第12話 大怪物セルリアン

「こ、こんなでかいのかよ!」


 大きかった。

 ぱっと見て、ハッピービースト三体分。

 一体分でも大きいと思うのに、三体分である。これはでかい。

 そして、その大きな怪物は一つしかない大きな目玉をギョロリと動かし、こちらを見ると、のしり、のしりと足を伸ばして近づいて来た。


「お、おおおおお……ッ」


 落ち着け! と思ったがそんなの無理だ。

 近づいてくる巨体の圧倒的迫力。

 それに気圧けおされ、震える足、動かない体。


 と、視界の隅、ペキニーズがググッと身をかがめ、セルリアンに向けて敵意を飛ばし始めた。

 尻尾は小刻みにはげしく振られている。

 戦闘態勢だ。


「ううー! ワン!」


 セルリアンがペキニーズの声に反応し、向きをそちらに変えた。


「い、犬! お前、こんなでかいのに勝てるのか!?」

「大丈夫! 僕には強い武器があるんだ! 見てろよ!」


 ……強い武器!? なるほど。勝算ありと言うことか。

 ここはこいつに任せよう!


 と、思ったのに、ペキニーズはあろうことか、近くにあったザルを持ち上げた。


「やいセルリアン! このザルには、恐ろしい毒があるんだぞ! どのくらいすごいかと言うと、触ったら死ぬくらいだ! これでも食べろ! お腹壊せー!」


 ちょ、待て! それは俺の嘘だ! ハッタリだよ!

 と言うか、それが本当なら、持ち上げて触っているお前はなんなんだ!


 しかし、威勢良く投げられるザル。

 弾かれるザル。


 ザルはボテッと地面に落ちて、転がった。


「あれ?」

「犬ー! 逃げろー!」


 叫びながら、俺はセルリアンに向かって走る。

 震えていた足に力を入れて、必死に地面を蹴った。

 ちくしょう! ペキニーズ! ボーっとしやがって!

 なんとか、注意をこっちに向けないと!


 ……でも、なんで、俺、走ってんだ?

 しかも敵の方向に。

 動物のためなんかに、なんで?


 ――いや、これは俺の嘘で死んだとかになったら、きっと後悔するからだ。

 でも、走ってどうなる? 体当たりでもするか?


 ええい、考えるのもめんどくさい! こうなったら玉砕してやる!

 やぶれかぶれだ! いっけー!


 ……と、思ったけど寸前で急ブレーキ。

 やっぱり怖えー! でかいよ、セルリアン!


 と、驚きとどまった俺に向かって、セルリアンが何かを飛ばした。

 それは俺の体の周囲をぐるりと一周すると、ギュッと締め付け、持ち上げる。


 し、締め付ける!?

 ひー、これ、触手だ!

 ちょ、待って! 触手プレイなんてマジ勘弁! 乙女のピンチ!


「あ、あわわわ、お助け……!」

「ヒュウマ! 今助けるからね! ううー! わわわん!」


 ペキニーズが連続でコブシを繰り出した。

 が、効いていない。

 ぷるぷると弾んで、全くダメージになっていない。


 そして、セルリアンの胴体。目玉の下部が裂けて、変化するのを俺は見た。

 ……な、なんだ?


「だめ! ヒュウマ! 食べられちゃう! くそー! こいつ! 離せー!」


 

 え、ちょ、食べられちゃうって、こいつに、俺が?

 ま、待ってよ。俺、もしかして、ここで死ぬの?


「い、いやだー! 誰か助けて! 動物のために死ぬなんて、いやだー!」


 と、その瞬間、上空から声が降ってきた。


「そこのセルリアン! そんなもの食べたら、お腹壊しますから!」


 空を裂く急降下!

 セルリアンの頭頂部、ポコッと膨らんでいた部分に閃光のように走ったそれは、次の瞬間、セルリアンの体に突き刺さる強烈なキックとなっていた。

 パッカァーンと、反動で再び上空に舞い上がる、救いの神。


「お、お前は、おっぱいお化け……!」

「でぽっ。食べるなら、ジャパまんが一番です」


 ゆっくりと下降して来るおっぱい。

 と、次の瞬間、セルリアンの巨大な体が仄かに光ると、たくさんの立方体に分かれてバラバラに弾け飛んだ。

 キラキラといろんな色に輝く光の粒と共に、その質量が消滅していく。

 そして、俺を縛り、持ち上げていた触手も当然のように消えて、俺は地面に落ちた。


 ぐえー! ケツ打った! 着地に失敗!


「いた、いたたたた」


 痛む尻を撫でながら何とか立ち上がる。

 ちくしょー、なんて日だ。今日は落ちてばかりだ。

 と、顔を上げるとペキニーズが尻尾を下向きにさせながら、しょんぼり歩いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る