第23話 猫の怨念返し
「な、なんでだよ! 飛べるんなら捕まえてよ!」
「疲れそうですし、嫌です」
こいつ……!
キジバトは大きな胸を揺らしながら、言った。
「良いですか? セルリアンが出たら戦ってはあげますよ? どちらにせよ、セルリアンは遅かれ早かれやっつけないと危険ですからね。でも、それだけです。私は基本的に平和主義者なんですよ? フレンズをやっつけるだとか捕まえるだとか、本当に嫌なんですから」
平和主義って、ハトだからか!? それにしたって、お前が昨日ハッピービーストにしていた『平和的解決を狙った抗議』を、俺は忘れないぞ。※第10話参照。
「キジバト。良いか、良く聞け。俺はな、この辺に逃げたフレンズを、みんな集めてジャパリパークの、お前らが暮らしていた場所に連れて帰そうとしてるんだ。安全な場所なんだろ? だったら、キジバトにも得がある話だと思うぞ。」
「いえ、得なんてまるでありませんね。そもそも、私にとってこの辺は居心地が良いので、別に帰りたいとは思いません。」
なんだと? それ、嘘なんじゃないか?
ぐぬぬぬぬ……嘘までついて俺にたて突くとは、なんて憎たらしい奴なんだ!
「もう良いよ! お前には頼まない! ちくしょー! 作戦の練り直した! いったん帰って、スズメを捕まえる策を考えなければ……!」
だがしかし、とぼとぼと帰った俺が見たのは、剥がされたビニールテープ――壊された猫転送装置と、泣きべそをかくペキニーズだった。
「なん、だと? お、おい! ペキニーズ! アメショーはどこ行った!?」
「ここにいるよ!」
物陰からの呼び声!?
不適にニヤニヤと笑うアメショーが、ひょっこりと顔を出し、こちらを見ている。
ペキニーズが涙声で言った。
「うわーん! ヒュウマちゃん、ごめんなさいー!」
「なん、だと。剥がしたの、お前か?」
「だって、狭くて苦しいって言うし、外に出ても逃げないからーって言うし、隠してあるジャパリまん、僕にくれるって言うから……でも、ほんとはジャパリまん、持ってないって……」
だ、騙されたのか!?
馬鹿野郎! よりにもよってそんな嘘で!
だがしかし、そんなことを言っている場合ではなかった。
「んふふー。ヒュウマちゃーん。よくも私を閉じ込めたなー?」
「ひ、ひー!」
笑ってはいるのに、完全に怒っている猫。
だって、しっぽを立てて、左右にブンブンと振っている。
まずいぞ!? これは! この尻尾は、攻撃態勢の表れだ!
「ゆ、許してくださいー! なんでもしま……せんが、出来る限りのことはしますので!」
また何でもすると言いそうになったけど、回避!
「許さないよー!」
「は、はわわわ! こうなったらスタコラサッサするしかないッ!」
くるりと身を翻すと、俺は走った。
全力疾走だった。
捕まりたくない。捕まれば、きっと、今まで以上に弄ばれてしまう。
「待て待てー! ほらほら、もっと頑張って走らないと、捕まえちゃうよー!」
すぐ後ろ、一定の距離を持って追いかけてきている猫。
ち、ちくしょう! すでに楽しんでやがる!
やめろ! やめてください!
ダ、ダレカ! タッケテー!
足音がやけに響く。
人が一人もいないので当然だ。音の発生源がここにしかないのだ。
そうして閑散としたビル群の通りを抜け、俺は建物と建物の間にある路地に逃げ込む。
直線距離では確実に負ける。追いつかれる。その気になればあっという間に捕まってしまうと言う、そんな予感があったからだ。
でも、それがいけなかった。
逃げ込んだ路地が、まさかの行き止まりだったのである。英語で言うところのデットエンドと言う奴だった。
「もう逃げられないねー」
急いでもと来た道に戻ろうとしたが、悪魔はすぐにやって来た。
路地を取り囲んでいる建物の影、目を鈍い光でギラギラとさせたアメショーが、俺に近づいてくる。
「や、やめろ! それ以上近寄るな!」
「にしし、遊ぼうよ、ヒュウマちゃーん!」
「ち、ちくしょー! お前なんて大嫌いだー!」
だがその時だった。
「!?」
アメショーの真上から、何かが唸りを上げて落下してきたのは。
「ぎにゃー!」
それは路地に面している建物の非常階段のようで、劣化と腐食で崩壊したもののようだった。
アメショーはそれらの残骸の雨をまともに浴びる。
雨とは言ったが、落ちてきたのは一部とは言え、崩壊した建築物である。
……酷く、大きな音がした。
「ア、アメショー!?」
巨大な瓦礫である。
まともに下敷きになったのでは、命の危険さえあった。
だが、アメショーは生きている。無事ではなかったが。
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