第38話案外余裕あるじゃねえかこいつ。
「フフフ、なかなかの慧眼をお持ちなっているようですね」
アキレスはこんな状況であるのにどこか嬉しそうにそう言った。そういう不謹慎な態度だから怪しまれるんだぞ。
「ちょっと説明してよ。何でアキレスと普通に喋ってるの? アキレスはあたしたちを裏切ったんじゃないの?」
エイルが捲くし立てるようにオレに詰め寄って問いかけてくる。いや、オレだって説明できるほど把握してないんだが。
「はて、とんと身の覚えのない冤罪をかけられているようですね。這う這うの体で主の元に駆けつけた家臣にかける言葉にしてはあまりに非情ではないですか?」
アキレスがわざとらしく落ち込んだような口調で言う。
「駆けつけるって、あんた一体どこに行ってたの?」
「現界教と一戦交えられると浮足立って調査隊について行ってみれば虚を突かれこの様ですよ。どうやら私を単独で城内から離れさせるための罠だったみたいでね」
やっぱり、お前アンナの組んだ調査隊に参加してたんだな。あのウキウキ具合からしてそうするつもりなんじゃないかと大方見当はついていたが。
「……罠というのはどういうことかしら?」
雨野の無事とともに、だいぶ落ち着きを取り戻したヴェスタが腕を組みながら訊ねた。
「現界教が隠れているという洞窟に先陣を切って乗り込もうとしたら、まさかの背後から矢を一斉射撃されましてね。急所に当たるものは全て弾き返したのですが、それ以外は避ける間もありませんでしたよ」
へらへらと笑いながら言ってはいるが、相当の窮地だったはずだ。
よくそれで生きていられたもんだ。剣聖の名前は伊達じゃない。
「私がついて行ったのはアンナの隊から編成された調査隊の一つでしてね。予定ではアンナの部隊は今日から明日の陛下たちの帰城に間に合う時間帯まで周囲の散策を行うということでした。そしてその間の城の警備は私の部隊をアンナが指揮して受け持つと」
「ちょっと待って。おかしくない? なんでアンナの隊を行かせるのにアンナが城に残ってあんたがアンナの隊について行く形になるのよ。それでアンナがあんたの隊を指揮する? あんたが調査に行くなら自分の隊を動員すればいいじゃない」
エイルの疑問はもっともだ。指揮系統がややこしくなるだけでメリットがまったくない変則フォーメーションでしかない。
「もともとアンナは明日の準備に備えた雑務があり、調査は部下に任せて行かないつもりだったそうです。だから私はアンナに申しました。なら調査も我々の隊に一任してくれないかと。隊長が同行できるほうが指揮はスムーズに行える。筋は通っている主張ですよね? しかしアンナは頑なに自分の隊を行かせると言って聞かなかったのですよ。目撃情報のあった地域に詳しいのは自分の隊員たちだからと」
それでそんなややこしい状態になったのか。だが、これは……。
「つまり何が言いたいの?」
訊ねたエイルを含めた全員の視線がアキレスに集中する。そんな中で、アキレスは珍しく言い難そうに唇を噛みしめて、
「この城に今、残っている兵士は私の隊の者だけのはずなんですよ。ですが――」
その目は静かだが、悲哀のようなものが込められているように見えた。
「――ですが、我が隊の名誉のためにも申させて頂くとすれば、こいつらは私の隊の者ではない」
床に転がる騎士たちを見下ろして、アキレスはそう言った。
「じゃあこの人たちはどこのどいつだっていうのよ。まさか現界教の連中が警備を乗り越えて侵入してたとでも言いたいの? あんたのとこの鎧を着て?」
「いいえ、違います」
アキレスは否定をして首を横に振った。
「しかし話は至極単純です。とても深刻な問題ですが」
そしてアキレスは、冷静に真実を告げる。
「こいつらはアンナの隊の者たちです。恐らく、城に待機していたのではなく調査隊として組み込まれていたはずのね」
アキレスの言葉に一同は無言で息を呑んだ。
「アンナの……?」
「そんなことが……」
エイルにヴェスタ、ルナ。皆、目を見開いて驚愕していた。
オレだって驚いているさ。
あの生真面目な女騎士が反逆を企てるなんて誰が思うものか。
「でも、この鎧はあんたたちの隊のものでしょ? これはどう言い訳するの」
「アキレスの隊の武器庫の鍵は紛失したんじゃなかったか?」
エイルの言葉を聞いてオレは訓練場でアンナがその件でアキレスを罵っていたのを思い出した。
もしアンナが今回のために鍵を盗んだのなら彼女は準備段階の副産物でアキレスを貶めていたことになるが……。
どれだけアキレスはアンナに恨まれていたんだ。何をしたんだよ、マジで。
オレが冷めた視線を送るとアキレスは微笑みながら肩をすくめた。
案外余裕あるじゃねえかこいつ。
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