第11話 「……あれは居間よ?」




 それから時間が経過して日が沈み、迎えた異世界での初めての夜。オレはエイルに連れられ、城内にある一室にいた。


 窓の外では燦然と輝く星々が見え、夜空を照らしている。


 二部屋に区分けされた総面積三十畳ほどの室内のうち、巨大なベッドがあることから恐らく寝室に相当すると思われる奥の部屋にオレと彼女は二人きりでいた。


「そんで、この部屋は何だ?」


 ベッドの端に腰掛けてマットレスの感触を確かめながら、反対側に遠慮がちに座っているエイルに訊ねた。


「ここは今日からあんたの暮らす部屋よ」


 肩を強張らせながらエイルはぶっきらぼうに答える。


 目も合わせず口をへの字に曲げて。その態度は警戒しているのか怒っているのか。どこからくるものなのだろうか。両方のような気もする。


「オレが使っていいのか?」


「そうよ」


 よそからの流れ者にこれだけの部屋を宛がう好待遇。どうやら王族に入る婿として呼ばれたというのは間違いないらしい。


 はた迷惑なのは変わりないが、まあ気分は悪くない。


「じゃあなんでお前もいるんだ? もう夜だぞ。自分の部屋に戻れよ」


「いるわ」


「…………?」


 エイルの言葉が上手く飲み込めず、オレは首を捻る。


「自分の部屋に、あたしはもういるわ」


 もじもじとしながらスカートの裾をぎゅっと握り締めるという、いじらしい仕草をしつつエイルは絞り出すように言葉を紡いだ。


「それはつまり、お前の部屋がここだと言っているのか?」


「そう、その通りよ! 何か文句ある!?」


 なぜか逆ギレに近い罵声を浴びせてきた。


 沸点の低い女だ。もう少し貞淑になれねえもんかね。


「で、結局、ここは誰の部屋なんだ?」


「だから、ここはあたしたちの部屋なのよ。わかりなさいよ、それくらい! 言わせないでよ!」


 口にするのを恥じらうがゆえの婉曲的言い回しだったらしい。わかるかい、そんなもん。


「お前は何を言ってるんだ? どうしていきなりそんなところまでお前と発展しなくちゃいけないんだ」


「あ、あたしだって好き好んであんたなんかと同じ部屋にいたくはないわ。……だけど、元の部屋は引き払ってこっちに荷物を持ってきちゃったし。しきたりなんだから従わないわけにはいかないでしょ」


 しきたりとかオレには知ったことじゃない。そんな姫巫に不貞を働くような真似できるか。


 いや、別にオレとあいつは付き合ってたわけじゃないけど。


 何となく罪悪感が湧きそうだし。


「……ったく、どんなしきたりだよ」


 溜息を吐きながらオレはうんざりする。


「儀式で結ばれた二人は同じ部屋で生活を共にして仲を深める。そうして時期が来たら正式な婚姻を結ぶ……。ヴェスタとマヒト君も出会ったその日から二人一緒の部屋で毎日暮らしてるわ」


「なっ、あいつら……」


 エイルのもたらした情報にオレはあれこれ邪推というか深読みの妄想をしてしまった。


 なまじ片方が知り合いで二人一緒にいるところを日中見てしまっただけに余計複雑な気分だ。


「あ、でもマサト君は床で寝てるって話だけど」


「憐れな男だ……」


 エイルの注釈を聞いて、知り合いの無様な生活実態に辟易するとともに若干安堵する。


「つーか二人の部屋っていうなら、なんでベッドが一つしかないんだよ」


「……そ、そういうしきたりなのよ」


 さらりと言ってのけるがその声はどこか上ずっていた。視線は定まらず、頬も紅潮していてこっちにまでその緊張が伝わってくる。


 にもかかわらず動じてないポーズをとるところに彼女のプライドの高さを感じた。オレが察してしまった時点でプライドもクソもないのだが。


 ま、何も気が付いていないフリをしといてやるか。


「あっちにももう一つ部屋があるだろ。そっちにもベッドを置けよ」


「……あれは居間よ?」


 怪訝な顔でエイルが言った。言ったオレがバカみたいな言い方はやめろ。


 常識を諭すように言うな。そんなことは知ってんだよ!

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