第12章 さよならのうた 下

第37話 真・フレンズ無双

 セルリアンが光になってしまった後、俺は立ち上がることが出来なくなっていた。

 空は信じられないくらい青いのに、陽の光は廃墟のビルに遮られてこの場所を照らしてはくれない。


 ……あのバカ。

 言いたいことばかりを言って消えやがって。

 勝手すぎるだろうが。


 風が冷たい。

 まだグスグスと泣いているペキニーズの声だけが聞こえている。 


 くそ、あまりにも喪失感が大きすぎる。

 いつもこうだ。

 みんな、俺を置いていってしまう。


「何でだよ。何でいつもこうなるんだ」


 ……


 呟いてから、自分が何を言ったのかを思い返して混乱した。

 俺は今、何を言った?


「何でいつも、だと? 俺は……俺は、何を」


 頭痛が始まった。

 瞬間、目の前が真っ白になって、ここではないどこかの景色が頭に浮かんできた。


 俺の知らない場所。薄暗い建物の中。

 白い布がかけられた動物が近くのテーブルの上にいる。

 布から出た尻尾。種類は分からない。


 そして、周囲にいる俺の知らない人達。

 服装は裾の長い白衣を着ている者が複数。

 それから俺が着ているのと同じ、肩に装飾された「の」と書かれたジャケット。


 ……記憶のフラッシュバックだ。

 どこか遠い場所の、遠い記憶が呼び覚まされようとしている。


 沈黙を破ったのは、俺の声をした誰かの言葉だった。


『俺は絶対に忘れないよ。何があったって忘れるもんか』

『そうね。あなたは○○〇〇だものね』


 音にノイズが走っている。良く聞きとれない。

 誰だ?


 お前は誰なんだ?

 俺は、誰なんだ?


『何でいつもこうなるんだ! 助けてよ! 俺はもう、こんなのいやだ! いつかきっと会えるなんて嘘だろ? 死んだら終わりじゃないか!』


 俺は……俺は……


「ヒュウマちゃん、大丈夫?」


 俺は頭を抱え込んでうずくまっていたらしい。

 目を赤くしたペキニーズが、俺の体を揺り動かしていた。


「……ぐ、くそ! 触るな、犬」

「な、何だよ。こっちは心配してるのに。でも、急に苦しい声だしてたからびっくりしたよ。大丈夫? ヒュウマはいなくなったりしないよね?」


 まったく、何でこいつら動物はずけずけと遠慮なく触って来るんだ?

 俺は、こんなに嫌いなのに。

 セルリアン扱いして、あんなに酷いこと言ったのに。


「……おい、犬。悪かったな」

「え、何が?」


 きょとんとしてやがる。

 その表情は何だ?


「色々、言っちまっただろ? イライラしてたから、俺」

「えっと、僕に?」

「そうだよ、言っただろ?」


 考え込む犬。

 そして、出した結論は……?


「ちょっと、ヒュウマちゃんが何を言ってるかわからないです……」


 何だこのクソ犬。

 一から説明しなくちゃダメか? ダメなのか?


「とりあえず、ヒュウマちゃんが僕と仲良くしたいってのは分ったよ」

「違う! 調子に乗るな、バカ犬!」

「えー! ひどい!」


 気にしてないようでホッとした。けど、どうにもイライラして仕方がなかった。

 何で動物なんかの機嫌をうかがってヤキモキしてなくちゃならないんだ?


 と、ハッピービーストが路地の入口に現れた。

 トコトコとのん気に歩いている。


「おい、ハッピー。よく無事だったな」

「隠れてた。ヒュウマに任せてた」


 何と言う無責任。

 と、思ったけれど、そもそもこいつがヘタに関わって壊れてたらと思うと、英断だったのかもしれない。


 相変わらず片言だったし、今も壊れてないか心配になるのだけど。

 でもまぁ、目とか耳とかピカピカ光ってるし、体についてるベルトの機械も何やら通信機器的な音を立てているので、どうやら壊れてはいないらしい。


 ……通信機器?


「バス。呼んだ。来る」

「お、おお。と言うことは、俺の仕事も終わりか」

「ウン」


 やったぜ!

