第38話 セルリアンズ

「ど、どうしよう、ヒュウマちゃん」


 ペキニーズが後ずさりながら俺を見る。

 どうするったって、そんなの俺が知りたい。


 セルリアンのサイズは大中小と、バラエティに富んでいた。

 一番デカい奴は空き家で遭遇した奴くらい――二階建ての屋根より少し低かったから、頭の上まで5mくらいありそうだ。

 こいつ一体だけならアメショー達が集団でボコボコにすれば何とかなりそうな気もするが、やっかいな事に、他のセルリアンが多い。

 中型――ハッピービーストくらいの大きさの奴が、7体か、8体。

 それより小さい奴は数えたくないくらい大量にいる。


「く、くそ」


 考えなければ。

 セルリアン達は襲い掛かる機会をうかがっているのか、でかい目玉をこちらに向けている。

 一秒も無駄には出来ない。

 何をきっかけに襲ってくるのか分からないが、一斉に襲い掛かってきたらとてもじゃないがもちそうにない。


 どうする?


 囲いを走って突破しようにしても、こっちにはハッピービーストがいる。

 あのポンコツ、きっとついて来れない。

 俺達だけで突破できても、あいつだけ取り残されるんじゃないかと思う。

 そうなればセルリアンに壊されるかもしれない。


「ガガガ、ピー」

「ど、どうしよう、ヒュウマちゃん。でっかいボスの調子がおかしい」


 ニホンヤモリが、目を点滅させているハッピーに手で触れていた。

 くそ、次から次へとなんだ?


「大丈夫なのかよ、ハッピー」


 ハッピーはノイズのかかった声で「ヒュウマ」と言うとまた黙った。

 通信機器的な部品は、まだチカチカと光っているので、引き続きバスを呼んでくれているのだとは思うが……


「ヒュウマちゃん」


 その時、声を出したのは、アメショーだった。


「大丈夫だよ。こんなの全部やっつけて、みんなでジャパリパークへ帰ろう」


 本当に大丈夫なのかよと言葉にしかけて、アメショーの肩が震えていることに気づいた。


 空からも声が降って来る。

 壁からも。


 スズメとニホンヤモリだ。


「まぁ、私たちだっていますし、みんなで頑張れば……」

「お前らは隠れたり、飛んで逃げたりできるぞ?」


 俺が言うと、スズメはピーチクパーチク怒りはじめた。


「嫌ですし! みんなと、一緒に帰るんだもん! みんなで戦えば、なんとかなりますし!」


 ペキニーズも「うー」っと唸り声を上げて、セルリアンに対して威嚇している。

 お前はあんまり役に立たないからジッとしてろ。

 しかし……


「全く、バカ野郎どもめ」


 だから動物は嫌いなんだ。

 仲良くなったからって、死んだらそれで終わりなのに。

 もう、会えなくなるのに。


 ……


 だが、もはや考え事をしている時間は無い。

 セルリアン達が、ついに動き出したのだ。

 最初は小さなセルリアンの群れがぞわぞわと押し寄せて、アメショー達が迎撃に出た。


「き、来たー!」

「行くよ、みんなー!」

「でっかいボスは後ろに逃げて!」

「……ちくしょう! もう、やぶれかぶれだー!」


 俺も、鉄パイプを掲げて突撃した。

 少し歪んでいるけれど、ギラッと光る、俺の武器。

 握り締めて、振り上げて、振り下ろす。


 目標はセルリアンの石だ。

 小型セルリアンの石は、握りこぶしより少し大きいくらいしか無くて、俺自身も、そうそう狙ったところに振り下ろせるものでは無いのは分かってる。


 だから、多分まぐれなんだろう。

 当たり所が良かったのか、殴ったセルリアンがパッカーンと爆裂した。


「う、うおおおおおお!」


 俺は鉄パイプをとにかく振り回した。

 倒せるなんて考えない。むしろ、倒さなくていい。

 とりあえず、近づかれないように、ぶんぶん!


