぁ、夏の土用の丑の日はうなぎを食べる日だから、この時期、うなぎの旬といえば旬なのかねぇ」
「そういうわけでもないんだけどね。はい。お待ちどうさまっと」
そういうと、大将は梅さんの前に焼き上がった焼き鳥をの盛り合わせを置いた。
「そういうわけではない?土用の丑の日にはうなぎを食うっていうのに旬じゃないっていうのか?」
「この時期、テレビやラジオなんかでひっきりなしにやっているから知っているかもしれんが、そもそも『土用の丑の日にうなぎを食べる』というのは、その時期に閑古鳥だったうなぎ屋に頼まれて平賀源内が言い出したキャッチコピーみたいなものなんだよ。そもそも、うなぎが滋養強壮にいいっていうのはもっと前から知られていて、万葉集には「石麻呂に われ物申す夏痩せに よしというものぞ 鰻捕り
梅さんと私。二人して「へぇ~」っと答える。
「それから上方の方で腹開きの形が生まれて、二十年くらい経つと、蒸して脂を抜いて焼き上げるっていう江戸の食べ方が誕生するわけだ。それで、旬の話なんだが、実は、鰻っていうのは冬越をする前の冬眠する時に脂も乗って味も大味になる。だから元来の鰻の旬は秋から冬ってことになるんだが、最近じゃ土用の丑の為に鰻を太らせるんだとさ。だから、正直旬というものがわからなくなったものの一つかもしれん」
昔それと同じようなことが起きた作物があると聞いたことがある。確か、イチゴは元々、初夏頃が旬だったのだが、クリスマスケーキなどのショートケーキの需要のために、冬に実をつけるように品種改良され、旬が冬に変わったのだとかなんとか。
「だけど、梅雨の頃は飲食業は大変でしょ。生もので食中毒なんか出たら目も当てられないし、どうしても火の通ったものがおおくなるんじゃないのか?」
と、半分食べ終わった焼き鳥を指差して梅さんがいう。
「そういえば、大将今朝仕込みの時に鯖おろしてませんでしたっけ?」
「ん?あれか?あれは、ちょっとした頼まれもんだ」
はて?頼まれものとはいったい。
Prrrrrr..... Prrrrrr....
「はい。つくしです」
電話の音がなり、受話器を取ると私は答えた。
「もしもぉ〜〜し、愛佳ですけどぉ〜〜〜、大将いますかぁ〜〜〜」
電話の主はクリーニング屋の一人娘の愛佳ちゃんだった。
「はぁ〜い。いまかわりますねぇ」
そう言うと、私は大将に「愛佳ちゃんからです」といって受話器を渡した。
「もしもし。はい、はい、え?いや、来てないけど?ただ、この雨だからどこかで雨宿りしてるかもしれないな。わかった、来たら渡しておくから」
そういうと、受話器の終話ボタンを押し、私に返してきた。
「誰か来るのかい?」
最後の一本を食べ終わり、おしぼりで口元を拭いながら梅さんが尋ねる。
「なんでも愛佳のところに研修で来ている男の子がいるらしんだが、ここへおつかいを頼んだらしいんだが、まだ帰ってこないからこっちに来てないか?っていう確認だった」
そういえば、ちょっと前お昼を食べに来た時に研修生がどうのこうのというのを聞いたことがある。たしか…
ガタッガラッ
誰かがお店にやってきたみたいなのだが、入り口の開け方がなんとも中途半端で、誰が来たのかわからない。
「あのぉ〜〜、すいません。愛佳さんの頼まれものを取りに来た。
雨がもう少し強く降っていたら、間違いなく聞き取ることは困難なほどか細い声が暖簾の向こう側から聞こえる。
「今しがた、愛佳のほうから心配の電話があったところだ。そんなところじゃ濡れちまうから早く中にはいりな」
と、大将が暖簾の向こう側の主に声をかける。
「あ、はい。わかりました。お邪魔します」
そういって入ってきたのは、見るからに挙動不審な男の子だった。年の頃だとどうだろう。二十歳になっているかどうかかと思う容姿である。
大将は冷蔵庫の中から何かを取り出すと、それをビニールの袋に入れて、彼に渡した。
「ありがとうございます」と、蚊の鳴くような声で言うとそれを受け取り、何かに怯え逃げ帰るかのようにしてお店を出ていった。
「あれが、いま話をしていた研修生ってやつか?」
「と、思うぞ、さっきの電話で言ってた名前とも一致するしな。山田さん田中さんならまだしも、山之上さんが他にいるとは思えないのでおそらく間違いないだろう」
彼は一体何者なのだろうか?なによりも、無事に愛佳ちゃんのもとに帰れるのだろうか?
お店の中の三人が全く同じことを同時に思い浮かべているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます