第3話 秒速5400センチメートル

「記憶の混乱があるみたいだね。そうだと思ったんだ」

「ど、どういうこと?」

「眠っていたヒュウマを起こすのに、ちょっと失敗したんだ。だから、記憶の障害とかあるかも」

「お、起こすの失敗ってどういうことだよ!」

「……ウン。説明したら怒って暴れるかもしれなかったから動けなくしたんだケド、正解だったみたいダネ」


 なにその、いとも容易たやすく行われたえげつない行為。


「ふ、ふざけんな! 何が記憶の障害だ! ちくしょう……! こんなベルト引きちぎって自由になってやる! お前なんてぶっ壊してやるんだからな!」


 俺は集中した。

 深く息を吸い込み、全身のエネルギーを集めて一気に解き放つのだ。

 掴み取れ、自由!


「うおおおおおおおおお!」


 伝わるぞ、破壊衝動! 膨れるぞ筋肉! 燃え尽きるほどヒート!


「うがああああああああ!」


 だが、動かない!

 肉に食い込むベルト。

 部屋には力を振り絞って歯を食いしばり、怒りで顔を真っ赤にしている俺と、でっかいゆるキャラのロボが一体。


 ちくしょう! なんなんだ、この状況は!

 響き渡る俺の雄たけび。そして、その間もバタバタ言ってる変な音はずーっと断続的に聞こえている。


「こ、こんなのあんまりだ! 頼むからこのベルト取ってください! って言うか、すぐ取れ! 今取れ! 怒らないから! 暴れないから!」

「ヒュウマ、落ち着いて欲しいんだ。ボクは、仕事を頼みたくてキミを起こしたんだよ」

「仕事って何だよ!」

「サンドスターが山から吹き出たんだ。その時にセルリアンがたくさん出現して、それで逃げてたフレンズが何人か、エリアの外に出て行ってしまったんだよ。迷って帰って来れないみたいだから、ヒュウマに連れ戻して欲しいんだ」


 ……ハッピービーストの言ってる意味が分からない。

 いや、拘束して、記憶まで奪っておいて仕事の話を振るって言う神経もそうだけど、そもそも話の内容が。


「ちょ、ちょっと待って。サンドスター? セルリアン? 急に知らない単語ばっかり言われても。連れ戻すって誰を? フレンズって何?」

「サンドスターの影響でヒト化した動物のことだよ」

「動物じゃねーか! 断る! 俺は動物なんて大嫌いなんだ!」


 明らかな人選ミス!

 俺、絶対やりたくないもんね!


 しかし、このハッピービーストとか言うロボット、ポンコツこの上ないな。

 って言うか、やっぱり人違いだろ。

 なんで動物嫌いな俺にそんな頼みごと……と、こんな時になんだけど、起きてからずっと聞こえてる、このがすごく気になる。


「な、なぁ。さっきからバタバタ言ってるこの音は何だ?」

「プロペラの音だよ。今、キミをジャパリパークのヘリコプター、ジャパリコプターで、逃げたフレンズが居そうな場所まで移送中ナンダ。」


 ……

 へ、ヘリコプターで移送中、だと?

 どういうことなんだ?

 こいつ、俺の返答なんか関係なしに、最初から何が何でもやらせるつもりだったのか?

 何が仕事を頼むだ! 絶対やらないからな!


 しかし、それにしても音がうるさすぎる。

 ヘリコプターってこんなにうるさいの?

 それに、なんだかバタバタ音の他に、ビービー鳴り出した。

 すごくうるさい。

 なんだろ、これ? 何かの警告音?


「おい、さっき鳴り始めたこのビービー言ってるのは何の音だ?」

「……検索中。検索中。……これは、ジャパリコプターの不具合を知らせる音みたいだネ。動かしたのが久しぶりだったから、壊れたみたい、だ。だだだ?」

「ふぁっ!?」


 その言葉が吐かれたその瞬間、ガクンという大きな揺れが起きた。

 ちょ、ま、お前!

 飛んでるヘリコプターに不具合って、やばいんじゃないのか?


「ウ、ウウ、ウワー」

「うわーじゃない! おい、ハッピービースト! 大丈夫なのか、これ?」

「ダメみたい。ば、ばば、爆発。エンジンが、がが。だだ、だだだ脱出の準備をする、よ」

「脱出の準備?」


 ハッピービーストが部屋のドアを開ける。

 なるほど! そこに脱出用の道具がしまってあるんだね!


 なんて、感心してたのに、現れたのは青色一色。


 こ、このやろー! 何が準備だ! ドアの外は空じゃねーか!

 こいつ、機械のくせにパニックになってやがる。


 文句を言いたい。すごく言いたい。

 だけど、ハッピービーストが開けたドアの外からものすごい風がグワーッと入り込んできて、もう、何がなんだか……


「脱出するよ」

「ちょちょちょ、これ、解いてよ! ベルト!」

「緊急事態だから、台ごと脱出させるよ」


 ハッピービーストがあわただしく走り回って、台に体当たり。

 強烈! 台は俺を乗せたまま、ハッピービーストと共にドアの外へと放り出された。


「う、うわあああああああああ! ばかやろー!」


 叫べたのはそれが限界。

 空気の流れ、激しい風の奔流に巻き込まれ、呼吸もままならない。

 視界は空一色。隅に煙を噴いてるヘリコプターが一機だけいるけれど……と思った次の瞬間、ヘリコプターが上空で爆散!

 黒い煙と赤い炎がグワッと広がって……って、今はそれどころじゃない!


 落ちてる! 落下してる! 爆発して落ちてるよ!

 これでサヨナラ!? 爆発落ちなんて最低ー! と、走馬灯めいた思考が脳内を駆け巡ったその瞬間、俺を乗せてる台がグワッと浮き上がった。

 目の前で広がる布と糸。

 こ、これは……!?


「危機一髪だったね、ヒュウマ」

「パ、パラシュート……?」


 そうなのだ。マグネットのごとく俺の足元側、台の側面に張り付いたハッピービーストが背中からパラシュートを広げていた。

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