 そして、セルリアンの数はみるみる減っていった。

 狙ってやったわけでは無いけれど、どうやら俺は体のいい囮になったらしい。

 派手に叫んで振り回している俺の周囲にセルリアン共は群がり始めたのだけれど、それを一枚一枚剥がすように、アメショー達が攻撃していったのだ。


「ヒュウマちゃん!」

「ヒュウマちゃんを助けろ!」


 もちろん、一番すごかったのはアメショーだ。


 石ごとセルリアンを爪で破壊し、反撃に転じたセルリアンの体当たりは素早く避けて当たらない。

 飛び掛かって、ぶん殴って、怒涛の勢いで俺を囲んでいるセルリアン達を、あっと言う間に蹴散らしていた。


 獅子奮迅と言って良いのか、とんでもない戦い様だ。

 獅子と言うか、こいつはライオンじゃなくてアメリカンショートヘアーだけれど、それでも、ライオン並みに強いとすら感じてしまう。


 ニホンヤモリはトリッキーに、隠れたり、奇襲したり……これも見事だった。

 スズメは一撃離脱の戦い方で……ならカッコよかったんだけど、最初に降下しながら攻撃した後、なんか地面でバタバタセルリアン相手に暴れて、それから空に飛びあがる。


 なんか泥臭いな、こいつ、なんて思いつつ、そうも言ってられなくなった。

 一連の戦いで小型の数は大分減ったけれど、中サイズが突撃してきたのだ。


 場は混戦の流れとなって、俺も振り回してばかりもいられなくなって、走った。

 走りながら引き付けて、追いかけて来たセルリアンがアメショー達に倒される。


 何とか、戦えてる。

 もしかして、このまま上手くいけば、生きて脱出することもできるんじゃないかって、そう思ったけれど、それでも限界はやって来た。


「く、くそー。お腹空いて、力が……」


 最初に、地面に膝をつけたのはペキニーズだった。


「ペキニーズ! くそ、ニホンヤモリも」


 ヤモリも疲れたのか、体の色もまだら模様になっていて、肩で息をしながらよろっとよろけると地面に倒れ込んだ

 スズメが、小型のセルリアンに飛びつかれて地面に落ちる。


「ひぃぃぃぃぃ!」


 バタバタ暴れて、セルリアンから逃げ出したけれど、もう、飛ぶことも出来ないみたいで、よたよたと歩くと、転んだ。


 アメショーは……!


