第45話もしも打算なしでの善意なら
……何が対等だ。偉そうな口を叩いていた己を深く恥じ入る。
最初から、彼女にはオレを手助けするメリットなど一つもなかったのだ。
あいつからしたらオレを送り返すことに力を貸すなど骨折り損以外の何でもなかった。相手を呼べるのが一回だけならオレが元の世界に帰ったところで何の意味もない。
オレはエイルの長年の夢を打ち砕き、それを叶える可能性を永劫奪った存在。エイルにとっては疎ましいことこの上ない貧乏くじのような人間。
一生に一度の儀式にうっかりオレが選ばれてしまったばかりに。
それなのにあいつは。
堪えた様子をおくびも見せずオレに笑いかけ、気安い軽口を叩き寝食を共にし、オレの想いに共感してくれた。
オレはエイルとここで一生を添い遂げるつもりはないし、エイルからしてもオレは理想通りの相手では決してないはずだ。
なのにあいつは残っていても目障りなだけのオレを追い出すわけでもなく、しなくてもいい助力を申し出た。
特に成果は出ていないのは脇に置いておいておくとして。
あいつはとんだ馬鹿野郎かよ。……なあ、そんなことをしてお前に一体何の得があったってんだよ?
もしも打算なしでの善意なら人が良すぎるぜ、エイル・スカンディナヴィア。
悔しさ混じりの困惑と自責に駆られるオレを置いてきぼりに、アンナは話を先へ進める。
「わかったか? そんな行いをしながら国王は素知らぬ顔で気楽に暮らしているのだ。あれはかなり面の皮が厚い。平和ボケした表情で王妃と歓談している様子を見て私がどれほど呆れたか。そうさ、怒りを通り越して呆れたのだ」
「くっ……」
侮辱を受けても否定する材料がないロキは押し黙るしかない。
「母は元の世界に帰れなかったことを病に伏して死に至る間際までずっと悔しがっていた。元の世界に帰ることもできず、身寄りもいない世界に一人で放り出される……。どれだけ心細かっただろう。どれだけ不安だっただろう。無念だっただろう」
ぐっと拳を握りしめ、大仰に手を振るう。
「そんな貴様らを私は許さない。だから手始めに国王の息子である貴様と、その親族の子息子女を血祭りにあげ、やつらに絶望を与えてやる」
アンナの眼光にきらりと狂気が宿ったのをオレはもやもやとしながら見据える。
「……恨みがあるのは国王にだけだろ。エイルやロキたちには関係ないことだと思うが」
アンナだって、こんなことをしてもその先に何もないことなど理解しているはずだ。
いくら憎しみに囚われて自暴自棄になったとしても、彼女がそこまで耄碌するとは思えない。
まさか本当に王族の行いを断罪するための反逆だというのか? それともオレが彼女を高く買いかぶり過ぎていたのだろうか。
「暢気な視察から帰ってきて城が陥落していたらやつらは絶望するだろう。自分たちの子どもたちが、城を追いだした者の娘によって亡き者にされていたら激しく後悔するだろう? そうしたら……それは何よりの復讐になるじゃないか」
クハハっと、顔を覆いながら愉快気にアンナは声を上げる。
「……そんな理由で」
ぞっとした面持ちで顔を青くさせるロキ。間近に触れる狂乱の意思にあてられて、どうすればいいのか戸惑っているようだ。オレだってそうだ。こんな倫理のタガが外れてしまうほどの負の感情を溜め込んだ人間など見たことがない。
ただ、気持ちはわからなくもない。
限界を超えた心への負担は精神に大きな傷を作り込む。つけられた傷を癒す救いがなければ人の感情など容易く壊れてしまうのだ。
だからといって彼女を是とするわけではないが……。
「無論、理由はそれだけではない。貴様たちを皆殺しにすることは真の目的までの余興に過ぎないのだから」
アンナが楽しみを隠しきれないと言わんばかりにそう告げる。
「大量虐殺が余興かよ。そいつはよほど崇高な展望を描いているんだろうな」
復讐心に煽られた彼女にはもう何も見えてはいないのだろう。せいぜいそんな皮肉を言ってやるくらいしか返す言葉が見つからなかった。
「私はこの世界を壊さなくてはならないのだ。そのためにはこの世界を牛耳る王族を消し、覇権をこの手に納める必要がある」
空にかざした手の平を握りしめてアンナは恍惚な表情を見せる。
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