第10話 危機察知能力低すぎてやべえな。いつか死にそう。
「おお、エイル! すごいぞジゲンは。めちゃすごいボールを投げるんだぞ」
エイルの不機嫌さをものともせずにルナはとてとてと彼女に近づいていく。どうやらルナはエイルの怒気に気が付いてないようだった。
マジかよ。おい、危ないぞ! 食われんぞ?
「はぁ、ジゲン? 何それ?」
エイルはドスの効いた声を捻りだす。
美人の苛立ち顔はどうしてここまで迫力があるのだろう。姫巫もキレた時は相当おっかなかったことをふと思い出した。
ルナはひぃっと小さく悲鳴を上げてその場で直立する。どうやらそこでようやっと彼女はエイルの立腹に気が付いたようだった。
危機察知能力低すぎてやべえな。いつか死にそう。
「ジゲンはオレの名前だよ」
訝しげにしていたエイルにオレは名乗りを上げる。ここらで注意をこちらに引きつけてやらないとルナがちびっちまいそうだからな。
「ちょっと! 何であたしより先にルナが知ってるのよ!」
エイルは食い気味にずんずん詰め寄ってきた。
まんまと釣り上げられたな、馬鹿め! しっかり釣り返してやったぜ。
しかし、そんなことをしても実際のところオレにはなんのメリットもない。
「いや、だってお前名前聞いてこなかったじゃん」
「あたしは名乗ったでしょうが! そしたら名乗り返すのが礼儀でしょ!」
それどころかエイルの逆鱗を呼び起こして面倒事を引き寄せただけだった。手の平で制して落ち着きを促すもエイルの剣幕はおさまらない。
オレは抵抗を諦め大人しく降伏する。
「加隈次元……です」
勢いに飲まれて思わず敬語になってしまったりしながら改めて名を名乗った。
「まったく、気をつけなさいよね!」
ビシッと指を指してエイルは言った。
「お、おう……」
「それにしても何なの。いきなり裸足で駆け出して。何考えてるの!?」
「……まぁ、帰ろうと思ってたんだけど」
オレは端的に自らの動機を述べた。それ以外に何があると思っているのか。
「え、ジゲン帰っちゃうのか?」
「だから帰れるわけないでしょ!」
なぜかエイルが代わりに答えた。
「はぁ……。お父様もお母様も初めて会ったその瞬間に運命を感じて一目で惹かれあったというのに。わたしもそういう世界を跨いだロマンティックな恋に憧れていたのに! ……なのに、あんたみたいなのが来ちゃって! どうしてくれんのよ! あたしの夢は台無しよ!」
知らんがな。
「うーん。恋に恋する乙女だじぇ」
「理想が高すぎて一生独身でいるタイプだな」
「うるさい!」
口々に好き勝手言うオレたちに一喝すると、エイルは何かをオレに向けて投げつけてきた。
「……サンダル?」
オレは地面に転がった履物を拾い上げる。それは藁で編み込まれたサンダル……いや草履だった。
「履きなさいよ。素足で歩き回ってたら足の裏を切っちゃうでしょ」
「お前、オレに渡すために持って回ってたの?」
「た、たまたまよ。たまたまついうっかり持ってきちゃっただけ」
ぷいっと顔を背け歩き出してしまうエイル。
「ありがとよ」
「……別に」
エイルは一瞬だけ立ち止まると、ぼそりとそう返してきた。
……まあ、悪いやつじゃないのかもな。口はめたくそ悪いけど。
「何やってんのよ! 早く着いてきなさいよ!」
なぜ着いて行く必要があるのか?
いささかそこに意義を見出すことは叶わなかった。
だが行く当てもないオレは徒然なるままその言葉に従って追随する。
いや、この先何があるかわからんからな。無駄にゴネたりして体力を消耗したくはない。
ふと見上げると、空は夕陽が煌めく頃合いになっていた
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