第43話君はこの世界に無理やり連れてこられてどう思った?


「せっかくだ。一応、こんなことをした理由を聞いておこうか」


 ロキとの茶番に一区切りつけ、オレはアンナに向き合った。


「そうだ! なぜ誇り高き王国の騎士である貴様がこんな真似をした!」


 ロキも便乗してそう言った。安全だとわかった途端、急に蘇ったように元気になりやがったな……。調子のいいやつだ。


「フッ……誇り高き王国の騎士とは眠たいことを言ってくれる」


 ロキの言葉をアンナは片腹痛いとばかりに鼻で笑った。酷く冷めた、氷のような半眼。口元を歪めた笑み。あの目は前にも見たことがある。


 地下水源でエイルたちに向けていたのと同質のものだ。あの時はただ護衛に集中するあまり表情が固くなっていただけだと思っていたが……。


 これは殺意だ。明確な殺意の込められた怨讐の刃が顕現したものだ。


「たまたま流れ着いた世界で勝手に王族だと名乗り、玉座に滑り込んだだけの連中に誇りなどあるのか?」


 アンナは黒い表情そのままに、ロキを嘲笑うように言った。


「貴様は我が父や、先祖が築いてきた歴史を愚弄するというのか……? お前に王家の騎士は相応しくない! 見損なったぞ、アンナ・エンヘドゥ!」


「見損なった……? 勘違いするなよ、小僧」


 アンナは静かな怒気を含んだ低音を放つ。


「私は最初から、貴様らに底など晒していない。一度も真の姿など見せてはいないのだ。それこそ、見損なっていたのは貴様らの方だ」


 迫力に呑まれ、ロキはたじろぎ冷や汗を垂らす。オレはそんなロキを庇うように背後に隠した。アンナは本気だ。本気で王族に殺意を抱いて行動を起こしたのだ。


 その根源がどこにあるのかは不明だが……。


「私は私利私欲のために他者を巻き込んでおきながら高い場所でふんぞり返っている痴れ者どもに鉄槌を食らわせるため、こうして立ち上がったのだ。カクマジゲンよ。君も知っているだろう。この世界の王族と自称している連中がいかに傍若無人であるかを」


「傍若無人?」


 オレは唐突に同意を求められ、訊ね返す。


「君はこの世界に無理やり連れてこられてどう思った? 『勝手だ』と、そう思わなかったか?」


「…………」


 オレは無言を貫く。なぜならそのアンナの問いかけには心当たりがあったからだ。しかし、そのことをこの場で肯定するのは躊躇われた。


「我々のどこが傍若無人だというのだ? 父上も叔父上たちも皆、尊敬に値するよき統治者だぞ。第一、儀式に選ばれ王族に迎え入れられることは何よりの名誉なはずだ。何も勝手なことなどない!」


 ロキはアンナの言うことが理解不能だと反論する。オレはその姿を微妙な心情で見守ることしかできなかった。


 確かに雨野は喜んでいた。今まで釣り上げられてここへ来た人たちもそうだったのだろう。だが、オレは……。


「自覚など、微塵も持たないか」


 アンナは諦めたように、そして悟っていたように首を横に振った。


「彼らと比べれば貴様らは何と見苦しく、そして卑しいことだろう。よその世界の人間を巻き込まず、粛々と生きている彼らがいかに高潔で良識的だということがよくわかる」


「彼ら?」


 ロキが頭上に疑問符を掲げる。


「貴様らが現界教という名の異形の宗教団体に仕立て上げ、日陰に追いやった古の血族のことだ」


 現界教と、アンナはこの世界で忌み嫌われる者たちの名を口にする。先日、彼女は現界教のことを危険だと散々オレに忠告していた。


 それなのに今は連中を肯定し、王族を否定する口上を平然と述べている。ひょっとするとあれは本心を悟られないようにするためのフェイクだったのかもしれない。


 本音では王族憎し、現界教尊しだったのではないか。そうなると彼女が現界教と繋がっている可能性も十分にありえる。


 ……いや、まだそこまで結論を出すのは尚早だな。


「貴様らは自分たちがこの世界の支配者として君臨し続けるため、他の世界から本物の魂と肉体を持つ人間を連れてきているだろう。連れてこられた者の意思など問わずに。これを身勝手と言わず、なんと言う?」


 オレは真実を見定めるため、心を落ち着かせて事態を静観する。


 まだ、情報が足りない。もっと彼女の心の真に迫った声を聞かなくては。


 判断材料が足りなすぎる。

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