第32話「ん、だって言ってなかったもん」
「……ん、現界教が?」
アキレスはきょとんとして目をぱちくりとさせる。
把握してなかったのかよ。こいつ、マジでいい加減だな。
それからその仕草は野郎がやっても気色悪いだけだからやめろ。
「アンナが言ってたぞ。それで調査に自分の部隊を送り込んだって」
訝しく思いながら聞いたことをそのままアキレスに伝える。少しはアンナを見習って真面目に働け。
アキレスはそんなオレの呆れ交じりの視線を一寸たりとも感じ取った様子はなく、むしろ嬉々とした表情を見せ
「なるほど、アンナがそう言ったのか……。ふふ、いいことを聞かせてもらいました。感謝します」
「……あ?」
もしかして、こいつに話したらまずいことだったか? あまりよろしくない雰囲気を感じ取ったオレはそんな予感を覚える。
特に口止めをされていたわけではなかったので騎士団で共通された情報だと思っていたのだが、アキレスには意図的に伝達されていないことだったのではなかろうか。
これはひょっとしてやらかしてしまっただろうか……。
「ククク……。久しぶりに血液が沸騰するような気分を味わいながら本物の戦場で剣が振るえそうだ」
顔が不気味に歪むほどに口角を吊り上げて邪悪な笑みを浮かべるアキレス。彼の全身から、ぞわりと隠しきれない殺気が噴出する。
「…………ッ」
背筋に冷たいものを感じ一歩下がる。
ここでオレは初めてアキレスという男の本質を垣間見た気がした。
「おっと失礼。つい、ほとばしる勤労意欲が漏れ出てしまいました。はしたないところをお見せしましたね。私は用があるので失礼します。ああ、手紙は絶対に読んでくださいね。……早速アンナのところで行って掛け合わなくては」
スキップでも踏み出しそうな上機嫌で、鼻歌交じりにアキレスは騎士団の詰所に向かって行った。あれを勤労意欲と言ってよいのだろうか。
単なる戦闘狂でしかない気がしてならないのだが。確かにアキレスには気を付けたほうがいいのかもしれない。
……当初に思っていたのとはまた別の方向性で。
八つ時になると勉強を終えたエイルが部屋に戻ってきた。
いい加減に二人きりで部屋にいることにも慣れてきてはいたが、むしろその慣れが逆に怖かったりもする。
夜寝る際も、なぜか向こうにいた頃よりも心地よい睡眠をとれるようになっていて貞操観念の崩壊を引き起こしているのではないかと不安になる。
ちなみに、特にやることもやれることもなかったオレは騎士団の訓練場からこっそり拝借してきた竹刀を振ったりごろごろしたりして時間を無駄に潰して待っていた。
……まあ、要するに何もしないでぐーたらしていたのだ。
そして、のほほんと過ごしていたオレは部屋に入ってきたエイルが開口一番に発した台詞に怠惰の戒めを受けるのだった。
「あ、そうだ。明日、国王様やあたしのお父様たちが帰ってくるから。ちゃんと失礼がないように挨拶くらいはしてよね」
あっさりとした口調で言うだけ言うと、エイルは寝室の方に向かって室内着に着替えに行こうとする。
「おい、待て! も、もう帰ってくるのか? ……そんな話聞いてないぞ」
「ん、だって言ってなかったもん」
もん、じゃねえ。
アンナもそろそろ帰ってくるとは言っていたが、まさか翌日だとは……。
エイルを拒否し、なおかつ自分の都合で元の世界に帰るために彼女の助力を扇いでいるこの状況でその両親といよいよ顔合わせをしなくてはいけないのか。
考えただけで陰鬱になる。
オレにとってこちらはまだまだアウェー。その中で、カーストトップクラスに君臨する者たちに喧嘩を吹っかけるような真似をしないといけないというのはやはりとてもリスキーな行為に違いない。
オレが唐突に迫った試練に頭を抱えていると
「それからね……。ついでにもう一つ、ジゲンに言ってなかったことがあるの」
寝室のドアノブに手をかけて、消え入りそうな声でエイルはそっと言った。これ以上他にどんな追撃を食らわせようというのか。
むしろ聞いてみたいもんだね。半ばヤケクソになっていたオレである。
「この世界、ウトガルドには現界教っていう人たちがいるんだけどね」
「そいつらって世界を壊して先祖の故郷へ帰ろうとしてるやつらだろ?」
つい数時間前にアンナから耳にしたばかりだ。いくらオレでも忘れるわけはない。
「え、知ってるの? どうして?」
エイルは振り返って、驚きを貼り付けた顔を見せてくる。
「いや、さっきフラフラしてたらアンナとそういう話になったんだよ」
「そう、アンナが話したんだ……。そういえばこの間も地下でお喋りしてたわよね。彼女と仲良いわけ?」
「ん、普通じゃないか?」
特に悪くもないとは思うが、いいとも言えないはずだ。表面上のさらっとした会話くらいしかしてはいないし。
「それで、現界教がどうしたってんだ?」
持ち出された話題の意図がよく理解できず訊ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます