第37話「何となく、お前は雨野の方に行くような気がしたんだよ」

 ランプを片手に持った雨野が先導し、薄暗い廊下を歩いてアンナの私室がある二階層に向かう。


 平騎士は二階層の中庭に建てられた宿舎に暮らしているが隊長格や役職を持った者には城内に部屋が与えられるのだ。


 今のところは誰ともすれ違わずに済んでいる。


 これが最後まで続いてくれればいいが……。


 反乱を起こしておきながら王族の子息子女をほったらかしで何もしないとは考えにくい。


 警戒心を解かないように自制していると、



――ガシャンガシャン



 金属音……? これは鎧の音……! 


 ぞっとしてオレは背後を振り返る。


 すると今まさに、エイルの真後ろに佇み、槍を掲げて脳天へその先端を突き立てようとするフルプレートアーマーの姿があった。


「エイル、伏せろ!」


 一刻の予断も許さない光景。


 オレは素早く移動し、兜で覆われた騎士の顔面に上段回し蹴りを放った。


 脳天に直接衝撃を受けた騎士は呻き声を上げながら崩れ落ちる。


「間一髪だったな」


 手早くエイルの肩を抱いて身近に引き寄せ、ほっと胸をなでおろした。


「あ、ありがとう……。でも、今あんた……」


 エイルは感謝の言葉と同時にしどろもどろに抱いた違和感を述べようとしてくる。


「すまんが、その疑問は後回しにしてくれ」



「う、うわーっ! なにすんだー!」



 声の上がった方向を見ると、雨野とルナが二人の騎士に捕まって取り押さえられていた。


 クソッ、最初から挟み撃ちにするつもりで反対側にも待機してやがったのか?


「マヒトっ!」


「馬鹿野郎、近づくなっ!」


 雨野の身の危険に動揺して無策にも駆け寄ろうとするヴェスタを制する。


「で、でも……」


 何とか立ち止まってくれたものの、その表情にはまだ迷いがある。このままではそのうち突飛な行動を取りかねない。


「二人か……」


 一人なら不意打ちをかませばどうにかなる。だが、もう一人いるとなれば雨野かルナに危険が及ぶ可能性が大きくなってしまう。


 ……どうする?


 唐突に訪れた窮地に打開策を見出せず、歯軋りをしていると二人の騎士たちのさらに奥にまた別の人影がゆらりと出没した。


 その人物は鎧を纏っていたが兜は被っておらず、すぐに誰であるのか確認することができた。



――月の光を浴びて、燦然と煌めく銀髪の騎士。



「来やがったか……アキレス!」



※※※



 上手く彼をそそのかして周囲から孤立させることに成功したのはいい。


 だが肝心の標的がどこにいるのかがわからなくなってしまっているのは問題だった。


 どこへ行った? 私室に姿はなかった。もしや思惑を悟られて逃走されてしまったか?


 どこだ、どこにいる。


 …………。


 居場所を突き止めたという部下の報告を聞き、私は腰を上げて狩るべき獲物の元へと向かう。捜索にあたらせていた部下たちには標的を見つけ次第取り囲んで逃がさないようにしろと伝えてある。


 やっとこの時が来た。長きに渡る屈辱の日々も終わりを告げる。


 私は標的が佇むその姿を視界に捉えた。



「……見つけましたよ」



 私は敵意など微塵も感じさせない柔らかな表情でそう声をかけた。



※※※



「見つけましたよ」


 アキレスは肩で息をしながら、それでも口元には笑みを湛えながらそう言葉を発した。アキレスの登場にぎょっとしたように振り返る二人の騎士。


 オレは一瞬だけできた絶好の機を逃す手はないと即座に騎士たちの前に移動する。


 アキレスもまたオレの僅かな挙動に反応し、剣を抜いて駆け出していた。


「ジゲン!?」


 後方に残してきたエイルが何かを叫んでいる。うるせえな、ちょっと黙ってろって。


「ジタバタすんなよ、外したらやばいからな」


 オレは脳を揺さぶるような掌底をお見舞いする。


 上手いこと決まってくれたようで、ルナを押さえていた騎士はふらふらと怪しいステップを踏んだ後、ガシャンと音を立てて地面にひれ伏した。


 隣ではアキレスがもう一人の騎士をのしていた。血が出ていないことから、刃を使ったのではなく当て身で意識を奪うに止めたようだ。


「どうやら間に合ったようですね」


 よく見ればいたるところに怪我を負っているアキレスが安堵したように息を吐く。


 髪は乱れ、額からは流血。頬には切り傷。肩には……うわ、矢が刺さってるぞ……。


 見ているだけで痛々しいが当の本人はさして気にかけている様子もなく粛々と会話を交わそうとしてくる。


 ちょっとは自分を顧みろよな……。


 助けられた雨野も唖然としているし、ルナに至っては両目を押さえてオレの背中にぴったり張り付くように隠れてしまった。


「え? え? どうしてアキレスが助けてくれたの? というか、ジゲンさっきからあんた何してんの? 素手で甲冑を着た騎士を倒すなんて……。ううん、それ以前に――」


 エイルはいろいろなことが立て続けに発生したせいで軽いパニックになっていた。まあ、今なら特に危険もないしフォローは後回しにしておくか。


「ジゲン殿、なぜルナ様の方に行かれたので? 私と重なるとは思わなかったのですか?」


 アキレスは意識を失って倒れた騎士の兜を外して後ろ手を縛りながらオレに訊ねた。


「何となく、お前は雨野の方に行くような気がしたんだよ」


 確たる要素はなかったが、直感でそう思ったのだ。


 信頼関係とかそういうのとは明らかに違うだろうけどな。

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