第2章 いろんなどうぶつ

第5話 アメショーだって猫である

 アメリカン・ショートヘア。


 食肉目ネコ科ネコ属に分類される『ヨーロッパヤマネコ』が家畜化された、『イエネコ』の品種の一つである。

 短毛で、体重は一般的な猫の平均体重とほぼ変わらないが、足はがっしりとしていて運動能力は非常に高い。


 賢く、好奇心も旺盛である。


 古くはローマ人によってイギリスに持ち込まれたブリティッシュ・ショートヘアの直系の子孫であり、毒蛇の駆除やネズミ捕りのプロフェッショナルとして飼育された。

 その後、西暦1620年にアメリカ大陸に渡ったヨーロッパ人が新天地開拓の心強い友として連れ込み、ドメスティック・ショートヘアと名前を変更。その有能な狩猟能力を存分に発揮。

 そして1966年。

 アメリカのネコとしてアメリカン・ショートヘアへと名前を改名され、それからも人々の友人や家族として、人間と共に暮らしたネコである。


 ――


 ――ハッピービーストのせいで思い出は失っていたが、動物の知識を失わずに済んでいるのは幸運だった。

 何で動物嫌いの俺が動物にこんなに詳しいのかと言うと、それは動物が嫌いだからである。


 矛盾しているように聞こえるかもしれないけれど、それは違う。

 知識があると言うことは、相手の特徴を知っていると言うことだ。

 敵を知っていれば、その対処もおのずと知れて来る。

 知識があるせいで色々と余計な知識もあるのだけれど、おかげで急な遭遇にもある程度の対策は出来る。

 今回も、きっとこの知識で乗り越えてみせるぜー!


 と、思ってたのだけれど、あれ? フレンズって思ってたより人間ぽい?

 直立二足歩行。先ほど聞いた言語を話す声。

 フレンズって、人間じゃないのか?

 俺のそんな混乱をよそに、アメリカンショートヘアーのアメショーはクシクシと顔をグーの手で撫でていた。


「ねぇ、キミは何のフレンズ?」


 無邪気、純真。なんと言うか、表情とか声とか人間っぽすぎて、やっぱりこれが動物ですと言われてもすぐには信じられない。

 何よりも言葉が通じると言うのが素晴らしい。


「ねー、無視しないでよー。キミは何のフレンズなのよー」

「ああ、ごめん。俺か? 俺はフレンズじゃないぞ」

「フレンズじゃない? でも、動物なんでしょ?」

「違う! 俺は人間だ!」


 つい怒鳴ってしまった。

 だって、けものと一緒にされたくなかったから、つい。

 うん。これは俺のポリシーの問題だ。仕方がないことなんだ。

 それにしても目の前のアメショーは目をまん丸にして硬直。尻尾の毛を逆立ててボワッと……って、なんだかこうして見るとネコそのものだな。

 だが、これはまずい。


「なんだよー! いきなり怒って! 動けないなら助けてあげようと思ったのにー!」


 このアメショーがネコならば、この様子は大変良くない。

 尻尾が左右にブンブンと、リズムを刻むように振られているのだ。

 まるでじゃれ付いて来る時の犬のようだけれど、今の状態は最悪だ。


 そう、ネコも犬と一緒で、尻尾を見れば分かりやすく感情を読み取れるのだけれど、これが犬ならば何も問題は無い。

 嬉しくて喜んでたりする感情の表れであるからだ。


 だけれど、ネコは違う。

 全く180度違う。この尻尾をブンブン振らせてるのは、敵対心の表れだ。

 臨戦態勢と言えば分かりやすいかもしれない。

 で、何よりまずいのは、そんな精神状態のけものが目の前にいるのに、俺が未だ台に拘束されてちっとも動けないと言うことなのだ。


「ま、待って! 悪かった! その、動けなくてイライラしてたものだから。つい」

「むー」


 ネコは警戒を解かない。

 尻尾をバタバタと動かして、こっちをジーッと見つめている。


「怪しい奴だなー」

「ま、まぁ、そう言うなよ。ほら、自分のこと俺なんて言ってるけど、俺も女の子だし、ここは仲良くしようよ」

「仲良く? にしし、良いよー」


 尻尾の表情が変わる。

 ピンッと上を向いて……と言うか、顔の表情もとても嬉しそうだ。

 そろりそろりとこっちに近づいて、チロッと舌で、って何してんだ、こいつ!


「毛づくろいしてあげるっ」

「や、やめろー! 何しやがるんだ! ぐわー! ざらざらだ! 舌、ざらざらのネコの舌だ!」

「首動かさないでよー、舐めにくいじゃん」

「馬鹿ヤロー! 何が毛づくろいだ! それは顔だぞ! そこに毛なんて生えてない! やめろ! 離れろ!」


 こいつ、やっぱりけだものだ!

 逃げたい! でも、ベルトで拘束されたままなので動けません!

 やめろ! やめろぉぉぉぉ!


「ひひひー」


 アメショーは、悪い顔になっている。

 どうやら、嫌がる俺が面白くて仕方ないらしい。

 ふと、犬とネコの習性のことが頭をよぎった。

 奴らは、狩猟で仕留めた獲物を弄んで遊ぶことがあるのだ。

 諸説あるが、俺は娯楽としての遊びでやっていると言う説がもっとも信憑性が高いと思っている。

 そして、今。獲物となっているのは俺だ。

 この猫は、動けない俺を弄んで楽しんでいる!


 ……なんと言う辛さだ!


「うっ、ううっ。もう、やめてよー」

「にゃはは、泣いて喜ばなくてもいいのにー」

「喜んでない! ちくしょー! いつか仕返ししてやるからな!」

「ふっふーん、手も足も出ないのに良く言うよねー。まぁ、頑張ってねー」


 そう言うと、ネコは座り込む。そして、目を閉じて……


 ……


 このクソネコ、寝やがった。

 すやすやと、安らかな顔で。


「う、うがー!!!!!」

「何だようるさいなー。もう、他のところ行こうっと」

「待て! クソネコ!」

「お昼寝の時間だからまったねー」


 アメショーは鼻で笑うと、歩いてどこかへ行ってしまった。

 ……あんまりだ。俺が、俺が何をしたって言うんだ。

 誰か、誰か助けて。


 だが、救いの主はすぐそばにいたようだった。

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