第39話 彼方のジャパリパ

 バスが加速し、ビルの群れが遠ざかる。


 やがて人工物らしき建築物は姿を消していき、後は、道路と、広大な自然の景色がバスの外を流れ始めた。


 曲がりくねった道。

 道路はお世辞にも状態が良いとは言えず、走行状態はガタガタで酷く揺れたけれど、それでも科学文明の発明品、バスは俺たちを町から遠ざけて行く。


 ビル群はもう、遠くて薄っすらとしていて……


 思えば色んなことがあった。

 拘束されてたり、ヘリから落ちたり、地面に刺さったまま弄ばれたり……って、言葉にすると、ほんとろくでもないな!


 出会いもあった。

 フレンズ。ハッピービースト。セルリアン。


 そして、最後に思うのは、やはりキジバトのことだった。

 あんな場所で、たった一人で、迷い込んだ動物を食べて、そうしてずっと生きていた。

 自分は、そう言う生き物なのだと。


 俺は、キジバトに渡されたぬいぐるみを、ギュッと握り締める。


『あなたは、言ってみればです』


 同類?


 俺は、いったい何なのだろう。

 と言うか、俺は……誰なんだ?

 名前はヒュウマと言うらしい。

 だが、結局はそれしか分からないし、それだってハッピービーストからそう聞いただけだ。


 俺は……


「ヒュウマちゃん。大丈夫?」


 話しかけて来たのはアメショーだった。


「あ、ああ。なんとか。みんなに怪我はないか?」

「多分、大丈夫。ヒュウマちゃんは怪我は?」


 言われて気づいた。

 俺の体はもう、ぼろぼろだ。

 ニホンヤモリとペキニーズを担いで投げたからか、左肩から下が痺れて動かない。


「別に大したことない」


 俺はそう言うと、外の景色を見ていた。

 どうも元気が出ない。 


 なんて、そうしている内にニホンヤモリも、ペキニーズも起きて、スズメも起きて騒ぎ出したから、ゆっくり何かを考えていることも出来なかったけれど。


「すごーい!」

「はやーい!」

「勝手に動いてるぞ!」

「ヒュウマちゃん! お腹すいたー!」

「私もー! ヒュウマちゃん! 早くでっかいボスからジャパリまん!」


 ペキニーズの声を機に、他のフレンズもいっせいに空腹を訴え始める。


 ぎゃーぎゃーうるせえ奴らだぜ。

 本当に。


 俺は座席の横で、ほとんど壊れかけてるハッピービーストからジャパリまんを取り出すと、配った。


「しかし、でっかいボス、な。で、こっちはちっちゃいボス、と」


 座席に座っているのは、ハッピービーストを膝の上に乗せられるくらい小さくした、青色のメカ。

 多分、これがボスなんだろう。


 こいつらも、いったい何者なんだろうか。

 誰が作ったんだろうか。


 ……

 …………ええい、そんなのはどうでも良い。

 分からないことは、いくら考えてても分からないんだ!

 俺は疲れた。寝る!


 座席の一つに座り込むと、俺は目を閉じた。


 ……

 …………


 それから、何日か過ぎた。


 ジャパリパークまで着いたなら、そこで旅は終わりなのだけれど、それでも、アメショー達が強引に、次の目的地を決めて、俺を色んな所に連れて行った。

 ボス……ちっちゃいハッピービーストも、無言で次の目的地にバスを運転して、ゆっくりとジャパリパークの中を走った。


 そう、俺は勘違いしていたのだ。

 あの町も含めて、今いる場所の全てがジャパリパークという名前の土地らしい。


「こんな長旅するとは思わなかったなぁ」


 一人呟いたけれど、それでも旅は終わらない。

 ジャパリパークにはいろんなフレンズがいて、色んな場所があった。


 ロッジとか言う、宿泊施設。

 でっかい木が生えた図書館。

 ゴンドラがいくつか欠けた観覧車のある、遊園地。

 戦国時代の城をモチーフにしたらしき、アトラクション施設もあった。


 どこも人がいた名残りがありつつも、ところどころ老朽化していたりしていて、それを見るたびに、俺はフラッシュバックに悩まされていく。


 フレンズも作家気取りの奴だったり、探偵っぽく振舞っていたり、博士とか助手とかって名乗ってる奴もいた。

 アイドルの真似事をしてる奴までいたのは驚いたけれど、どいつもうさんくさかったり、ポンコツだったりで、色んな楽しい奴ばかりでどこに行っても楽しかった。


 ……本当に、楽しかった。


 いろんな場所を、気の合う仲間たちと旅して、仲の良い奴が増えて行く。

 例え、それが大嫌いな動物だったとしても。

 一緒に、メロディだけの歌を歌って、バスはどこまでも走って。


 ……フレンズから聞いたのだが、少し前。

 かばんを背負ったが一人、このジャパリパークをフレンズとバスで駆け回り、たくさんの冒険をした後で外に出て行ったらしい。


 ヒトは、確かにいた。

 今も生きているはずだ。

 絶滅なんかしていない。

 一体どこに行ってしまったのかはわからないけれど、かばんを背負ったその人も、他の人間たちの行方を探しに行ったのだろうか。


 それにしても、人間たちはたくさんのロボットと動物たちを置いて、どこに行ってしまったのだろう。


 ヒトの痕跡を残し、たくさんの施設を放棄して、いったいどこへ? 何故?


