第31話 名探偵ヒュウマ少女の事件簿

 今、この犬なんて言った?

 、だと?


「ペキニーズ、お前……」

「え? 何?」


 くっ、なんて無邪気な顔をしやがる。

 声をかけてみた物の、何を話せばいいのか。


 そして、ペキニーズは話をするどころじゃないらしい。

 懐からジャパリまんを取り出すと、よだれをだらだら流し始めた。


「うへへ、ふへへへ」

「……お前、そのジャパリまんどうしたんだ?」

「えへへ、実は後で食べようと思って隠してたんだけど、ヒュウマちゃんに会えたから食べちゃうんだ。食べ終わったらまたちょうだいね」


 と、背後で鳥とトカゲが騒ぎ出した。


「あー! ペキニーズ! ジャパリまん、私にもください!」

「私にも!」

「えー? ヤダよ! これは僕のジャパリまんだい!」

「お願いします! お腹が空いて、力が……」


 へなへなとへたり込む二匹。


「……お腹が空いてるのか―。うぬぬー、それじゃあ、しょうがないなー。半分こづつだよ?」


 二つに割って二匹に渡す、犬。

 二匹は奪うようにしてそれをもぎ取った。


「フッフーンと、いただきです!」

「さっそくモグモグしてやりますけど」


 って、二匹がモグモグし始めてから、犬がサッと顔を青ざめて、俺の方を見た。


「ああー! 僕の食べる分がない! 全部あげちゃった! ヒュウマちゃん、ジャパリまんちょうだい! 僕もお腹空いた!」

「今持って無い」

「そ、そんなー!」


 そんな、この世の終わりみたいな顔しなくても……


 いや待て、これはこいつの演技かもしれない。

 この犬の容疑はまだ晴れてないのだ。

 登場の仕方が怪しすぎて、疑わざるを得ない。


 全員集まったんだねーだと?

 わざわざそれを言った意味は何だ?


 ……って言うか、もう、捨て鉢だ。

 推理とかもう、何も浮かばない!

 もう、こいつかアメショーしか容疑者がいないんだ!

 だったらどっちもぶん殴ってやる!


「おい、犬!」

「な、何? どうしたのヒュウマちゃん、なんか顔怖いけど」

「お前、本当にペキニーズか?」

「え?」


 キョトンとする犬。

 ただ、俺の口調のせいか、犬の耳の方が元気をなくして、どこか怯えてる。


 でも、騙されないぞ!

 これも演技かもしれないからな!


