第33話「ああ、それは薄々思ってた」
「え、だから……。え? アンナから聞いたのよね。あの人たちのことは」
「聞いたぜ。物騒なやつらだよな」
オレは正直に抱いた感想を述べる。
「会ってみたいとか、思わないの?」
恐る恐るといった、らしくない口調でエイルが訊き返してきた。
こいつは何をそんなに不安がっているんだ?
「まあ、話は聞いてみたい気はするけどな。王国とはまた違ったゲートについての認識をもってそうだし。でも積極的に交流を持ちに行こうとは思わねえよ。危なっかしい連中なんだろ?」
「うん? そ、そう……」
「で、どうしてそんな話をいきなりしてきたんだ?」
話の流れ的に突然で脈絡もなかったし。すでに知っていることだったし。
正直エイルの両親に顔合わせをしなくてはいけない現実と比べれば、まったくもってどうでもいい内容だった。
「だ、だって、ジゲンが帰る手段を見つけるためにはやっぱり知っておかないといけないことだと思ったから……」
「ふーん?」
「別にね? その、隠してたわけじゃないのよ? 言わないでいるつもりはなかったの。ただ、いつ言うべきなのかって、機会を見定めてただけだから。……ホントよ?」
なぜかおろおろと視点が定まらずに言い訳めいた台詞を零すエイル。ますます疑問は深まっていく。
彼女のそんな慌てている様が不思議で、オレは眉間に皺を寄せて怪訝に訊き返す。
「お前は何を言っているんだ?」
「だって、ひょっとしたらあんたが現界教の方に行っちゃうんじゃないかって……。そう思うと話すタイミングが見つけられなくって。だってあんたの願いって、現界教の考えとピッタリ合致するじゃない?」
「ああ……」
そういうことか、とオレは内心で納得する。
確かに元の世界に帰りたいというオレの言動は現界教というやつらの思想と酷似し、呼応するものだったかもしれない。
胡散臭い話に僅かな可能性を持って飛びつくとエイルが懸念するのも無理はない。
オレのことを野獣と揶揄するエイルだしな。……アンナといい、オレはそんなに反社会側へ傾くように見えるのだろうか?
誤解を招く主張を多々していたことは認めるが、こうも立て続けに疑念を持たれるとさすがに憤りを感じざるを得ない。
外見で判断されるのは慣れっことはいえ、素性が割れていないこちらでも同じ扱いをされるのはどうにも不服だ。
「お前さぁ、そんなこと心配してたのかよ」
「そ、そんなことですって!?」
エイルが心外だと言わんばかりに抗議の声を上げる。
『あたしがどれだけ悩んだと思ってんのよ……罪悪感とかすごかったんだから……』とかぼそぼそ言っていたがなんのことやら。
「だってあんた、何が何でも帰るって言ってたじゃない。大事なものが向こうにあるからって。大事な人がいるからって。だったら特に思い入れのないこっちの世界を天秤にかけるまでもなく、帰るためにあの人たちのところへ行くって言い出してもおかしくないと思うじゃない」
「あのな、エイル。オレは結構、こっちの世界のことも気に入ってはいるんだぜ?」
これはアンナに言ったこと。嘘偽りはない事実だ。
「……本当に?」
「本当だ」
「でも帰るのよね?」
「それは……その、すまん」
呼び出したのはこいつらだけど。婿にならないオレを養うメリットは本来なら王城にはないのだ。
ましてや帰還の方法を探るのを手伝う理由などもっとない。
そこら辺の引け目は少なからず感じている。
一応はエイルにも満足のいく相手を選び直すためという目的があるのでウィンウィンの関係ではあるが。
「うん……そっか。そうよね」
エイルは何か憑き物が落ちたような晴れ晴れとした顔を見せる。
「それじゃあ頑張らないとね。あたし、まだ手伝うとか言っておきながら結局何にも役に立つことしてあげられてないし」
「ああ、それは薄々思ってた」
「ちょっと、それは思うだけにしておいてよ!」
いや、だって実際書庫に着いてきたのもエア子だし。
こいつがやったことってオレを水場に連れてったことくらい。
少なくとも元の世界に帰ることについては何もしてもらった覚えはない。
「まあ、頼りにはしてるぜ。お前は口が悪い時もあるけど、いいやつだからな」
「いいやつ、ねえ……」
オレの言葉を受けてエイルは咀嚼するように俯き、宙を仰ぐ。
「それならさ、晩御飯まで時間あるし。今から書庫に行って少し調べてみよっか」
歯並びのいい白い歯を見せて、にかっと笑うのだった。
「おう。そうだな」
急にやる気になったが、どういう風の吹き回しだろう? にしてもこいつ、初めに会った頃と比べると随分態度が柔らかくなったよな。
単純に会話を重ねたことでオレがエイルのいいところに目が行くようになっただけかもしれないが。
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