第44話そうだとするならエイルは……

「肉体と魂の維持は現界教の思考だろう! 我々が異世界から婚約者を釣り上げるのはそれが先祖から守るように言いつけられてきた、この国のしきたりだからだ! 現界教と同列にするな! 愚かな考えに毒されたか、アンナ・エンヘドゥ!」


 ロキはアンナを糾弾する。確かにそれは現界教の考えだ。


 アンナ自身がオレに教えてくれたことである。


「黙れ、毒は貴様らのほうだッ!」


 ロキの言葉を耳にするとアンナは激昂して叫んだ。


「しきたりだから? 何の意味もなく異世界から素性の知れぬ者を迎え入れるという掟に違和感を覚えなかったのか? 私はそのしきたりの定められた理由が、先程言った目的のためにあるのだと言っているんだ」


「そ、それは……」


 言葉を詰まらせるロキ。きっとこいつは掟だから守るべきものだと疑いも持たず思考を停止していたに違いない。


 エイルもそんな感じだった。決まり事を守ることが何よりの正しさの証明で、そこに疑問を持つことは決してない。


 義務を守るということを無条件に掟を守ることだとすり替えて意識させられている。まるである種の洗脳のようだとオレは思った。


「ある日突然、何も関係のない者を縁もゆかりない世界に強制的に連行し、婚姻を強要する。無断で呼び寄せても結果的に合意になっているだけで、その本質は誘拐や拉致となんら変わらない。それに貴様はなぜ気が付かない」


「…………」


 ロキは言い返せる言葉の武器が見つからず沈黙。恐らく儀式の真相に関しては何も知らされていなかったのだろう。


 ヴェスタは言っていた。


 儀式を行う理由は政権を譲渡されるまでは内密になっていると。そして世界を維持していくのに大事なことだとだけ言われてると……。


 筋は通っているな。少なくとも根拠を提示せずに否定するロキよりかは。


 もしアンナの言うことが事実なら王族と現界教の違いは身内で賄うか、よそから仕入れてくるかの違いだけだったということになる。


 だとすれば、他者を巻き込んで維持を図る王族のやり方は確かに身勝手だ。選ばれた側の受け取り方次第ではさして問題にはならないかもしれないが……。


 オレは黙し、思考を巡らせる。ロキはアンナの迫力に気圧されながらもなんとか言葉を紡ぎ、王族の潔白を証明しようとしている。


 だが『そんなわけがない』や『絶対にありえない』など、説得力に欠ける感情論めいた希望的観測しか彼の口からは出てこない。


「互いに惹かれあい、仲睦まじく生涯を共にできた者たちはそれでいいだろう。普通ならば巡り会えなかったはずの相手と出会えたことはさぞ僥倖だったろう。釣竿に選ばれたことを運命だと喜んだはずだ。……だが、そうでない者もいる」


 そこでアンナは息を吸いこみ、潤んだ凛々しい瞳を吊り上げる。狼狽えるロキにとどめを刺すように、アンナは非情な事実を告げる。


「私の母は現在の国王によって異世界に呼び出され、そして国王の都合で城を追われた。王族の都合で呼び出され、王族の都合で居場所を奪われたのだ」


「なっ、父上の釣り上げた相手は重い病にかかって亡くなられたと聞いているぞ!」


 ロキの反応を見ると、現国王が釣り上げた相手と結ばれなかったこと自体は秘匿されたものでない周知の事実らしかった。


「それは王族によって捻じ曲げられた偽りの事実だ。連中は、お前の父親は自分たちに都合の悪い記録を残さぬよう、公にはそういうことにしたのだ。釣竿とゲートによって相手を連れてこれるのは一人につき一度きり。私の母がいなくなれば、世継ぎを作るためにはこちらの世界にいる人間と一緒になるしかない。その名目を得て自分の意中の現王妃と結ばれるため、貴様の父は私の母を城から追い出したのだ」


「いい加減にしろ! それだけは……そんなことだけはあるものか! 父上がそのような卑劣な行いをするわけがない! 今の侮辱を取り消せ!」


 ロキは興奮のあまりアンナに詰め寄らんとオレの背後から飛び出そうとする。


「アホか、落ち着けっての」


 オレは腕を前に出してロキを押し止めた。


「無闇に近づいてぶった斬られるつもりかよ」


「うぐ……すまん」


 まあアンナは今、剣を持っていないけど。


 どっかに隠し持っている可能性もあるし。


 女は色んな隠し場所を持っているとかないとか聞いたこともあるし、警戒をするに越したことはない。


 ロキを窘めた後、オレはアンナを牽制するように睨めつける。


 嘘や誤魔化しをさせぬようにと。これから訊ねることに偽証を持ち出させないようにと。


「おい、アンナ。ゲートで相手を呼べるのは一回だけって本当なのか?」


 まっすぐ見据えて、内心の焦りと震えを面に出さぬよう平然を装って言葉を出す。アンナは一瞬だけ考え込む素振りを見せたが、


「そうだ。例えその相手が死んだとしても儀式のやり直しは効かない」


 簡潔に結論だけを述べた。念のためロキに目線で確認を取ると肯定の頷きを見せる。どうやら偽りではないらしい。


「そうか……」


 そうか、それなら。そうだとするならエイルは……



――別にあんたのためじゃないわよ



――あんたみたいなのはさっさと元の世界に送り返して、優しくて素敵な本当の運命の相手を釣り上げ直したいの



「あの馬鹿野郎め……」


 察しの悪い能天気な自分に苛立ちを覚えた。


 なぜオレはエイルの言葉をすんなり鵜呑みにしていたのか。

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