「な、何の話なの? ヒュウマちゃん」

「セルリアンが紛れている可能性があるんだ! お前がセルリアンなら、早く白状しちまえよ!」

「な、なんだよ。ヒュウマちゃん、僕は……」

「もう、容疑者は二匹しかいないんだ! お前かアメショーか、どっちかだ! 吐け! お前はセルリアンなんだろ!? 正体を現せ!」


 正直、イライラしていた。

 鳥とトカゲに容疑者扱いされていたこともあって、ムシャクシャしていたんだ。

 今は反省している。


 ペキニーズはシュンッと一瞬だけ身をすくませた後で、本当に悲しそうな顔をした。

 続いて涙がぼろぼろ。


「な、何だか知らないけど、僕とヒュウマちゃんはお友達じゃないの? そんな酷いこと、何で言うんだよ! 僕の事、セルリアンだなんて……セルリアンだなんて……」

「友達だと? 違うに決まってるだろ! 動物なんかと友達になってたまるか!」

「あんまりだよ! 僕は、ヒュウマちゃんの事を友達だと思ってたのに!」


 泣きだし、背を向けて走り出した。


「ど、どこ行きやがるんだ! やっぱりお前がセルリアンか!? セルリアンだから逃げるのか! 待て!」

「アメショーちゃんに言いつけてやるー! ヒュウマちゃんなんて、もう知らないよ!」


 それはマズい。

 もちろん、アメショーがセルリアンだった場合のこともだけど、セルリアンじゃなかった場合も俺がピンチになる。


 ……って言うか冷静に考えたら、俺、最低だ。

 一方的に怪しんで、疑いをぶつけてしまった。


 と、鳥とトカゲの冷たい視線に気づいた俺は、息を詰まらせて二匹の方に振り向く。


「ヒュウマちゃんは最低ですね。何ですか? 今のは? ヒトとか言ってましたが、どこが凄い動物なんですか?」

「全くです。ヒトだか何だか知らないけど、疑うことしかしない動物なんですね。やっぱりヒュウマちゃんがセルリアンなんじゃ……」

「俺は……」


 くそ、俺は、どうしたら良いんだ。

 と、その時、スーッと空から何かが降りて来た。


「でぽ?」


 キジバトだった。


「お前まで……何しに来た?」

「……いえ、ニホンヤモリを探していて。そして、知らない間に全員集まってたんですね、気づきませんでした」


 冷静な顔で周囲を見渡すキジバト。


「ペキニーズはアメショーの方に走って行きましたか。まぁ、それは良いです。でも、これでやっと目的が果たせますね。全員が集まったのなら、もう終わりです」

「お、おう。そうだな。これで全員、帰れる。お前らいい加減にしろ。帰るぞ!」


 セルリアン探しは……もう、この際何でもいい。

 なんか、どっと疲れたよ。もう、終わるなら、何でも良い。

 と、その時、スズメがフンと鼻を鳴らしてキジバトに言った。


「そうはいきません。キジバトちゃん、良いところに来ました。実は話し合わなければいけないことがあるのです。キジバトちゃんはヒトって動物を知ってます?」

「……ええ、知ってますよ」


 何? と思う。


「キジバト、お前、俺とコンビニ行った時には」

「ええ、ヒトの話をヒュウマに聞かされましたね。でも、私がヒトを知らないとは一言も言ってませんが?」

「……何?」


 いや、まぁ、そうだ。

 知らないと思って、俺が勝手にヒトは器用な動物だ、なんて教えてやっただけだ。


「だったら、教えて欲しいのです。ヒトなんて動物、私は知りません。会ったことも、聞いたことも無いです。ヒトって、今はどこに住んでる動物なんですか?」

「ヒトは」


 キジバトは顔色一つ変えずに、言い切った。


「ヒトは絶滅しました」


 何、だと?


 ギョッとした。

 こいつ、何言ってんだ?

 ヒトが絶滅しただなんて、そんな。


 だが、俺もヒトが作ったこの場所で、ヒトを一人も見ていない。

 ゴーストタウン。廃墟の町。

 徘徊する怪物――セルリアン。


 ……ヒトは、絶滅した?


「絶滅したのなら、このヒュウマちゃんはやっぱり怪しくないですか?」

「そう思いますね」

「ジャパリまんもくれませんし、やっぱりヒュウマちゃんがセルリアン……」


 鳥とトカゲが、ひそひそと喋っている。


 と、その時、強烈な違和感がまた襲って来た。

 こんな時だと言うのに、今こそ考えるべきだと心の中で何かが囁いている。

 誰がセルリアンなのか。


 今までの推理は、どこか間違っていたんじゃないか?

 引っかかっているのはやはり『ジャパリまん』だ。


 ジャパリまん。ジャパまん……いや、名前なんてどうでも良い。

 確かに呼び方一つじゃ疑えない。


 名称は、別の引っかかりに過ぎないんだ。

 むしろ、この名称に引っかかってたせいで、気づきにくかったことがある。

 本当におかしな事は、このジャパリまんに関係する部分にあるんだ。


 そう想った瞬間、様々な思い出が、まるで映画のシーンのように脳内で再生された。

 昨日、ヘリコプターから落ちてからの、ジャパリまんに関する記憶。


 ――――――――――


 ザルの罠を仕掛けて捕まえたペキニーズ。

 ジャパリまんを口にくわえながら、叫んでいた。


『ふがー!』


 ハッピービーストを殴るキジバト。


『このでっかいボスがジャパまんを持っているのは空からコッソリ見ていました。あなたと喋るのも。なのに、私が何を言っても返事をしない。私が欲しいと言っても、ジャパまんをくれない。私には何一つとして絶対に渡さないと言う意思を感じました。なので、出してくれるまでこうして抗議しているのです』


 始めて戦ったセルリアン。

 助けてくれたキジバト。


『でぽっ。食べるなら、ジャパまんが一番です』


 その後、排出失敗したとかでばらまかれたジャパリまんを食い散らかすスズメとペキニーズ。


『ジャパリまんがいっぱいだー!』

『ふん! これはもう、私のものです! もぐもぐもぐ!』

『お腹が一杯になったからもう行くねー』 

 あくびをしながら去るアメショー。


 時は進み、都市部に向かった夜。お腹を鳴らした犬。

『セルリアンに追っかけられて逃げたけど、ジャパリまん、持ってなかったから。ここに来てからも探したんだけど、食べ物見つけられなくて……』

 5個も出してやったら、2個も食べやがった。


 翌朝、ジャパリまんを口に咥えて走り去る影。

『にゃっはー! 朝ごはんありがとー!』


 人質になるペキニーズ。

『じゃあ、僕、えと、2個! 2個食べたい!』


 そして、ついさっき。


 カジッとジャパリまんをかじるニホンヤモリ。

『お腹が空いたので』


 ジャパリまんを二つに分けたペキニーズ。

『半分こづつだよ』

 それを食べるスズメとニホンヤモリ。


 ――――――――――


 ……どれだ?

 俺は、何に引っかかっている?

 違和感は、何だ?


 いや、一つじゃない。

 複数だ。

 複数の記憶を合わせれば、答えが見えて来そうだ。


 ……そして。

 まるで、パズルのピースがハマる様にして、謎が解けた。

 多分、間違いない。

 もちろん、この推理は不確かではあるけれど、疑うのに十分な理由になる。


 セルリアンがいるならば、恐らくあいつだ……!

 あいつ以外に考えられない。


 だが、どうやって他の奴に教える?

 これは状況証拠でしかない。

 100%の保証もない。

 また乱暴な推理とか言われるかもしれない。


 だが、ジャパリまんの呼び方で疑うよりも、ずっと信憑性がある。


 ……


 この推理は、上手く出さなければ、また俺が疑われる羽目になる。

 俺は、グッと唇を噛むと、自分の推理を慎重に口にしようとした。

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