第9話 ヒュウマ・イン・ザ・ハウス

「うわーん! そんなのやだー!」


 涙声で叫び、ザルに触ろうとして、それでもやっぱりさわれないペキニーズ。

 くっくっく。俺の受けた屈辱の、ほんの一欠けらでも動物に返してやることが出来たぞ。

 さーて、これからどうやって遊んでやろうかなぁ、ぐへへへへへ。


 なんて思ってたのだけれど、一瞬、我に返る。

 今になって不安が襲ってきたのだ。

 何が不安かと言うと、ちょっと騒ぎすぎたかな、なんて。

 だって、ここ、他人の家だし。

 勝手に納屋に入って、ザルとか棒とか持ち出したのもそうなんだけど、さ。


 そーっと、ベランダと屋根の方に目を向ける。


 うん。不可抗力とは言え、壊しちゃったんだよなぁ。

 しかも、今いるこの場所、家の庭だし。

 百歩譲ってベランダと屋根の件を不問にしてもらっても、今の俺は勝手に敷地内に入ってギャーギャー騒いでいる形になっているからなぁ。


 ……怒られるかもしれない。


 これは早急に謝りに行ったほうが良いな。

 なんて考えていたら、ハッピービーストが急に話しかけてきた。


「ヒュウマ。ちょっと聞いて欲しいんだ」

「なんだ? 犬をイジメてるみたいでかっこ悪いとか言うなら聞かんぞ? 第一、お楽しみはまだまだこれから……と言うか、後にしてよ。ちょっとこの家の人に挨拶してくるから。怒られる前に」

「ヒュウマ」


 ハッピービーストがなおも食い下がろうとする。

 だけど、構ってられないのだ。


「……わざとじゃないし謝れば分かってくれるよね?」


 そんな独り言を口にしながら家の勝手口、庭に面している家の入り口から中に入る。

 住人に出くわしたらその瞬間に怒られるのでは? と思ったのだけれど、庭の出口がそこしかなかったのだから仕方が無い。


 いや、本当は隣の家との間みたいな感じの通路があるのだけれど、何やらボコボコした良く分からない物が大量に置いてあって、通るのが大変そうなのだ。

 機械の破片的な、ちょっと危なそうなものもあるし。

 さっきのアメショー並みの身体能力ならササッと歩いて出て行けるんだろうけど、俺にはちょっと無理だ。

 怪我してもやだしね。

 うん。一応、声がけとノックもしたけど反応が無かったし、これは仕方が無い。


 しかし、家の中を歩いて見たが、どうやら空き家のようである。

 たまたま留守にしている、と言うことでもなさそうだ。

 何故ならば、家の中の様子――床に積もった埃の量、建材の劣化、長く使った形跡の無い家具などを見ると、人が住んでるとは思えない。

 目に付いた電話の受話器を耳に当ててみたが、どうやら電話も不通のようだ。

 と言うか、電気が来ているかも怪しい。


「誰も住んでないんじゃ、しょうがないよな。……ん? なんだこれ。」


 壁にかかっている上着に見覚えがあった。

 と言うか、俺が着ている服と一緒だった。

 左肩に『の』と描かれた刺繍。背中にも、今度はゼッケンのようにでっかくプリントしてある。

 『の』。

 実際は『の』と言うひらがなの字に、犬の耳のようなものを書き加えたデザインなのだが、それにしても俺と一緒の服が目の前にあるのが不思議だ。


 これはなんなんだ?

 俺は、服を着た記憶は無い。

 目覚めて拘束されていた時、すでにこの服は着ていたのだ。


 いや、まぁ良い。

 今着ているのはハッピービーストがたまたま俺に着せたのかもしれないし。

 一緒の服があったからって、まぁ珍しいかもしれないけれど、良くあることだ。

 俺は気を取り直して、家の中をさらに歩くことにした。


 ……


 うん。家が思ってたより広い。

 部屋の数やら二階への階段やらを見ると、ちょっとした宿泊施設のようだ。

 とは言え、そう言った商業の気配はあまり感じないのだけれど。

 と、キッチンを覗いてみると食器の数が意外と多い。

 なるほど。少なくない人数がこの家で生活していたのが分かった。

 シェアハウス?


 ……頭が痛い。

 なぜかキーンと耳鳴りのような不快な感覚が俺を襲っている。


 なんだか知らないけれど胸騒ぎがした。

 家の中はギシリギシリと歩くたびに音がしている。

 なんだ? この胸のざわめきは?

 何か思い出しそうだ。


 だが、分からない。

 頭痛はそれほど酷いものでは無いのだけれど、重く、鈍く俺の思考の回転を遅くしている。


 ……そうだ、玄関を開けて、外を見てみよう。

 そうしたら何かに気づくかもしれない。

 俺ははやる心を抑えながら、錆付いた玄関を開ける。


 すると、外には信じられないような光景が広がっていた。

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