第6章 おやすみとおはよう

第16話 乱暴!怒りのおっぱい!

 え? 何で怒ってるの? このおっぱい。

 目の前のおっぱいは敵意丸出しである。

 一体なんだと言うのだろうか。


「聞いてますか、ヒュウマ? 何で私をおっぱいって呼ぶんです? おっぱいって、何なんです?」


 酷い威圧感だった。

 しかし、ペキニーズが呼ぶ『ヒュウマ』の名前を聞いていたのか、勝手に呼びやがる。

 教えてないぞ、お前には。

 それに、全く持って理不尽極まりない。

 目の前におっぱいがあって、それに呼びかけなければならないとしたら、おっぱいと呼ぶ以外になんと呼べば良いと言うのか。


 とは言え、このおっぱいを怒らせたままなのはあまり良くない。

 一応、恩人だし、何よりも今後、セルリアンに襲われた時には、頼りない犬の代わりに戦ってもらわなければならぬ。


 しかし、どうしよう。

 やっぱりなんで怒っているのかわからない。

 もしかして、おっぱいと言う言葉の意味が分かっていなくて、それで苛立っているのか?

 うむ。おっぱいって何です? って言ってたし、間違いないだろう。


「お、おう。おっぱいとはな……」


 だが、これを説明しなければならないと言うのか。

 いや、分かるだろ、そのくらい。 分かってくれよ、そのくらい!

 しかし、なんだ、その、怒っているからなのか、巨大な胸を張って迫られると、こう……ドキドキしてくるな。


 いや、違うぞ! 俺は女だけど、女の子が好きだからじゃなくて、その……

 ええい、話がややこしくなる! こうなったら火に飛び込む勢いで説明してやるぜ!


「説明しよう! おっぱいとは、女の子の胸についている、女の子を象徴する、二つの神秘極まる柔らかい膨らみだ。女の子なら誰でも付いている。そして、君の胸を見てみたまえ!」

「でぽっ?」

「分かっていただけたかね?」

「……良く分かりません。女の子なら誰にでも付いていると聞きましたが、ヒュウマの胸には無いみたいですが?」


 あるよ! 無いとか言うのやめろ! 泣きたくなるだろ!


「俺のは小さいだけです」


 あ、ダメだ、泣きそうだ。

 ち、ちくしょう! でかいからって、こいつ……!

 ふつふつと怒りに変わってく感情。

 ぐぬぬ、もうだめだ、このおっぱいとは仲良く出来ぬ!


「ぐぬぬぬぬ! 人の胸を馬鹿にしやがって! お前なんて大嫌いだ! どこかに行ってしまえ!」

「むっ、良く分かりませんがムカつきました。良いでしょう。私はヒュウマとは別行動です」


 飛んでいくおっぱい。

 フン! せいせいするわ!


「ヒュウマ? なんで喧嘩したの?」

「人の胸を馬鹿にしたからだ!」

「んー……良く分からないけど、またセルリアンのおっきいのが出たらどうする? 僕、正直一人で戦う自信ないなぁ」


 我に返った。

 そうだ。この犬、ぜんぜん役に立たないんだった。


「それに、離れ離れになったら、危ないよ。帰り道にも分からないのに」


 うぐ、そうだった!

 フレンズを集めないといけなかったんだった……!

 だがしかし、もはや後の祭りである。


「ええい、起きてしまった事は仕方がない! とりあえず移動だ。予定通りビルの方に行くぞ!」


 ――そんなわけで、俺と犬、それからハッピービーストは道路に出ると、荒れ果てた道を進んだ。

 途中、セルリアンの気配を犬が察知したので、迂回したりもしたが、例え遠回りしようとも、遠くにビルが見えているので迷いはしなかった。


「だがしかし、夜になってしまったので、今日の移動はここまでだ」


 日が落ち、夕暮れ。

 街頭の明かりがないので、真っ暗になる前になんとかしなくては。

 どこかの建物に侵にゅ……ゲフンゲフン! ちょっとお邪魔して、朝まで休もう。


 そう、野宿も考えたのだけれど、セルリアンとかがウロウロしているんじゃ、外ではちょっと無防備すぎる。

 危険は出来るだけ回避しなければ。


  そんなわけで、コレと決めた無人宅の中を、安全確認と洒落込んで歩き回り、ここは大丈夫だと鍵をかけて一安心した俺は、寝床に決めた部屋で犬と一緒に座り込んだ。

 今日はもう、動けん。

 しかし、犬はお腹をぐーっと鳴らす。


「ヒュウマ、ジャパリまん食べたいよー。お腹空いたー」

「またかよ。なんでそんなに腹空かしてるんだ?」

「だって、しばらく何にも食べてなかったから。お腹空いちゃってさー」

「ん?」

「セルリアンに追っかけられて逃げたけど、ジャパリまん、持ってなかったから。ここに来てからも探したんだけど、食べ物見つけられなくて……」


 なん、だと。


「ハッピー、ジャパリまん出してくれ。5個ぐらい」

「え、5個?」

「いいから持っておけ。好きな時に食べていいからな」

「やったー!」


 跳んで喜ぶペキニーズ。

 ふん。ちょっと同情しただけだ。食い物が無いとか、動物なら辛かったに違いないからな。


 目をキラキラさせてまんじゅうを頬張るペキニーズはペロリと2個食べると、ウトウトと眠り始めた。


「しかし、こうしてみると、ほんと犬だな。人間の形してるけど」


 そして思い出した。

 ペキニーズは、短吻種たんふんしゅ――眼の前縁から口までが短いと言う平らな顔を持っていると言う犬種のため、睡眠時にをかく傾向がある。


「いやいや、でも、フレンズだし。ヒトの形してるし、そんな……」


 嫌な予感がした。そして、それは的中する。


「んごー! んごー! ごごごごー! んごごー!」

「う、うるせー!」


 ばかやろー! 短吻種の顔してないだろ! 今のお前は!

 こんな、いびきをかく習性がそのままなんて、ふざけんな!


「んががー! んごごー! ごごぉー!」


 ぐぐ、こんなんで眠れるか? いや、眠らねばならぬ!

 明日は、今日よりも、もっと大変なはずなのだ。

 スズメとかネコとか捕まえなくてはならないし。


 ……


 俺は目を閉じる。

 とは言え油断は出来ない。

 ペキニーズのいびきは、外までは聞こえてないとは思うけれど、これをセルリアンに察知されて襲われたら、かなり危ない。

 疲労が溜まっている今、襲われたら逃げるのも大変だ。

 外は真っ暗だし、余計に。


 ……


 俺はいつの間にか眠っている。

 自分が眠っていると言う自覚があるというのも辺かもしれないのだけれど、とにかく自覚があった。

 そして、夢を見ている。

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