 ……いや、それを考えても仕方がない。

 それがわかったところで、どうすることも出来ないし、今の俺にとってはそんなこと、どうでも良い。


『帰る』時間が来たのだ。


 別れの時間は刻一刻と近づいていた。


 ……


 バスはようやく、走るのをやめた。

 長かったジャパリパークの旅は、もう終わり。


 アメショー達は、俺が教えた歌を歌いながら、外で寝っ転がって、笑っていた。


「みんな、ありがとな。楽しかったぜ」

「私も楽しかったよ。ヒュウマちゃん」


 アメショーがもじもじしながら続ける。


「あのね。ヒュウマちゃん、良かったら、私たちと一緒に暮らそうよ」


 誰かが言うと思っていた。

 こいつら、動物だもんな。

 その言葉は、嘘のない、ありのままの気持ちなんだろう。

 だが、俺の返事は決まっていた。


「悪いんだけどアメショー、それは出来ないんだ。帰らなくちゃいけない場所を思い出したから。俺は行かなくちゃならない」


 旅をしている間に、いろいろ思い出したことがある。

 全部が全部じゃないけれど、多分、わかってしまった。


 俺が、誰なのか。

 俺が一体何なのか。


 俺の導き出した答えが確かなら、俺はこいつらと一緒にはいられない。


「残念だなぁ。ヒュウマちゃんと一緒なら、毎日絶対楽しいのに」

「そうだな。でも、ペキニーズ。お前なら、俺がいなくても楽しくやっていけるって」

「そうは言うけど」


 ニホンヤモリが口を挟んでくる。


「私だって、寂しいです。思い出したら、悲しくなるかも」

「……悪い」

「謝ってばっかりで、何なんですか? 気持ちわるーい」

「スズメはうっせえなぁ。最後くらい、良い気分で別れさせろって」


 俺はにっこりと笑った。


「これが最後じゃない。俺とは、いつかまた会えるからな。その時は、一緒にもっと、色んな所に行こう」

「うん。また、いろんなところに行こうね。冒険だよ。歌も歌って、きっと楽しいから」

「そうだな。じゃあ、またな」

「またね、ヒュウマちゃん」


 俺はバスに乗る。

 バスの外で、あいつら動物が、必死に泣かないように歌を歌っていた。


 さよならの歌。


「元気でなー!」


 俺は窓から顔を出して叫ぶ。

 バスは一気に走って、あいつらはどんどん小さくなっていった。


 ――――――――――


 やがてバスは到着する。

 そこはジャパリパークの僻地、何らかの施設の跡地のような場所で、半壊したヘリコプターが転がっていたりで、破壊の痕跡があった。


 大きなひらがなの『の』に耳が生えたようなマークが描かれた建物は、巨大な何かに体当たりでもされたかのように崩れている。


 ハッピービーストがピピピッと通信機器を光らせると、地面が開いて地下への入り口が現れた。

 どうやら車庫らしい。

 バスが、ゆっくりとそこに収納されていく。


 すでに降りている俺とハッピービーストは、半壊している建物のドアを開けるとその中に入った。


「……」

『……』


 俺も、ハッピーも一言もしゃべらない。

 細かい瓦礫と埃だらけの広間を抜け、通路を通る。

 ドアの中には降り階段があり、俺達はゆっくりとその階段を降りて行った。

 ハッピービーストが、のしりのしりと、慎重に一段一段降りて、俺の後ろをついて来る。


 やがて俺たちは階段を降り終え、いくつかの厳重なドアを開けて通路を進むと、最後のドアを開けた。

 最後の部屋。

 広い部屋で、いくつかの、大きな台が置いてある。

 台に接続されて地面を這う太いコード。

 壁には今も生きている何らかの機械が、チカチカと言う音を発していた。


「着いたな、ハッピー」


 ハッピービーストが目を発光させる。

 首輪の様な通信機器も、ピッピッと何やら光っていた。


『どうやら思い出せたようだね、ヒュウマ。君が、いったい何者なのか』


 ――またフラッシュバックだ。

 俺に語り掛けて来る、誰か。


 ……

 いや、これは違う。

 今までもフラッシュバックは何度もあったが、今では分かる。

 聞こえて来た声は、フラッシュバックだけじゃなかったのだと。

 少なくとも、俺を『君』と呼んでいるこの声の主は、俺のすぐそばにずっといた。

 本当に、すぐ、近くに。


 俺は、キジバトからもらったぬいぐるみを取り出すと、ギュッと抱きしめた。


「思い出した。でも、全部じゃない。だけど、この場所もだいたい覚えていた通りだったから、多分、間違いないんじゃないかと思う。俺は……」

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