 後はバスに乗って、ジャパリパークってところに行くだけだ。

 やれやれ。

 少し疲れたし、バスが来るまで休憩するのも良いな。


 と、思ったけれど、どうやら簡単にはいかないらしい。

 休憩は僅かな時間となった。


「ふが!」


 最初に異変に気付いたのは、ペキニーズだった。

 口にはジャパリまんがあった。

 お腹が空いたと騒いでいたのでハッピーに出してもらったそれをふがふがさせていたペキニーズが急に固まって、次にはそれを取り落としていた。


「ひゅ、ヒュウマちゃん、大変だ!」

「な、何だよ、いきなり。ジャパリまん落としたぞ?」

「それどころじゃないんだ!」


 食い意地が張ったこいつが珍しい。

 と、思ったけど、ペキニーズは青い顔をして言うのだ。


「セルリアンだ! セルリアンが来る! しかも、何か普通じゃないよ!」

「セルリアン? 普通じゃない?」


 何言ってんだこいつ。と、最初は思った。

 ジャパリまんの食い過ぎでどうにかしちまったんじゃないかと。

 キジバトのセルリアンは消滅したのだ。

 よみがえったのか? と、一瞬変なことも考えたけれど、違った。


 勘違いだと気づいたのはすぐだった。


 ふと見た路地の入口に、小さな丸い形の影。

 最初はそれが何かはわからなかった。

 でも、アメショーが爪を出し、スズメとニホンヤモリは警戒態勢を取り始め、ペキニーズは姿勢を低くして「ぐううう!」と唸り始める。


 ひょこひょこと近づいてくるその物体が、どうやら巨大な眼球をこちらに向けている怪物、セルリアンだと気づいた時、アメショーが突撃して石を破壊していた。


 一瞬だった。


 アメショーの射程距離。

 攻撃範囲の内側まで、セルリアンは一気に接近していた。

 俺たちの眼前まで、急スピードで突進して来たのだ。


 アメショーは良く反応したと思う。

 目の前でセルリアンの破片が、辺り一面に散らばった。

 ペキニーズがひくっと鼻を動かす。


「ひゅ、ヒュウマちゃん! すごい数だよ! 色んな方向からだ! こっちに向かってくる!」

「ど、どういうことだよ! 今までだって、そんなに見なかったのに!」


 同時に思った。

 これは全く根拠のない予想なのだけれど、もしかすると、あのキジバトのセルリアンが他のセルリアンの活動を抑制していたのではないか、と。

 そして、直後。小型セルリアンの群れが路地の入口に現れた。


「い、いっぱい来たー!」

「どうする、ヒュウマちゃん!」

「と、突破するぞ! 行くしかねぇ! このままだと袋のネズミだ!」

「ふくろと、ねずみ?」


 意味が分からないのか、首をかしげるアメショー。


「追い詰められるってことだよ!」


 俺は、キジバトのセルリアンにとどめを刺した鉄パイプを拾いなおすと、グッと握り締めた。


「良いから行くぞ! 大通りだ! 走れ!」


 掛け声を皮切りにアメショーが走り、スズメが飛ぶ。

 俺はその後ろを走った。

 ニホンヤモリは気配を消し、ペキニーズが周囲を警戒しながら俺の横を走る。

 ハッピービーストが一番遅い。最後尾でトコトコ歩いてきてる。もっとがんばれ!


 セルリアンの群れは、動きが早いものから順にこっちに向かって来た。

 突破する以上に、ハッピービーストを壊されたらアウトだ。


「とりあえず、全部倒せ!」

「はいはーい! にゃにゃにゃッ! にゃー!」


 アメショーが爪でセルリアンの石を砕いた。

 一体、二体、三体!

 光るキューブが散らばって、周囲のセルリアンは一斉にアメショーへ向けて突撃を始めた。


「させないよ! 上からなら、石は丸見えっ!」


 スズメが急降下での攻撃を加え、セルリアンを仕留めた。

 アメショーも、それに合わせてさらにセルリアンの石を破壊していく。

 と、より小型のセルリアンが死角に潜んでいたらしく、二匹の攻撃の隙を突いて跳ぼうとした。

 しかし……


「ズルは無しですけど! なんて、私も後ろからこっそり!」


 気配を隠したニホンヤモリが奇襲して、石を破壊。


「ヒュウマちゃん! 一匹そっち行った!」


 俺の正面に、跳ねながら近づいてくるセルリアン。


 一瞬、逃げたくもなった。

 小型と言っても、大型犬くらいの大きさはある。

 しかし、逃げるわけにはいかない。

 やりようによっては俺でもセルリアンは倒せるのだ。


 狙うのはやはり、石。

 セルリアンの急所に鉄パイプが届きそうなら俺でも倒せる。


 ……石はどこだ?

 と、構えたまま固まった俺にセルリアンが飛び掛かって来た。

 ストレートに、真っ直ぐな軌道で。

 石は背後にあるのか、こちらからは見えない。


 ええい、構うもんか! ボサッとしてたらどのみち危険だ!

 このまま振るしかねぇ!


「……ッ!」


 呼吸を止めてフルスイング。

 そしてグワンとした奇妙な手ごたえ。

 鉄パイプはセルリアンの体に弾かれて、俺はその反動で体勢を大きく崩した。

 やはり、石を狙わなければ意味がない。

 セルリアンはことも何気に着地し、再び飛び掛かって来た。

 俺は、それをかわすことが出来そうにない。


「でやー!」


 助けてくれたのは犬だった。

 ペキニーズだ。

 横から突撃してきて、体当たりでセルリアンにぶつかった後、弾き飛んだセルリアンに飛び掛かって、爪で石を破壊していた。


「大丈夫? ヒュウマちゃん!」


 と、こちらに振り向いたペキニーズの背後から、別のセルリアンが突進して来るのが見えた。


「犬! そこをどけ!」


「わわっ」っと横に飛びのいたペキニーズの横を抜けて、接近して来たセルリアンの腹部に鉄パイプの先端を伸ばす。

 狙うのは石だ。

 今度は見えていた。

 ガチンっと言った固い手ごたえがあって、直後。セルリアンは爆裂四散した。


「あ、ありがと、ヒュウマちゃん。……へへ、息ぴったりだね、僕たち。良いコンビ」

「調子に乗るなって言ってるだろ!」


 セルリアンはまだいる。

 ふと向きを変えた俺の目の前に、新しいセルリアンが3体。

 ……至近距離!

 ギョッとした瞬間、アメショーとスズメ、それからニホンヤモリがそれぞれの得意技で目の前の3体を仕留めてくれた。


「コンビじゃないよ! チームワーク! 良いチーム、なんだから」


 ニコッと笑うアメショー。

 フッフーンと胸を張っているスズメ。

 ニホンヤモリは静かに笑って、また気配を消した。


 いける。

 力を合わせれば、突破できる。


 俺たちは路地を抜けた。

 背後にはハッピービーストがトコトコ。

 そして、陽の当たる場所、そこに待っていたのは……


「う、うわぁ!」


 大中小、様々な大きさと形をした、セルリアンの群れだった。

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