第10話 サイレント・昼

 ひび割れたアスファルトの道路。

 路肩に止まっている錆だらけの車。

 手入れのされていない街路樹は好き放題に枝を伸ばし、倒れた電信柱が道を塞いでいるのが遠くに見えた。


「なんだよ、これ」


 さらには静寂である。

 ここは町のようだけれど、それにしても音がなさ過ぎるのだ。

 人の声はおろか、気配も無い。

 あるのは風の音と、木々のざわめきだけなのだ。

 目に見える範囲に大通りがあるのだけれど、通行人も誰もいない。

 車のエンジンも聞こえない。


「なんだよ、これ!」


 もう一度同じ言葉を言ってしまった。

 だが、それでその問いの答えが分かるはずも無い。

 そして何処を見ても、やっぱり人影が無いのだ。


「家があるのに、なんで誰もいないんだよ。一軒二軒じゃないぞ? こんな、住宅地みたいな場所なのに、本当に誰もいないのか? 町なのに、人が一人も? そんなバカな!」


 嘘だと思い、走った。

 でも、聞こえるのは自分の足音だけだった。


「すいません! 誰かいませんか?」


 目に付いた家のドアを叩く。

 ドアチャイムはそもそも反応している様子が無い。

 俺は3軒回ったところであきらめると、もと来た道をとぼとぼと歩いて引き返した。


 ……ゴーストタウンだ。

 この町は死んでしまっている。

 建物は良く見れば劣化が激しく、どの家を見ても壁に亀裂が入っている。

 アスファルトも同様にひび割れ、雑草がところどころに群生し、自然へと還る人工物の在り様を見せ付けていた。


 ここはどこなんだ?

 一体何が起きたんだ? どれくらいの時間が経てば、町がこういう景色になるんだ?

 遠くにビルの群れが見えるけれど、あの場所もそうなのだろうか。

 違う方角には観覧車も見える。

 ただ、今はそこまで行く気力がどうしても湧かない。


 俺は何を忘れている?

 ハッピービーストは俺を起こすのに失敗したと言った。

 失敗って何だ? そんなんで、どうして記憶が抜け落ちてるんだ?


 ……そうだ、ハッピービーストなら何か知っているのかもしれない。

 そう思った俺は急いで元いた庭に戻った。


 が、来たルートを引き返して庭に出た瞬間、ハッピービーストの上に女の子が跨っていたので俺は驚愕した。

 それも乗っているだけではない。

 ぼこぼこ殴っているのだ。


「えいっ! えいっ!」

「な、何をしてるだー!?」


 思わず叫びながら近寄ったが、女の子はこちらを一瞥すると、再び暴力を再開した。


「ちょ、止めろ! ただでさえポンコツなのに、壊れちまうだろ!?」

「でぽっ!? 何をするんです!?」

「いや、だから、それはこっちの台詞だ!」

「止めないでください!」


 意味が分からない。でぽっ?

 こいつもフレンズか?

 と、次の瞬間。

 フレンズらしき女の子が空に飛び上がり、上昇すると一気に急降下。

 飛んだ!? と、驚く間もなく、強烈な蹴りをハッピービーストに食らわしていた。


「だ、だから止めろって言ってんだろ! そいつに何の恨みがあるんだ!?」

「恨みはありません。これは平和的解決を狙った正当な抗議なのです」

「なん、だと。」

「このでっかいボスがジャパまんを持っているのは空からコッソリ見ていました。あなたと喋るのも。なのに、私が何を言っても返事をしない。私が欲しいと言っても、ジャパまんをくれない。私には何一つとして絶対に渡さないと言う意思を感じました。なので、出してくれるまでこうして抗議しているのです」


 ……頭が痛くなってきた。

 何? フレンズってみんなこうなの?

 こいつ、何のフレンズだ?

 と言うか今気づいたけど、なんだよ、そのの大きさは!?


 俺はついさっき、強烈なインパクトのある光景を見てきた。

 ゴーストタウン。精神的に酷くつらいものがこみ上げてくる光景だ。

 だが、それらを吹っ飛ばすほどのがここにある。

 まるで爆弾だった。

 持ち主の動きとともにブルンと暴れまわるは、破壊と殺戮を生み出す、凶悪な武器にしか見えない。

 しかも二つもついているのだ。


 こんなものを目にしては正気を失ってしまう。

 いや、俺は女だけれど、それでも思わずたじろいでしまう程それらは強烈なのだ。

 圧倒的な存在感。

 そう、彼女の胸は豊満であった。


 ……牛か!? 乳牛のフレンズなのか!?

 でも、コイツ、空を飛んだよな!? 牛じゃないぞ。じゃあ、なんだ?

 俺がまだ拘束されている時――アメショーの後に現れて俺を見捨てた、屋根の上に居た二人のフレンズの、遠くに居た方だと思うけど。

 しかし、とりあえず止めないと。これ以上見てられない。


「分かった! 分かったから待て! ジャパリまんなら俺が出してもらうように頼むから、それ以上そいつを殴らないでくれ!」

「それなら安心です」


 ……こいつ。なんて危ない奴なんだ。


「ハッピー、ジャパリまん頼む」


 ハッピービーストが無言で体の中からジャパリまんを取り出した。

 お、おう。喋りたくないのは俺でも分かるよ。こんな目に遭ったんだからな。

 しかし、俺がそのジャパリまんを手に取って、おっぱいお化けのフレンズに渡そうとした、まさにその時、ザルの中の犬が鼻を鳴らして声を上げた。


「ヒュウマ! 大変だ!」

「呼び捨てにしてんじゃねー! と言うか、忘れてた! お前、いたんならこいつを止めてくれよ!」

「止めたよ! でも、僕は閉じ込められて出られないし。って、今はそんなこと話している場合じゃない! 嫌な感じがするんだ! 多分、が来る! 食べられちゃうよ!」


 セルリアン?


 と、そう思ったその時、庭の塀――壁の向こう側で何かが動く気配がした。

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