「にゃにゃにゃにゃにゃ、にゃー!」


 中型のセルリアンを石ごとぶん殴って、倒していたところだった。


 だが、それが最後だった。

 酷く疲れた様子でへなへなと座り込んで、そこに小型セルリアンの体当たりが炸裂していた。

 とっさの反撃でセルリアンをパッカーンとやっつけたアメショーだったが、それで力尽きたのか倒れ込んでしまう。


「う、ううー……」


 動ける奴がもう、一人もいない。

 敵の数が減ったので、逃げることもできるかもしれないけれど、こいつらに逃げる体力が残っていない。


 このままじゃマズい。


 中型セルリアンはアメショーが倒した奴で最後らしいが、小型は何匹か残っているし、何よりも一番デカい奴が、様子を見ていたのかこっちに来てもいないので無傷なのだ。

 あいつが動き出したら、終わる。


「く、くそ……! みんな」


 残っている小型セルリアンが、ゆっくりと倒れてるみんなを食べようと、動き出した。


 このままじゃマズい。

 でも、俺ももう、体が動かない。


 ……正直、もう疲れた。

 体中がギシギシ言ってるし、鉄パイプを握る手にも、あまり力が入らない。

 もう、ダメだと思った。

 ここでみんな死ぬんだと、そう思った。


 セルリアンに食べられて、みんな……


 と、その時、声が聞こえた気がした。


『ヒュウマちゃん。あきらめちゃだめだよ! がんばって! 私も、ヒュウマちゃんと、ずっと一緒にいるから』


 記憶のフラッシュバック。

 それが誰なのかは、今の俺には分からない。

 思い出せない。


 だけど、それは一つじゃなかった。


『ここで死んじゃだめ。みんなを、助けてあげて』


 幻覚みたいなものが見えた。

 俺の周囲に、小さな動物たち。大きな動物たち。

 そして、たくさんの人間たち。

 知らない顔の命たち。


 多分、俺の失われた記憶の中にある、俺が触れたことのある命たちだ。

 思い出せなくても、どこか懐かしい。

 ハッキリとしたことは何も思い出せないけれど、かつて俺が大切だと思った命達だと言うことが実感として分かった。


 そいつらに混ざって、一つ。

 あの「でぽっ」とおどけた、憎たらしい仕草をする奴がいる。


 会えない。触れられない。声も聞けない。

 でも、ふとした時にいつでも会える。声も聴ける。

 大変な時は……立ち向かうだけの力もくれる。


 俺は肩に「の」と言うマークがされた上着。ポケットに入れていたぬいぐるみを取り出した。


「キジバト……俺に、力を貸してくれ」


 俺は鉄パイプを握り締めた。

 後退していたハッピービーストが、ピカピカと点滅して俺を見ている。


 俺は思った。


 ここでこいつらを助けられるなら、俺の体なんて壊れたって良い。

 ここで死んだって、かまわない。


『本当に?』


 また、誰かの声が頭の中に響いた。


『本当にそう思うのなら、やってみれば良いよ。君が心からそう想うのならば。願うのならば。君の、隠されている本当の力を使うべきだ』


 その声を聞いた途端、謎の力が湧いて来た。

 動ける。戦える。

 そう言った感覚が体の中に生まれている。


 視界がクリアになって、視野がグッと広がった。

 今、一番先に助けなければならないフレンズ。

 倒さなければならない敵。


「ヒュウマちゃん?」


 顔を上げたアメショーが、俺を不思議な顔で見ていた。


「絶対に、助ける。誰も、死なせない。例え、俺が死んでも」


 俺はつぶやくと、セルリアンに伸し掛かられていたペキニーズに向かって走り出した。

 上着がバタバタと、マントのようにはためいて、風の中で踊る。

 そして……自分が、こんなに速く走れたのかと、驚いた。

 でも、不思議と自分にはこれが元々の力――当たり前に出来るものだと言う感覚があった。


 大きく振りかぶった鉄パイプが、唸りを上げてセルリアンの石を破壊する。


 一つ。


 殴った反動で身をひるがえし、俺の攻撃の隙を狙っていたもう一匹の石も破壊する。


 二つ。


 後ろに飛んだ。

 ニホンヤモリにトドメの一撃を喰らわそうとしていたセルリアンの頭を掴んで、石に鉄パイプを突き刺した。


 三つ。


 光りながら消えるセルリアンを振り払って、鉄パイプを投げる。

 投げた鉄パイプは、スズメの近くにいたセルリアンの石に直撃した。


 四つ。


 残りの小型セルリアンは一匹。

 スズメの近く、投げた鉄パイプで倒したセルリアンの近く――

 俺は近くにあった小石を拾うと、振りかぶって投げた。

 投げると同時に俺は走る。

 飛んで行った小石は、鉄パイプの近くにいたセルリアンを怯ませて、俺がそれを拾うための一瞬の隙を作った。


 俺は全力疾走のまま鉄パイプを拾うと体を捻る。

 振り返りざまの一撃をセルリアンに放った。

 石が砕ける音が響く。


 五つ。


「小型は、これで最後!」

「すっ、すごい」


 むくりと顔を上げたペキニーズが、俺を見てそう言った。

 もちろん、俺も驚いている。


 ……俺は、いったい、何だ?

 どうしてこんなことが出来る?

 意味が分からない。

 何で、俺は。


『あなたは、言ってみればです』


 キジバトの言葉が蘇って来て、頭がふらついた。

 だが、ゆっくり考え事をしている時間は無い。


 ついに、最後の一匹――大型セルリアンが動き出したのだ。

 大きな足音を響かせながら、一歩、こちらに向けて歩きだしていた。


「ヒュウマちゃん! 何か来た!」

「分かってるよ! うるせぇ! ……ん?」


 何か来た。

 大型セルリアンのいる場所ではなく、俺達が見ていなかった通りの向こう。


 俺の記憶の中にある、大型の民間人員輸送車。

 バスだ。


「ヒュウマちゃん! 何あれ!」

「バスだよ! 迎えだ! みんな走れ! 乗るんだ!」

「乗る?」


 バスを知らないのか、こいつら……!

 と思ったけど、動物だから知らなくったって不思議じゃないかとも思う。


「良いからあの開いてる入り口から中に入れ! それで助かる!」


 正直、あの大型を俺が倒すのは無理だ。

 いくら謎パワーで俺が強くなったところで、とてもじゃないが俺一人で相手に出来るとは思えない。


 だから、時間稼ぎしか出来ない。


「ヒュウマちゃん!」


 バスがすぐ近くまで来て、ハッピービーストが乗り込んだ。

 俺は倒れ込んでいるニホンヤモリとペキニーズを抱えると、バスまで走って、開いていたドアに向かって二匹をぶん投げる。


 大型のセルリアンが、歩くスピードを速めてバスに迫り来る。

 俺は、振り返ると、大型セルリアンを睨みつけた。


 一足先に乗り込んでいたアメショーとスズメが叫んだ。


「ヒュウマちゃんも早く入って!」

「このままじゃ追いつかれる! 俺に構うな! 行け!」

「ダメだよ! ヒュウマちゃん!」


 だが、一瞬。

 どこか遠くで爆発の様な音がした。


 セルリアンの動きが止まる。


 何が起きたと音の聞こえた方向を見た。

 ビルの遥か向こう、遠くにうっすらと見える山が、何かキラキラとしたものを噴出させていた。

 いままで、山があったことにも気づかなかったけれど、とにかく、あれは山だ。

 何か巨大な、角ばったシルエットが山頂付近で震えていて、何度も爆発の音を響かせて、キラキラ光る細かい物をてっぺんから噴き出させていた。

 火山の噴火にも思える。

 そして、空からキラキラした何かが降って来たのはすぐだった。


「ヒュウマちゃん! 今のうちだよ! 早く!」

「あ、ああ!」


 俺はバスまで走ると、乗り込んだ。

 バスは、降ってきたキラキラに気を取られている大型セルリアンをそこに置いて、走り出した。

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