第53話目の前で戦いが終わる。

※※※


 目の前で戦いが終わる。


 カクマジゲンが理解の追いつかない奇術を用いてアンナ・エンヘドゥを手玉に取り、戦闘と呼べるのか疑わしい一方的な蹂躙でその幕は閉じた。


 結局私は何の区切りもつけられず、ただ愚かな反逆者のもたらした言葉に翻弄をされただけで終わった。

いや、一つの区切りはつけられた。


 本来の意図とは違う方向での決着のつけられかたであったが。すっかり理解して気持ちを整理することができた。


 それは戦いが終わった後に訪れた。


「もう、ロキったら心配かけて! このおバカ!」


 まずエイルは私の元へ駆け寄ってきて、私を抱きしめた。次にカクマジゲンに対してありがとうと、涙ながらに礼を述べた。


 最初はエイルが真っ先に自分の元へ来たことに優越感を覚えた。優先順位においてカクマジゲンよりも上にあるのだとそう思って。


 だが違ったのだ。エイルの表情や仕草から理解した。ただ単に決定的に望みがない事実を突きつけられただけなのだということを。


 私は可愛がられるだけの年下の従弟でしかない。だがカクマジゲンは頼るべき力がある身を預けられる相手として認識されている。



――ああ、そうなんだな



 その瞬間。私の全身から力が抜け、全てのことが腑に落ちた。腑に落ちてしまった。


 気に入らなかったはずのことすべてが走馬灯のように瞼の裏を駆け巡る。


 カクマジゲンがエイルに選ばれたことも。長年、儀式を心待ちにしていたエイルの気持ちを踏みにじるように突っぱねるカクマジゲンの態度も。


 気に入らなかったことのすべてが。


 頭だけで理解して、心の底では納得できていなかった何もかもがさらさらと溶け出して、無の彼方へと消え去って行く。



――これで終わったんだ




『どうしてそんなに気難しい顔で勉強ばかりしているの?』


 幼き日の私は毎日書物庫にこもってひたすら知識を詰め込んでいた。


 それは国を背負わなくてはいけないという未来がやって来るという重圧が恐ろしく、何かしていないと耐え切れなかったから。


『私は父上の後を継いでこの国の王にならなければいけないのだ』


 将来にただ恐怖しか感じていなかった私に彼女は……エイルはいつもニコニコと心が温かくなるような笑顔を振り撒いてくれた。


 そして私が一番欲しかった言葉をすとんと心にぴったり納まる形でくれた。


『たまには一緒に地下に泳ぎに行かない?』

『私は忙しいんだ』

『ロキはきっといい王様になれるわ』

『そうだろうか?』

『そう、きっとよ。だってこんなに一生懸命なんだもん』

『そうかな……』

『だから一緒に水源に行きましょうよ』

『なぜそうなるんだ!』


 ただ年上の姉ぶりたかっただけなのかもしれない。


 彼女には何気なく言っただけの一言だったのかもしれない。


 それでも、私にはその一言が掛け替えのないものとして記憶に残った。忘れられない方向指針、支えになったのである。




「だから、いっそ――全てを終わらせてしまいませんか?」



 あの日、アキレスに提案された企みはカクマジゲンに決闘を申し込んで、エイルに対して抱く気持ちに白黒つけてはどうかというものだった。



『ロキ様が想いを告げるつもりがないのなら、どこかで踏ん切りをつけなくてはならないでしょう? エイル様が儀式を行っても深層心理の奥ではけじめをつけられなかった。しかし、どこかで区切りをつける契機を持たなくてはいけない。そうしなければその気持ちは呪いのようにあなたの心に巣食い続ける』


 もちろん最初は断った。そのような個人の事情で私闘を演じるなど、秩序を守り、国を統べる王族としていかがなものかと思ったからだ。



『大丈夫ですよ。剣を交えてわかりましたが彼は相当に戦い慣れている。実力差があっても遺恨を残さない綺麗な戦い方ができるのは強者の証です。ジゲン殿はそれなりに加減をする方法もわきまえていますから、ロキ様の御顔が不細工に変形して戻らないなんてことにもなりません』


『別にそんなことは心配してない! 私は女子ではないのだぞ! というか貴様、そのことを見極めるためにあんな無茶な条件で戦いを挑んだのか』


『まあ、ジゲン殿の焦った顔を見るのもなかなか楽しくはありましたがね』


『そんなふうだから貴様はいまいち人望が集まらんのだ』


『私のことはいいじゃないですか。それよりも、いいですか、ロキ様。頭ではなく心身で断ち切るのです。あのお方に滅多打ちにされて吹っ切れさせてもらいなさい。エイル様を彼から奪い取るのは絶対的に不可能だと身を持って挑み、心に刻んでもらうのです』


『……すべてを終わらせるために?』


 幼少の頃に抱いて今日まで抱え続けてきた気持ちを投げ捨てるその時期がやってきた。そうしなくてはいけないときがやってきたのだ。


『そう、始めるためではなく、終わらせるために』


 私は頷いた。王族として責務を果たすには前に進むしかないのだから。


 立ち止まっていることが許されていた日々はもう遠い郷愁の彼方に置き去ってきたのだから。



『……ジゲン殿にはとばっちりかもしれませんがね』



 そして、私はカクマジゲンに果たし状を渡した。状況にそぐわない満面の笑みを浮かべるアキレスに仲介してもらって……。

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