第9話 「全然広まってなーいッ!!!!」

「それでだな。あたしのじーさまは異世界からの召喚者なんだけど、そのじーさまは向こうではベスボーの騎士だったんだ」


 話を原点に戻してルナが語りだす。


 騎士っていうのは野球選手だったということだろうか?


「そのベスボーとやらはこっちじゃどれくらい人気あるんだ?」


 もしかしたら向こうと同じようにプロリーグもあるのか。だとしたらぜひ見てみたい。異世界の野球がどのようなものなのか興味が湧く。


 だが、オレが訊ねるとルナは俯いて表情を曇らせた。


「……全然だ」


「え、何だって?」


「全然広まってなーいッ!!!!」


 馬鹿でかい声で叫んだ。


「どいつもこいつも、敵味方合わせて十八人揃えなきゃいけないのが面倒とか、ルールが複雑でわかりにくいとかでちっともやりたがらないんだ。『ふっとさる』っていう球蹴りは騎士たちの間で大人気になってるのに!」


「まあフットサルは必要な人数も場所もそれほどじゃないしな。道具も大して揃えなくていい。野球はグローブにボールにバット。キャッチャーはマスクまで必要だ」


「道具はあるんだ。最初はじーさまが持ってた一式しかなかったけど、今はマヒトが最低人数分作ってくれた。あたしが今使ってるグローブもボールも、じいさまの持ってたやつを参考にしてマヒトが作ってくれたんだ」


「ああ、そういやあいつはそんなことができたっけな。器用なスキルを持ってるよな」


 同郷の変態椅子男は人のためになることができるやつだったと思い返す。性格的にも能力的にも、そういうやつだったから人を惹きつけていたのだろう。


「マヒトはすごい。仕組みがわかればすぐにいろんなものを再現して作れるんだ。ジゲンの世界の人間はみんなすごいやつらばかりなのか?」


「みんなじゃねえよ。社会に有益なやつは極一部だけさ」


 大して世の中に貢献しない割に存在感だけでかいやつもいる。


 例えばオレがその最たる例だ。


 周りをビビらせるだけビビらせて、そのくせ特に何か利益をもたらすこともない。


 召喚者には世界に未練がないやつが選ばれると言われたが、むしろオレに関しては世界側からいなくなっても未練を持たれないからこっちに飛ばされたんじゃないかと自虐的に思ったりするくらいだ。


「とにかく、あたしはじーさまから教えてもらったベスボーをもっと広めて、じーさまの世界みたいにそれを職業にできるくらい流行らせたいんだ。そうでなくてもせめて楽しさをみんなに知ってもらいたい」


「まあ、面白いよな、野球。オレもよくテレビで見てたよ」


 姫巫の爺さんとテレビ中継で観戦しながらあーだこーだと言い合っていたのは何だかんだ楽しかった。


 誰かと好きなことの面白さを共有できること。それは何にも増して楽しさを増幅させる。だからルナの気持ちは何となくわかる。


 他人と話してはいけないと言われる野球だが、爺さんは実質身内みたいなもんだし。


 そこら辺はノーカンで。


「それじゃジゲンはベスボー、できるのか?」


 原初の質問を再び訊ねられて、オレは逡巡する。


「……体育でちょっとやったことがあるくらいだが」


 見るのとやるのはまた違う。ぶっちゃけオレは素人だった。


「やったことがあるんだな!」


 ルナは目を輝かせた。期待のまなざしが痛い。


「ちょっと投げてみてくれ!」


 硬式球を受け渡され握り締める。


「さあさあ! 投げて投げて!」


 あんまコントロールには自信ないんだけど。まあどうにでもなるかと無責任に思考を停止させてオレは大きく振りかぶり足を高く上げる。


「ふしっ!」



――グオォォォォッゥ!!!!



 唸りを上げ、ボールは地を這うように低く壁へと一直線に向かっていく。……が、球は勢いをそのままにホップアップ。


 ストライクゾーンの遥か上を越えて城壁の瓦に直撃した。陶器の砕けるような音が響き、割れた瓦が地面に落下する。


 ……やべえ。


「…………」


「す、すげー!」


 ルナは前のめりになって目を輝かせている。いや、屋根ぶっ壊しちゃったんだけど。


 いいのか、あれ? オレが自分のやらかしたことに冷や汗をかいていると



「やぁーっと見つけた! こんなところで何やってるのよ!」



 甲高く、怒気の含まれた声が後方から耳に届く。


 振り向いてみると、オレとルナの後ろで腰に手を当て仁王立ちになった金髪の少女、エイル・スカンディナヴィアがいた。


 その眉間には皺が寄り、目はもともとの吊り目がさらにきつく吊り上がっている。


 見たまんまだが、どう見てもエイルの顔は怒りを表していた。

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