第54話私はただ戦慄を覚え、恐怖を抱いたのである。
「私は儀式を受けることにするよ」
アンナ・エンヘドゥによる反乱が起こった翌日。私はカクマジゲンをゲートの前に呼び出して自分の決めた覚悟を告げた。
「ああ、そうかい」
やつは特に興味もなさそうに言った。
「うむ。……予想通りだが、あまり驚かないんだな」
「お前はそういうやつなんだと思ってたからな。あの日、決闘で自分の気持ちにケリをつけようとしてたんだろ。結局うやむやになっちまったけど」
この男が私の意図を把握してたことを知り、逆に驚かされてしまった。
あの読めない文字で書かれた果たし状だけで察することができるとは。存外、カクマジゲンという男は見た目とは異なる理知的な思考回路をしているのかもしれない。
「このことはまだ父上にも話していない。騒動が治まっていないこのタイミングでは儀式を行うと言っても困らせるだけだからな。だから、お前にも然るべき時まで黙っていてもらいたい」
現在の城内は父上たち遠征隊の帰還と騒動が重なり、さらには騎士団の再編成などといった懸案事項が山積みとなって混迷を極めてしまっていた。
ここでさらなる騒動の種を撒くわけにはいかない。
「エイルには話したのか?」
「まだだ。話すのはお前が初めてだ」
「なら、話してないついでだ。ロキ、あの日アンナが言っていた話は誰にも言うなよ。異世界から人を呼ぶ理由やアンナの母親のこと。それら諸々に関してな」
「だが、本当の話なら皆もいずれ知るはずだ」
知っていながら真相を隠しているのは悪ではないのだろうか?
「知らなくていいことなら知らなくていい。知っても知らなくても生き続けることに変わりはないんだ。だったら余計な十字架を背負うのは後回しにすればいい。嫌なことを抱えるのを先延ばしにできるならそれが一番いいだろ」
「確かに皆を不安にさせるのは本意ではない。だが、我々の言葉が国民には絶対的な命令になるという事実。あれだけは……」
「それな。そっちは多分あいつの嘘だ」
「なんだと?」
「あいつは自分の力を増幅だと言っていた。きっとその力は物理だけでなく心理的にも作用するものだ。アンナは自分の能力を使って部下たちの忠誠心を引き上げて意のままに操る駒にしていたんだ」
もともとアンナの隊には彼女個人に強く惹かれて集まった者が多かった。アンナはそこを上手く利用したのだとカクマジゲンは言った。
「それは推測でしかないではないか……」
「そんな都合よく誰彼かまわず言いなりにできるなら、なぜ最強の剣士であるアキレスを排除する必要があったんだ? あいつを使えばもっと効率よくことを実行できたはずだろ。つまりはそういうことさ」
そういうことなのだろうか。しかしそう考えたほうが幾分か楽になれそうだった。私は彼が言ったことを信じることにした。
そのほうが安心できるから。真実をはっきりさせず、都合の良いほうだけを見て有耶無耶にさせる。心の弱さからくる選択に激しく自己嫌悪した。
「ところでお前はアンナの言ったことを聞いて何も思わなかったのか? ひょっとしたら自分も城を放り出されてしまうとか、勝手に呼び出して許せないとか……。我々に不信感を抱いたりしなかったのか?」
「オレはまだ何もされていないし、裏切られたりもしていない。なのにどうして何かを思わなきゃいけない?」
「なら、裏切られたら思うのか? それはあまりに楽観的すぎるのではないか? 普通は裏切られる前に何かをするものでは?」
「オレは後出しでも誰にも負けることはないし。裏切られたら心置きなく全部をぶっ壊すだけだから。実際に危害が加えられるまでは何もする気はねえよ」
特に邪気もない口調で、気まぐれな心持ちひとつでいつでもどうにでもできるから、取り留めないことにすぎないと、その男、カクマジゲンはそう言ったのだった。
「…………」
ひょっとしたらこの男はいずれ、現界教などとは比較にならないような我々の脅威となる存在になり得るのではないか。
私の従姉はとんでもない怪物をこの世界に呼び出してしまったのではないのか。
彼のはみ出して垣間見えた異常性に私はただ戦慄を覚え、恐怖を抱いたのである。
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