第32話 セル〇〇がなく頃に 解

 俺が推理を言おうとしたその瞬間、スズメとニホンヤモリがこっちを見ているのに気づいた。

 スズメが言う。


「やっぱり、ヒュウマちゃんがセルリアンである可能性が高いですね。キジバト、気をつけてください」

「ちがう! 俺の話を聞け!」


 犯人は別にいる。

 肝心なのは、ジャパリまんのだ。

 だったんだ。


 だが、俺が推理を放つ前に、キジバトが首を傾げて言った。


「でぽ? ヒュウマが、セルリアン?」

「そうです。私たちの中に、セルリアンが紛れ込んでいる可能性がある」

「でぽ?」


 マズいと思った。

 もはや、慎重に推理を語っている暇などない。

 こいつら動物には、この答えに到達することは出来ないんだ。

 これは、むしろ俺しかたどり着けない結論なのだ。


「私はまだあなたも完全には信じていない。スズメもあなたも、二匹ともセルリアンかもしれない」


 やめろと言いたかった。

 と言うか、言った。


「やめろ、ニホンヤモリ! 俺は、誰がセルリアンか分かったんだ! だから……!」


 ジャパリまんのだ。

 ジャパリまんを、


 もちろん、これは俺の目の前で食べられた数だ。

 俺が把握している数でしかないのだけれど、それだって不自然なことも起きていた。

 俺の目の前で食べられたジャパリまんの数は、ペキニーズが七つ。(※食い過ぎだ)

 アメショーが二つ。

 スズメが二つ半。

 ニホンヤモリは一つ半。


 そして、キジバトは……


「スズメ! ニホンヤモリ! 離れろ!」

「え?」

「そいつは、キジバトじゃない! そいつがセルリアンだ!」

「何言ってんの? ヒュウマちゃん」

「でぽ? 私がセルリアン……? ああ、その目。そこまで確信を持ってるんですね、私がセルリアンだと」

「な、何? キジバト? どうしたの? 怖い顔して」

「良いから、早く離れろ! 急げって言ってんだよ!」


 遅かった。

 キジバトが一瞬にして姿を変える。

 青い羽根。

 透き通った肌。

 凍ったような目。

 背後からにゅるにゅると伸びて来た触手。


 手足の末端が七色のグラデーションに染まって、触手の先がぱっくりと割れると口になり、ビュルビュルと何かを噴き出した。


「あばッ! あばばばばばば!」


 不意打ち。

 一番近くにいたスズメがそれを浴びて、転げまわる。

 少し離れていたニホンヤモリも浴びてしまったようで、尻もちをついていた。


「……全く、面倒なことになりました。まさかこんな展開になるとは。本来なら全員が揃ったところで、一気にケリをつけたかったんですがね。でも、まぁ、良いでしょう。もう、こいつらの技は封じました。スズメは上手く空を飛べない。ニホンヤモリも上手く隠れられない。後は簡単です。走るのが遅いペキニーズと、昼寝ばかりしているアメショーなど、どこに逃げようとも簡単に見つけて食べられそうですからね。ところでヒュウマは良く避けれました。……いつ気づいたんですか?」


 俺は避けていた。

 俺に向かって飛んでは来ていたが、何か来ると思って警戒できた。

 自分でもこんな早く動けるのかとびっくりはしたが、紙一重の差で避けられたのだ。


「……分かったのはついさっきだ。いろいろ思い出して、どう考えても変な事に気づいた」

「へぇ? 何です?」

「ジャパリまんだよ。お前は、ジャパリまんを食べてない。一つもだ」


 そう、ジャパリまんだ。

 どう考えてもおかしいことだった。


「お前以外の奴は、みんなんだよ」

「……それだけですか? ヒュウマの見ていないところで食べていたとは考えなかったんですか?」

「その可能性はもちろんある。だけど、最初に会った時だ。ジャパリまんを欲しがってたお前は『平和的解決を狙った正当な抗議』とか言って、ハッピーを殴ってたろ? ジャパリまんをくれないからって。だから、俺はハッピーに出してもらったジャパリまんを手渡そうとした。でも、でっかいセルリアンが出たせいで渡せなかった。問題はそのすぐ後だ」


 そう、これが無ければここまで違和感を感じなかったかもしれない。

 きっと、俺の見ていないところで食べていたんだなくらいにしか感じなかった。


「その後でハッピーが排出失敗とか言ってぶちまけた沢山のジャパリまんを、お前は食べようとしなかった。あの場で食べなかったのはお前だけだったんだ。それどころか拾おうともしなかった。平静を装ってたアメショーですらこっそり食べてて、『お腹いっぱいになった』とか言ってたのに。お前は平然と見ているだけだったんだ。その時は気にもしなかったけれど、どう考えてもおかしいことだったんだ。欲しがっていたのに、全く手に入れようとしなかった。その後だって、お前は一つもジャパリまんを食べてないんだ」

「なるほど。それは私のミスです。とは言えお見事ですね、ヒュウマ。でも、私がここに来る前に気づくべきでしたよ。情報を共有し、私を迎え撃つべきでした。奇襲を受ければ、いくら私でも倒されてしまうでしょう。私の石はここにありますから」


 キジバトは平坦な声でそう言うと、豊満なおっぱいをグッと手でどかした。

 二つの山の間。谷の中心。その奥。

 ずっと深いところにめり込んだ石の頭頂部と見られるでっぱりが、確かにそこにあった。

 指の先くらいしか見えなかったが、こいつが石と言うなら石なのだろう。

 それは体の中に埋まっているかのような場所で、光をチラチラと反射していた。


「フフ、ヒュウマに胸を触られた時はヒヤヒヤしましたが。まぁ、ここまで奥ならば触るのも難しいでしょう。でも、石がどこかと考えられたら、ここ以外に隠れていそうな場所も無いですからね。一か八かでも狙われたらたまりません」


