第17話 うるせぇ奴ら

 夢の中で、誰かが、俺に語りかけている。

 いつか、どこかで聞いた声だ。


『あなたは忘れてしまうでしょう。ともに過ごした日々と、私のことを』


 誰だ? お前は?

 ……分からない。

 視界がぼやけすぎていて、それを言っているのが誰なのか、全く分からない。


『私は忘れない。あなたの声、温もり、笑顔……その優しく純粋な心。どれほどの時が経っても、あなたが全てを忘れてしまっても。私は決して忘れない』


 胸が得体の知れない感情で一杯になった。


『本当にありがとう。いつかまた、きっと私たちは出会えるから。今は、さよなら……』


 さよなら?

 待ってくれ! 君は、誰だ!

 俺は、誰なんだ!?


 胸に込みあがってきた喪失感。

 しかし、それに気づいたときにはもう遅い。

 声を発していた誰かは、とっくに俺から離れてしまっていた。

 遠くへ。ずっと、遠くへ。


――――――


 俺は目を覚ます。

 窓から寂しい色の光がやって来ていて、朝になったのが分かった。

 早朝だ。


「くそ、なんて夢だ」


 一晩たっても、記憶はもどらない。

 俺は誰なんだ? くそ、悩んでも仕方ない。

 早くフレンズを集めて、こんな場所からはおさらばしないと……と、その時、何かの鳴き声が聞こえた。


「でーでー、ぽぽー。でーでー、ぽぽー」


 なんだ? どっかで聞いた事のある鳴き声だが、何の動物の声だったか……


「あ、ヒュウマちゃん、おはよう!」

「ああ、おはよう、犬。……って?」

「え、だめ?」


 犬はおっきい目をパチクリ。


「いや、良いけど、なんでヒュウマちゃんなんて、いきなりちゃん付けに」

「昨日、呼び捨てにしてんじゃねー! って怒られたの、思い出したから」


 言った。確かに。


「まぁ、ちゃん付けられてもいいか。だが、勘違いして慣れ慣れしくするなよ! 俺は動物が嫌いなんだからな!」

「でーでー、ぽぽー! でーでー、ぽぽー!」

「えっ!? ぼ、僕のこと、嫌い?」

「でーでー、ぽぽー! でーでー、ぽぽー!」


 ……さっきから、なんだ、この、でーでーぽぽー、は。


「でぽでぽうるせー! 誰だ! ……でぽっ、だと?」


 嫌な予感がした。

 でぽでぽ言う奴に、心当たりがある。


「ちくしょー! 別行動とか言っておいて、なんだ!」


 予感的中。

 窓を開けると、外におっぱいがいた。


 そして「チャンス!」と言う突然の声と共に、窓に飛び込む黒い影。

 これはおっぱいではない。


「ひー! って、な、何だ貴様! ……スズメ!?」


 スズメである。憎らしい小鳥は、ちゅんちゅんと朝チュンボイスで笑いながらこう言った。


「ジャパリまん! ゲットです!」

「ああああああ! ぼ、僕の朝ごはんが! 許さないぞ!」


 怒るペキニーズ。

 そして、挑発する、小鳥。


「ふっふーん! これはもう、私のものですから! もぐっ!」


 昨日、5個も出したのは間違いだった。

 犬が残しておいたジャパリまんは3個。

 その全てを取られてしまった。

 スズメは一つを口に咥え、さらに両手に一つずつ持ったまま、窓から飛び出す。


 ちくしょう、逃がすか!


「ハッピー! ジャパリまん、カモン!」


 すぐさまハッピービーストがジャパリまんを排出。

 俺は流れるようにしてキャッチすると、スズメに向かって全力で投げた。


「ぴぎゃー! 私のジャパリまんが!」


 命中!

 スズメは左手、それから口に咥えていたジャパリまんを取り落とすと、フラフラと落ちそうになりながらも体勢を立て直し、再び上昇した。


「くそー! 落としてしまった! 右手の一個しか手に入らなかった! ぐぬぬ、この恨み、忘れませんからね! 覚えておくのですよ!」

「小鳥風情がやかましい! お前なんてすぐにとっ捕まえてやるからな!」


 そして、下方。地に落ちたジャパリまんを口に咥えて走り去る影がもう一つ。


「にゃっはー! 朝ごはんありがとー!」

「なん、だと? クソネコまでいやがったのか!」


 ……くそっ!

 まんまとジャパリまんを奪われてしまったではないか。

 目視で探したが、俺が投げたジャパリまんもない。

 取られてしまったと言うのか。犬にやったジャパリまんを。

 俺が投げたジャパリまんを……!


「あいつら……馬鹿にしやがって! どこに行きやがった!」


 だがしかし、目的地は変わらない。

 スズメが飛んだ方向、ネコが逃げた方角。それはビルのある場所へと続いている。


「もう許さん! 絶対に捕まえてやる! 弄んでやる!」

「やれやれ、大声でそんなにわめくと、またセルリアンに見つかりますよ?」


 空からの声である。


「おっぱいさん……!」

「でぽっ。まだその名前で呼びますか?」

「いや、待て。お前の正体は分かった。さっきの鳴き声でな」


 俺は自信満々に言った。

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