 言葉の様子はどこか無機質で、不気味でさえあった。

 スズメが叫ぶ。


「な、何なの? キジバトが、セルリアンだって、そんな。き、キジバトは!? 私と、ジャパリパークで仲良しだったキジバトちゃんは……?」

「食べました。何日も前、あなた達がここに来るより少し前です。あなた達よりも早く逃げて来たんですね。一人でいたので襲って食べました。輝きを奪い、コピーして保存しています」

「そんな……」

「安心してください。キジバトの記憶も、生態も、全ては私の中に在ります。安心して私の中で一つになってください。あなた達の後は、ちゃんとペキニーズとアメショーも食べますから」

「あ……あ……」

「逃げられるとは思わないでくださいね? 何のために石を見せたと思いますか? ここで、あなた達を食べると決めたからですよ」


 それでもスズメは飛んで逃げようとした。が、言われていた通り上手く飛べないようだった。

 全身にまとわりついているベトベトのせいだと思う。

 フラフラと浮いたものの、地面に落ちて、よたよたと距離を取ることしか出来ないようだった。


 ニホンヤモリも同様で、逃げながら体の色を変えようとしていたが、こいつも能力が上手く使えないのか、中途半端にしか色が変わっていない。


「さ、させるか! 俺が相手だ!」

「ヒュウマちゃん、何を……!」

「お前らは早く逃げろ! ペキニーズとアメショーに伝えるんだ! 急げ!」


 俺は、キジバトに立ち向かう。

 動物ごときのために、なんてことは今は思わない。

 何よりも俺自身が怒っていた。

 何故だか、本能的に許せない気がした。

 俺は今、こいつを『戦わなければならない相手』だと感じている。


「……あなたで私の相手になりますか? ヒュウマはクソ雑魚ですからね」

「何が何でもぶん殴ってやる! お前、なんでこんなことをするんだよ! こんな、食べるだなんて! そんな酷いことを!」

「私はそう言う存在なのですよ、ヒュウマ」

「何だと?」


 キジバトは、表情一つ変えない。


「私はセルリアンです。輝きを奪う。コピーする。保存する。大昔、誰かがそれを想った。願ったのです。消えていく命の前で。失われるぬくもりの前で。『消えないで』と言う願いが在った。私はそれらの、小さな輝き。小さな願いの欠片です。長い時間をかけて、それが私になった」


 誰だ? 誰がそんなことを言ったんだ?

 ふと、唐突に、脳内で声が再生される。


『あなたは忘れてしまうでしょう』


 頭が痛い。

 だが、ここで頭を抱えているわけにはいかない。


 キジバトが言葉を繰り返している。


「誰かが想ったのです。願ったのです。全ての輝きはやがて消えてしまうと。

それを失ってしまえば、どれほど焦がれようとも戻ることはないと。だから」


 頭の中で、遠い記憶の誰かが語り掛けている。


『本当にありがとう。いつかまた、きっと私たちは出会えるから』


「食べて保存する私は正しい。食べて保存している私が正しい。いずれ消えてしまう命は、終わってしまえば全てが無かったことになる。二度と取り戻すことなど出来ない。でも、保存さえしていれば、ずっと生きていられる。これが永遠です。私たちは命を保存します。これは正しいことなのです」

「違う!」


 間違ってる。

 それは違うのだと、記憶の中の何かが叫んでいる。

 失われてしまった記憶の中の、誰かが。


「命は、無くなってしまうから尊いんだ! 無くなってしまうから大切に出来るんだ! 別れがあっても、いつかまた会えると想って生きていける光だから、俺たちは前を向けるんだ。それを、こんな形で残して、何の意味があるんだ!」

「……残念ですね、ヒュウマ、あなたなら分かってくれると思っていましたが」


 チラリと後ろを気にすると、鳥とトカゲがいない。

 上手く逃げられたようだ。

 俺も逃げなければ、と思う。

 本当は殴ってやりたいが、勝てる気がしない。

 だが、こうもにらみ合っていて逃げ切れるだろうか。


 なんて考える間もなく、ビュルビュルと飛んできた粘液で、俺は動けなくなった。


「く、くそぉぉぉぉぉ!」

「……もう終わりですね」


 絶体絶命だった。

 ジトジトと近寄って来るキジバト。

 俺は、ここで終わるのか?

 こんな場所で。


「俺は、こんなところでお前に食べられるのか……」

「食べる? 


 キジバト……いや、セルリアンがさらにドロドロをかけて来て、変わらない無表情な顔で言った。


「あなたはいらない。。それに、前にも言いました。

「……なんだと?」

「あなたは、言ってみればです。性質はもちろん違いますが……いえ、この話は終わりです。話す時間が惜しい。あなたは、ずっとそこにいればいいんです。さて、あの二匹はペキニーズの後を追ったようですね。同じ場所に集まってくれるなら好都合です」

「ま、待てよ! どういう意味なんだ、それは! くそっ! くそぉぉぉぉぉぉぉ! こんなドロドロ、うッ!」


 キジバトが、ドロドロをさらにかけて来た。

 動けば動くほど重くなる、大量のドロドロだった。

 俺はそのドロドロに埋もれて、全く動けなくなってしまった。

 顔は外に出ている。

 でも、体がまったく動かない。

 そしてセルリアンはキジバトの表情で、ニコッと微笑んだ。


「さようなら、ヒュウマ。動けるようになったら、自分のいるべき場所に帰ると良いです。それでは」


 その言葉を残し、キジバトはペキニーズの走って行った方角へゆっくりと飛んで行った。

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